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第7章 竜を狩る一族
-108- 萌葱七菜
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「よっ! やってる?」
「まあ、それなりに」
「いつも熱心だねぇ。お姉さん感心しちゃうな」
「それはどうも。で、七菜さんの方はどうなんですか?」
「私? 暇で暇でしょうがないよ」
「だからって就業時間中に他の部署にちょっかいかけに来るのは感心しませんね」
「いや~ん、別にこの部署に興味なんてないわよ。私が興味津々なのは……育美だけ!」
七菜さんはモエギ・マシニクルで事務員をしていた。
具体的な仕事内容はあまり話してくれなかったけど、ウワサに寄ればサボっているように見えてサボってはいないらしい。
あからさまにダラダラしていると思ったら、いつの間にか仕事が終わっている。
しかも仕事に情熱がないにもかかわらずミスがほとんどない。
彼女はコネというか、萌葱一族だからこの会社にいるのは間違いなかった。
普通なら白い目で見られてもおかしくない立場だけど、その仕事の要領の良さと、暇さえあれば他の部署をうろつく様子から、目が届きにくい会社の末端を監視するために萌葱大樹郎が送り込んできた人物だと勘違いする人もいたとか……。
でも、私の目から見れば七菜さんは本当に仕事がつまらなくてふらふらしているだけの少年のように見えた。
もちろん七菜さんは女性なんだけど、その奔放さというか、カラッとした人柄やぶっきらぼうなしゃべり方が悪ガキのように感じられる時があった。
「そろそろ昼休みだし、一緒に食堂でご飯食べない?」
「ええ、いいですよ」
私はそんな七菜さんに親しみを覚えていた。
どうしても研究に熱中して自分の世界に閉じこもりがちな自分には、彼女のような強引に絡んでくれる人が必要なんだと思っていた。
「育美ってさぁ……子どもとか好き?」
「まあ、人並みには好きだと思います」
「なら、私の娘の父親になれそうね!」
「……会話が飛躍しすぎてどこから突っ込んでいいかわかりません」
「そのままの意味よ。父親が亡くなっちゃったからさ……。蒔苗には追いかけるべきでっかい背中を持った父親代わりが必要なんじゃないかってね」
七菜さんの夫……健人さんが亡くなってからも、七菜さんは気丈にふるまっていた。
涙どころか落ち込んでいる様子すら見せない……。
でも、娘である蒔苗ちゃんのことはずっと心配していた。
ただ、当時の私にはその心配の仕方が少し冗談っぽく聞こえていた。
「でっかい背中って……物理的な話ですか?」
「まあ、それもあるけど精神的な話でもあるのよ? 私は頭が良いわけじゃないし、何か目標をもってそれを一生懸命頑張るってことも得意じゃないからさ。あんまり自慢の母親じゃないのよ。教育に良くないって感じ?」
「そこまで言う必要はないと思います。七菜さんだってやるべき仕事は毎日やってますし、私だってやりたいから研究をやっているだけで、人として立派なんてことは……」
「そういうところが立派なのよ天才メカニックちゃん。あなたみたいな子が近くに入れくれたら、蒔苗もきっといい子に育つわ。それに大人しいうちの子も育美になら懐くと思うのよね。ほら……育美って母性の塊みたいな体してるじゃん? いざとなれば母親代わりも務まるなぁ~って」
「それは……セクハラですか?」
「いやいや、最高の褒め言葉よ! だって私じゃそうはいかないからさ……」
七菜さんは背が高いってわけじゃなかったけど、とてもスレンダーでスーツが似合う人だった。
でも本人はそれに満足してないみたいで、ことあるごとに私の体を褒めてきた。
正直セクハラと言えばセクハラだったんだけど、不思議と七菜さんに言われると嫌な気はしなかった。
今を思えば、彼女の奔放さは運命への抵抗だったのかもしれない。
彼女の兄弟はそれぞれ形は違えど、みんなダンジョンとの戦いに囚われている。
それどころか自分たちの下の世代までそれに巻き込まれつつある。
だから、せめて自分は自由に生きようとしてたのかもしれない。
もちろん、娘である蒔苗ちゃんにもそう生きてほしかったのだと思う。
しかし、結局は彼女もモエギの会社に勤め、開発部にいる私と出会った。
それは必然か、偶然か……。
ただ、七菜さんが私の研究を手伝うと言い出した時、冗談だと思ってしばらく本気にしなかったくらいには驚いた。
「育美、あんたの研究してるものって何なの? もしかして歴史を変える超強いDMDとか!?」
「違いますよ。まあ、歴史は変わるかもしれませんけどね」
私が当時していた研究は……『ブレイブ・バトル・システム』。
それは脳波を攻撃手段にしようという、竜種と同じ発想のシステムだった。
でも、この時はまだ竜種と人類は出会っていない。
私がこのシステムを研究しようと思った理由は、深層ダンジョン攻略に有用だと思ったからだ。
深層ダンジョンには通常の脳波が届かないという点以外にもいくつか厄介な点がある。
それは単純にコアまでの道のりが長いということ。
そして、単純に出現するモンスターが強いということ。
つまり、私は深層ダンジョンに挑めるようになった後のことを考えていた。
コアへの道のりが長く敵が強いとなれば、それだけ大量のエナジーや弾薬を消費する。
それに足るだけのものを持って入ろうとすれば機体重量は増加し、機動力は削がれ、結果として最奥にまでたどり着けない。
それに対する答えとして無人機による補給物資の輸送などが考えられる中、私は脳波で攻撃を行うというアイデアを思いついた。
脳波は常にDMDに送り込まれ続けている。
これを攻撃手段に利用出来れば、わざわざ入口からせっせと大量の武器を持ち運ぶ必要はない。
精神的疲労が多少大きくなるかもしれないけど、他の武器のように残りの弾薬やエネルギーを気にする必要もない。
もちろん、想定していた脳波攻撃は蒔苗ちゃんたちが使うオーラのような物理的な力とは違って、脳波を周囲に放射することでモンスターの思考を乱し、動きを鈍らせるようなものだった。
動きの鈍った敵というのはただの的のようなもので、場合によってはスルーして先に進むことが出来る。
そんな戦わずして勝つ夢の新兵器を私は夢想していた。
ただ、この研究を行うにはそれなりに強い脳波を持った操者の協力が不可欠だった。
私自身のブレイブ・レベルは0に等しいくらいで、とてもDMDを動かせない。
とはいえ、モエギ側もテスト用の操者は用意出来ない。
大企業で最も貴重なものは人材で、設備などはいくらでも貸し出せても人はそうそう余っていなかった。
こればっかりは正式に就職して企画を出してからになるかなと諦めかけていた時、いつもは専門的な話を聞くだけ聞いて聞き流している七菜さんが食いついた。
「じゃあそのテストパイロット、私がやるよ」
「はい……え?」
「操者さえいれば育美の研究は進むんでしょ? なら私がやるっきゃないってね!」
「それは嬉しいんですけど……本気で言ってますか?」
「私が冗談言うことある? まあ、かなりあるけど今回は本気よ! そろそろ自慢のお母さんにならないといけない気もしてきたしね!」
当時は単なる気まぐれだと思っていた。
でも、今ならわかる。
いつか蒔苗ちゃんが一族のことを知った時、母である自分だけ何もしていないことにガッカリされるんじゃないか……。
そう思った結果、七菜さんはこの研究に乗って来たんだって。
自慢のお母さんになりたいというのは、冗談でもなんでもなく本心だったんだって。
でも、あの頃の私は純粋に協力者を得られたことを喜んでいた。
こうして私と七菜さんの奇妙な共同研究が始まった。
「まあ、それなりに」
「いつも熱心だねぇ。お姉さん感心しちゃうな」
「それはどうも。で、七菜さんの方はどうなんですか?」
「私? 暇で暇でしょうがないよ」
「だからって就業時間中に他の部署にちょっかいかけに来るのは感心しませんね」
「いや~ん、別にこの部署に興味なんてないわよ。私が興味津々なのは……育美だけ!」
七菜さんはモエギ・マシニクルで事務員をしていた。
具体的な仕事内容はあまり話してくれなかったけど、ウワサに寄ればサボっているように見えてサボってはいないらしい。
あからさまにダラダラしていると思ったら、いつの間にか仕事が終わっている。
しかも仕事に情熱がないにもかかわらずミスがほとんどない。
彼女はコネというか、萌葱一族だからこの会社にいるのは間違いなかった。
普通なら白い目で見られてもおかしくない立場だけど、その仕事の要領の良さと、暇さえあれば他の部署をうろつく様子から、目が届きにくい会社の末端を監視するために萌葱大樹郎が送り込んできた人物だと勘違いする人もいたとか……。
でも、私の目から見れば七菜さんは本当に仕事がつまらなくてふらふらしているだけの少年のように見えた。
もちろん七菜さんは女性なんだけど、その奔放さというか、カラッとした人柄やぶっきらぼうなしゃべり方が悪ガキのように感じられる時があった。
「そろそろ昼休みだし、一緒に食堂でご飯食べない?」
「ええ、いいですよ」
私はそんな七菜さんに親しみを覚えていた。
どうしても研究に熱中して自分の世界に閉じこもりがちな自分には、彼女のような強引に絡んでくれる人が必要なんだと思っていた。
「育美ってさぁ……子どもとか好き?」
「まあ、人並みには好きだと思います」
「なら、私の娘の父親になれそうね!」
「……会話が飛躍しすぎてどこから突っ込んでいいかわかりません」
「そのままの意味よ。父親が亡くなっちゃったからさ……。蒔苗には追いかけるべきでっかい背中を持った父親代わりが必要なんじゃないかってね」
七菜さんの夫……健人さんが亡くなってからも、七菜さんは気丈にふるまっていた。
涙どころか落ち込んでいる様子すら見せない……。
でも、娘である蒔苗ちゃんのことはずっと心配していた。
ただ、当時の私にはその心配の仕方が少し冗談っぽく聞こえていた。
「でっかい背中って……物理的な話ですか?」
「まあ、それもあるけど精神的な話でもあるのよ? 私は頭が良いわけじゃないし、何か目標をもってそれを一生懸命頑張るってことも得意じゃないからさ。あんまり自慢の母親じゃないのよ。教育に良くないって感じ?」
「そこまで言う必要はないと思います。七菜さんだってやるべき仕事は毎日やってますし、私だってやりたいから研究をやっているだけで、人として立派なんてことは……」
「そういうところが立派なのよ天才メカニックちゃん。あなたみたいな子が近くに入れくれたら、蒔苗もきっといい子に育つわ。それに大人しいうちの子も育美になら懐くと思うのよね。ほら……育美って母性の塊みたいな体してるじゃん? いざとなれば母親代わりも務まるなぁ~って」
「それは……セクハラですか?」
「いやいや、最高の褒め言葉よ! だって私じゃそうはいかないからさ……」
七菜さんは背が高いってわけじゃなかったけど、とてもスレンダーでスーツが似合う人だった。
でも本人はそれに満足してないみたいで、ことあるごとに私の体を褒めてきた。
正直セクハラと言えばセクハラだったんだけど、不思議と七菜さんに言われると嫌な気はしなかった。
今を思えば、彼女の奔放さは運命への抵抗だったのかもしれない。
彼女の兄弟はそれぞれ形は違えど、みんなダンジョンとの戦いに囚われている。
それどころか自分たちの下の世代までそれに巻き込まれつつある。
だから、せめて自分は自由に生きようとしてたのかもしれない。
もちろん、娘である蒔苗ちゃんにもそう生きてほしかったのだと思う。
しかし、結局は彼女もモエギの会社に勤め、開発部にいる私と出会った。
それは必然か、偶然か……。
ただ、七菜さんが私の研究を手伝うと言い出した時、冗談だと思ってしばらく本気にしなかったくらいには驚いた。
「育美、あんたの研究してるものって何なの? もしかして歴史を変える超強いDMDとか!?」
「違いますよ。まあ、歴史は変わるかもしれませんけどね」
私が当時していた研究は……『ブレイブ・バトル・システム』。
それは脳波を攻撃手段にしようという、竜種と同じ発想のシステムだった。
でも、この時はまだ竜種と人類は出会っていない。
私がこのシステムを研究しようと思った理由は、深層ダンジョン攻略に有用だと思ったからだ。
深層ダンジョンには通常の脳波が届かないという点以外にもいくつか厄介な点がある。
それは単純にコアまでの道のりが長いということ。
そして、単純に出現するモンスターが強いということ。
つまり、私は深層ダンジョンに挑めるようになった後のことを考えていた。
コアへの道のりが長く敵が強いとなれば、それだけ大量のエナジーや弾薬を消費する。
それに足るだけのものを持って入ろうとすれば機体重量は増加し、機動力は削がれ、結果として最奥にまでたどり着けない。
それに対する答えとして無人機による補給物資の輸送などが考えられる中、私は脳波で攻撃を行うというアイデアを思いついた。
脳波は常にDMDに送り込まれ続けている。
これを攻撃手段に利用出来れば、わざわざ入口からせっせと大量の武器を持ち運ぶ必要はない。
精神的疲労が多少大きくなるかもしれないけど、他の武器のように残りの弾薬やエネルギーを気にする必要もない。
もちろん、想定していた脳波攻撃は蒔苗ちゃんたちが使うオーラのような物理的な力とは違って、脳波を周囲に放射することでモンスターの思考を乱し、動きを鈍らせるようなものだった。
動きの鈍った敵というのはただの的のようなもので、場合によってはスルーして先に進むことが出来る。
そんな戦わずして勝つ夢の新兵器を私は夢想していた。
ただ、この研究を行うにはそれなりに強い脳波を持った操者の協力が不可欠だった。
私自身のブレイブ・レベルは0に等しいくらいで、とてもDMDを動かせない。
とはいえ、モエギ側もテスト用の操者は用意出来ない。
大企業で最も貴重なものは人材で、設備などはいくらでも貸し出せても人はそうそう余っていなかった。
こればっかりは正式に就職して企画を出してからになるかなと諦めかけていた時、いつもは専門的な話を聞くだけ聞いて聞き流している七菜さんが食いついた。
「じゃあそのテストパイロット、私がやるよ」
「はい……え?」
「操者さえいれば育美の研究は進むんでしょ? なら私がやるっきゃないってね!」
「それは嬉しいんですけど……本気で言ってますか?」
「私が冗談言うことある? まあ、かなりあるけど今回は本気よ! そろそろ自慢のお母さんにならないといけない気もしてきたしね!」
当時は単なる気まぐれだと思っていた。
でも、今ならわかる。
いつか蒔苗ちゃんが一族のことを知った時、母である自分だけ何もしていないことにガッカリされるんじゃないか……。
そう思った結果、七菜さんはこの研究に乗って来たんだって。
自慢のお母さんになりたいというのは、冗談でもなんでもなく本心だったんだって。
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