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第22話 お店を賭けた戦い!

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 ロニと出会って一週間、ついに『ベシャメール』対『ヴィーオン』のお料理対決の日を迎えた!
 決戦の地はレギンズの町の大広場。貸し切りである。
 そこに持ち運べる机や椅子を置いて大空の下の大食堂は完成した。

 この日を目標に俺たちは食材の準備に料理の練習、それに細かい作業のチェックをしてきた。
 正直十分に仕上がっている。
 負ける気はしない!

 だが、油断はしない。
 相手は人気店の料理長ゾートだ。
 頑固なグランすらも認めるその腕……得体が知れない。

 だが、情報がないわけではない。
 実はロニが一度対決に至る前の穏便な交渉の場で料理をふるまわれたらしい。
 その味は絶品で夢心地。
 夢なので今は記憶がおぼろげになり、また食べたいという感情だけが強く残っているという魔法のような料理。
 危うくロニも懐柔されかけたそうだ。
 しかし、強い心でいま彼女も戦いの場に立っている。

「ゾートシェフの料理に嘘はないっす! やり方は卑怯でも腕前だけは本物っすからね! こちらに正義があるとはいえ、正義で料理は美味しくならないっす! すべては料理人の腕前だけっす! 本気で挑むっす!」

 白い調理服を着たロニが胸を張る。
 彼女とベシャメールの料理人たちがシータの料理をサポートする。
 俺たち残りの牧場スタッフは配膳やら、片付けやら、投票の呼びかけだ。

「シータ、無理はしなくていいからね。気楽に普通に料理を作ってくれ」

「は、はい……。頑張ります……」

 シータはガチガチに緊張している。
 無理もない。すごい能力を持っていても姉妹の中では一番普通の女の子だ。
 他の姉妹は勝負に関係ないとはいえ、リラックスしすぎている。
 ニーナ、ミツハ、ナナミなど勝手にお客さんの列に並んでしまったので、保護者としてウェンディも並ぶことになってしまった。
 イツキは読書、ローザは相変わらずの無言である。
 イチカだけがシータを応援しているが、悲しいことに真剣過ぎてそれはそれでシータのプレッシャーになってそうだ……。

 な、何とかなるんだろうか……。
 ちなみに姉妹を連れ出す以上、それを守るためにガルーも来ているので、牧場はノームが警備している。
 「あまり責任の重い仕事はしたくないのぉ~」と言いながら、自分用にサンダーバードの殻の武器を造っていたので、ちゃんと仕事はしてくれるだろう。

 そうこうしているうちに、対決の時間が迫ってきた。
 グランがシータに近寄って自信を持つように話をしていると、切れ長の目をした細身の男がこちらに近づいてきた。
 ベシャメールのスタッフかと思ったけど、どうやらまったく違ったようだ。

「何の用だゾート……」

「いえ、こうして対決できることが嬉しくてですね」

「ふんっ、卑怯な手を使っておいて何を言うか!」

 その男はゾート。
 乗っ取りを企てる近隣の町の人気店『ヴィーオン』の第二料理長だ。

「その件については謝ります。料理人としては正々堂々とグランさんと勝負がしたかったのですが、あいにく私も雇われシェフでしてね。上の意向には逆らえませんゆえ」

「そんな奴らに雇われているお前には負けんぞ! こちらは最高の食材を用意したからな!」

「ふむ、こちらに並べられている食材……特に野菜は素晴らしい……。産地が気になるところですが、今はやめておきましょう。それよりもその少女がシェフでよろしいのですか? お孫さんはあちらの女性でしょうに」

「あのひよっこを使うくらいならこっちの嬢ちゃんの方が店の味を再現できる! まあ、目にもの見せてくれるわ!」

「それは楽しみにしておきましょう。どんな奇術が飛び出るやら……ハハハ!」

 ゾートは自らのキッチンへと帰っていった。
 彼自身はどこまでも料理人といった感じだ。
 悪意なんてまるで持っていないが、負ければ店が乗っ取られることは確か……。

 そして、負けられない戦いは始まった。

 テーマは大衆洋食の王道『ナポリタン』!
 それぞれ通常の量の半分を一人前として調理し、お客さんに提供する。
 両方を食べたお客さんにどちらか美味しかったか紙に書いて箱に入れてもらい、最後に開封する。

 『ベシャメール』は長年レギンズの町にある店なので情けで投票する人もいるだろう。
 しかし、同じくらい『ヴィーオン』の新たな風、近隣の町で人気であるということに期待して投票する人もいる。
 そう考えるとやはり五分。味で勝負するしかない。

 また、調理スピードに差が出ると、最後の方には早い方の料理しか食べられない事態にもなりうる。
 そうなれば食べた方に投票するしかない。
 意識して少し早めに調理しないとどんどん不利になる。

 だが、今のところその心配はなかった。
 シータはどんどんと野菜を切り、炒め、パスタと絡めていく。
 フライパンの上で牧場産のトマトからできたケチャップ、ピーマン、にんじん、玉ねぎ、そしてマリーのお父さんから渡されたベーコンが躍る。
 大広場全体が甘くて香ばしい香りに包まれる。
 これだけで負ける気はしない。

「ほう、グランさんの全力調理を再現とは……大した少女だ。こちらでスカウトしたいほどに」

 ゾートは料理をしながらシータを見て驚きの声を上げている。
 しかし、その表情は笑顔だ。

「我々にとってグランさんの味を再現されることは不利だが、私にとっては光栄なことだ。本当の勝負ができる!」

 向こう側はある程度作業を分担して行っている。
 効率は良さそうだ。
 スピードではじわじわ差がついていくかもしれない。
 しかし、誤差の範囲。味で勝てればいい!

 白熱の中盤戦、異変は起こった。

「ぐっ……あっ……」

 シータがフライパンを取り落としたのだ。
 中身が零れ落ちそうなところをロニがなんとか取っ手をもって防いだが、こんな動きはもちろんグランに見せられてはいない。
 つまり、シータ側の異変だ。

「ごめんなさい……。手首と腕が痛くて……」

「あっ……!」

 そうだ……シータの能力はあくまで記憶した動きの再現。
 その動きが体に負担がかかるものならば、当然痛みも出る。
 彼女はモンスターの血を引いているから同年代の女の子よりは体が頑丈だ。
 でも、成人男性にはかなわない。
 フライパンを何度も振ったり、野菜をたくさん切ったりしたら手に負担がかかりすぎるのは目に見えていた。
 どうして気づいてあげられなかったんだ!

「シータごめん! もう料理は……」

「嫌です! 一度引き受けたんだから、最後までやらせてください……。ポーションを飲めば何とか……。それか湿布を……」

「ダメだよ。うちのポーションは効果が強すぎて、手首の炎症だけを治すためだけに使うと危険だ。薄めるにも症状を見て慎重にやらないといけない。湿布も効き目が出るには時間がかかるし……」

 そ回復薬やネクスの炎の治療は、もともとその人が持っている治癒力を無理やり活性化させているだけだ。
 極力使わない方が良い。それも子どもの小さい体となればなおさらだ。
 でも、ここでシータに料理を止めさせて勝負に負けたら……きっと彼女は俺を信用してくれなくなるだろう。
 多少の無理は承知で彼女の気持ちを尊重するべきなのか……。

「まてまてーっす! ここでシータちゃんはよく頑張ったっす! こっからはロニが作るっす!」

 ロニがフライパンをもって調理を再開した。
 手際はさほど良くないが、ナポリタンの作り方は体になじんでいるようだ。

「正直、ロニはシータちゃんに限界が来るかもって思ってたっす! だって、じっちゃんの作り方は無駄に力が入ってるの知ってるっすから! だから、こっからはロニ流でいくっす! だからシータちゃんはゆっくり休んでほしいっす!」

「でも、それじゃ……」

「問題ないっす! しばらくはホールに回されてたっすけど、じっちゃんの料理を誰よりも間近で真剣に見てたのはロニっす! そして、大好きっすから! きっと、再現どころかそれ以上の料理が作れるっす! それに食材もシェフも全部提供してもらって、ここで踏ん張らなきゃ『ベシャメール』なんて乗っ取られて当然っす!」

「っ! わかりました! 頑張ってロニさん!」

「おうっす!」

 料理バトルは中盤から終盤へ。
 対決は未だ汗一つかかぬゾートと熱血調理のロニの勝負になった。
 そして、決着の時が訪れる。
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