上 下
93 / 140
第6章 血に刻まれた因縁の地

-93- ドレスアップ!

しおりを挟む
「背中流してあげる!」

 しばらくお風呂に使った後、私たちは体を洗い始めた。
 誰かに背中を洗ってもらうというのは、思い返せばあまり経験がない。
 それこそ小さい頃にお母さんにしてもらったくらいかな……。

「育美さんにこうしてもらうと、なんだかお母さんを思い出します」

「ふふっ、私がお母さんか! お母さん……ね」

 お母さんの話題を出すと、少しだけ育美さんの雰囲気が変わる。
 これは育美さん側のお母さんに何かあったから……ではない。
 彼女自身から自分の両親は普通も普通で今も健康に暮らしていると聞いたことがある。

 つまり、育美さんが思い浮かべているのは……私のお母さん。
 3年前から眠り続け、今なお目を覚まさない萌葱大樹郎の第七子・萌葱七菜。
 育美さんとお母さんが知り合いでも何もおかしくはない。
 だって、お父さんと育美さんが知り合いなのだから。

 でも、育美さんは私にお母さんのことを話してはくれない。
 お母さんもまた萌葱一族なのだから、DMDやダンジョンに関わっている可能性は高い。
 そして、目覚めない原因もまたそこにあるのかもしれない。

 ……今はまだ、聞かないでおこう。
 お父さんからのメッセージのように、来るべき時にきっと明かされると思う。
 私に関わる謎の答えはダンジョンとの戦いの中にある。

 だから、今この瞬間は誰かに背中を洗ってもらう気持ちよさを噛みしめてればいい。
 戦いは否応なしに向こうからやってくる。

「今度は私が育美さんの背中を洗いますね!」

 それにしても、育美さんの背中はでっかいなぁ!
 物理的にも精神的にも!
 本人は身長180cmって言ってるけど、本当はもっと大きかったり?
 まあ、レディに身長体重の話を安易にするべきじゃないから問い詰めたりはしないけどね。

「私もこうして誰かに背中を洗ってもらうのは子どもの時以来かも! とっても気持ちいいわ蒔苗ちゃん」

「それは良かったです!」

 体を洗った後ちょっとだけまたお風呂に浸かり、上がった後は浴衣を着て過ごす。
 髪を乾かし体の熱がある程度冷めた後は、2人一緒のベッドで眠った。
 信頼出来る誰かと一緒に寝ると、本当に心が安らぐ。
 ここ最近で一番ぐっすり眠ったかもしれない。

 そして、翌朝……10時ぐらいまで寝てしまった。
 ベッドに育美さんの姿はなく、そのぬくもりも残っていない。
 彼女は藍花からもたらされたデータを持って、機体を新しい装置類に対応させるためにマシンベースに向かったんだ。

 私のDphoneディーフォンにはそれを伝えるメッセージが送られてきており、さらに私のリングにはすでに新型コックピットカプセル用の認証コードがインストールされているらしい。
 寝ている間に済ませてしまったんだ!
 相変わらずの仕事の早さには驚くと同時に感謝するしかない。
 お礼のメッセージを送っておこう。

 さて、私は特に用事がないけど好き勝手ウロチョロしていらぬトラブルを起こすのは避けたい。
 今日はこの旅館の中で過ごすとしよう。
 なぁに、最新のスーパー旅館ともなれば1日どころか1週間は時間を潰せるはずだ。
 まずはおしゃれなカフェで朝ご飯を食べて、昼間っから大浴場に行ってお風呂というのもいい。
 レトロから最新まで集めたゲームコーナーがあるという話も聞いている。
 せっかく来たんだから、楽しめるだけ楽しまないとね!


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その夜――。
 1人でも案外この旅館を楽しめて満足した私は、部屋のベッドでテレビを見ながらくつろいでいた。
 そこへ育美さんも帰って来て、機体の方の準備は万端だと笑顔で言ってくれた。
 これで明日への備えは終わったので、晩御飯は何を食べようかと相談していると、部屋のドアがノックされた。

 やって来たのはヴァイオレット社の人で、明日私がショーに着ていくドレスを試着させに来たのだと言う!
 そういえば紫苑さんがそんなことを言っていたなぁ……。
 すっかり忘れていたというか、プレッシャーのせいで忘れようとしていた。
 突然の来訪者に驚きつつも、プロの手際であれよあれよという間にドレスを着せられる!

「ちょっと……セクシーすぎませんかっ!?」

 ドレスと言ってもお姫様が着るようなフリフリのドレスではない。
 海外の女性スターがレッドカーペットを歩くような……。
 あの一枚の布を体に巻き付けたようなシンプルなデザインだ。

 布の色はフレッシュな萌葱色で、まあこれは予想通り。
 問題は……布面積!
 背中と肩が丸出しなんですけど……!

「本番では髪の毛も頭の後ろでまとめる予定ですので、背中から肩、そしてうなじにかけての美しいラインを存分に引き立てる格好になりますね」

 新しい技術を発表する場なのに私の体のラインを目立たせる必要ある!?
 でも、旅館を存分に満喫した私は、これくらいのことはやらないと申し訳ないなぁ……なんてことを思い始めていた。
 それにこの格好の評判はすこぶる良い!

「本当に綺麗よ蒔苗ちゃん! これなら男も女も一発悩殺ノックアウトってね!」

 育美さんはこんなことを言っているし、ヴァイオレット社の人たちもすごい褒めてくれる。
 そう言われると、私も何だか似合っているような気がしてくる!

「じゃ、じゃあ……明日はこのドレスということで……」

 了承してしまいました……。
 明日は朝から髪の毛のセットとお化粧もある模様。
 ここに来て緊張がぶり返してきた……!

 これはこれで私にとっては戦いだな……!
 でも、紅花や藍花はもっと緊張しているはずだ。
 ちょっとセクシーなドレスを着るくらいで泣き言を言ってられますか!
 むしろ、みんな私の美しさに見惚みとれてしまうがいい!

 そんな不安定なテンションのまま、ショー当日はやって来た。
しおりを挟む

処理中です...