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第6話 中年騎士、おだてる

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 館の使用人たちと協力して街の皆さんからいただいた品物をせっせと運び込み、数十分かけてリリカ様の自室の机に並べ終えた。

「ふぅ~む、まさか街の住人たちがそれほどまでにバッジの意味を認識していたとはな」

 なぜ荷車いっぱいにいろいろ載せて帰って来ることになったのかを説明し終えた後、最初にリリカ様が気にしたのはバッジのことだった。

「私が初めてこの街に来た時はまったく視線を感じませんでしたが、バッジを付けた途端人だかりが出来ましたからね。みんな領地の防衛に関心があるようでした」

「その割に私に意見してくる者などほとんどいないのだがな。まあ、私などしょせんはお飾り領主だと思われているから仕方ないが……」

「いえいえ、街の皆さんはリリカ様のことをそれはそれはしたっていましたよ。その証こそがここに並べられた品物の数々です」

 領主として信頼はされていなかった気がするが、慕われてはいたと思うから嘘ではない。
 少なくとも自分たちの代表がリリカ様であることに不満の声は聞こえてこなかった。

「そうか……私も案外人気者なのかもしれんな……!」

 リリカ様がまんざらでもない表情で小さくつぶやく。
 ここはもう一押ししておくか。

「たまにはリリカ様ご自身に買い物に来てほしいと言っている方もおられましたよ」

 当然「太るよ」の部分は伝えない。
 9歳とはいえ相手は女性だ。
 ぶしつけに体重の話などすれば解雇されても文句は言えない。

「んふっ……ふふふっ……! 仕方あるまい、今度また足を運んでみるとしよう」

 王族としての威厳いげんを保とうと笑いをこらえるリリカ様。
 しかし、こらえきれずに噴き出している。

「大隊長となって最初の任務を見事に果たしてくれたな、レナルド・バース。褒美と言っては何だが、今日お前が貰って来てくれた物は好きに使ってくれて構わん。あ、菓子だけは別だがな」

 リリカ様はお菓子が入ったバスケットに手を突っ込んでフィナンシェを引っ張り出した。
 好きなお菓子を見つけて目を輝かせる姿はいい意味でただの子どもだ。

 そのまま欲望のままに小さな口でフィナンシェを頬張る。
 まるでハムスターがエサの種をカリカリ食べるように。

 ほのぼのとした光景を眺めていると、リリカ様のそばに控えていた赤髪の女性がずいっと視界をさえぎって来た。

「これで本日の任務は終了です。すみやかにお下がりください」

 今日はもう用済みだから出て行け……ということか。
 別にリリカ様のことを変な目で見ていたわけではないのだが、気にさわってしまったようだ。

「そうカリカリしなくてもいいぞ、トラム。どうやら我が領民もレナルドのことを認めたようだしな」

「リリカ様……。お言葉ですが、この男の素性にはまだ怪しい部分もあります。辞令書もなければ、異動の話も届いていません」

 身辺警護を任された者としては妥当な判断だな。
 トラムと呼ばれた赤い髪の女性は別に間違ったことを言っていない。

「それはそうだが、少なくともこの者が騎士であることは事実。トラムの目から見ても勲章に偽装の痕跡はなかったのだろう?」

「……はい。しかし、それは潔白を証明するものにはなりません。他の王族や貴族の息がかかった騎士はリリカ様の敵になり得ます」

「まあ、言いたいことはわかるのだがな。とはいえ、私たちは少しでも戦力がほしいところで……」

「だからこそ、簡単に信頼してはいけないのです。もっと見極める必要があります」

 仕える主君に対してここまで意見が言える者は貴重だ。もちろん、いい意味で。
 はいはいと言うことを聞くだけでは優れた従者とは言えない。

「……とまあ、トラムはこういう性格だ。ここに来た時にレナルドが会ったセレコというメイドとは双子の姉妹なのだが、いろいろと中身は正反対なのだ」

 なるほど、だからセレコさんと顔が似ているわけだな。

「トラムは幼い頃に家庭の事情でセレコと生き別れになっていたのだが、数年前に故郷であるバリントンに戻って来た。どこで教わったのか知らんが独自の戦闘技術を身につけていて、私が動かせる戦力の中では最も強いのだぞ」

 戦闘技術の出自しゅつじを明かさないということは、彼女が故郷を離れた後に何をやっていたのかを教えたくないということだ。
 教えたくない理由はわからないが、大隊長としてはお聞かせ願いたいところだな。

 武術や魔術は流派によってスタイルがかなり違う。
 流派を知ることが出来れば、おおよそどこに所属し、何を学んでいたかがわかる。

「つまり、トラムさんはプレーガ領の最高戦力ということですね。大隊長としてはその力にとても興味があります。ぜひ、軽く手合わせ願えませんか? もちろん武器は使いませんし、私からは攻撃しませんので」

 別にトラムさんを怪しい奴と思ってるわけじゃない。
 彼女から感じるリリカ様への忠誠心は本物だ。
 だが、大隊長を任されたからには戦力の把握はしておきたい。

 それと俺の戦う姿をリリカ様に見てもらいたい。
 そして、安心してもらいたいんだ。

 少なくとも王都の騎士で俺に勝てる者はいなかった。
 これは自惚うぬぼれではなく純然じゅんぜんたる事実。

 さらに1対1の決闘ともなれば――この国に俺に勝てる者はいないだろう。

「……いいでしょう。その手合わせお受けします」

 少しの間をおいて、トラムさんはそう答えた。
 彼女にも手合わせを受ける理由があるようだ。

「おおっ、それはいいな! ちょうどお菓子を食べ過ぎて晩御飯がまだ早いと思っていたところだ。食事の前に2人の戦いを見させてもらおうではないか」

 リリカ様は貰って来たばかりのお菓子をバクバク食べ、バスケットの中身は3分の1にまで減っていた。
 我慢しようと思っても、目の前にあるとつい食べてしまうのはわかるが……食べすぎだろ!?

 このままでは洋菓子店の人が言うようにリリカ様が太ってしまう……!
 今度からはちゃんと個数を制限しなくてはな。

「戦う場所は館の外だ。私はここの窓から眺めさせてもらうぞ」

「了解しました、リリカ様。それでは行きましょうか、トラムさん」

「……はい」

 さて、いきなり無様ぶざまなところは見せられないな。
 王都からプレーガ領までの長旅で実戦からは少し離れていたが……大丈夫だ。

 戦いの間隔は鈍っていない――
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