ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
154 / 156
EX-延長戦

幾千万もの言葉より-後編-

しおりを挟む
 ふと間が空き、とろりと潤む視界を開ける。
 オズワルドはいつになく真剣な顔をしていた。熱を帯びた瞳に心までも奪われる。

「ルト、イルシュア」
「えっ……」

 分からない。分からないはずなのに、想いの丈を丸ごと詰め込んだような響きに胸を突かれる。

 首筋に顔を埋められ、触れるか触れないかぐらいの淡い刺激にピクンと反応してしまう。

(あれ? 言葉なんか要らないのかも)

 ふわふわする頭でぼんやりとそんなことを思う。

 少しずつ解かれていく衣服の擦れにさえ脳髄を刺激される。どうしようもなく幸せで、こちらからも抱き返そうと腕を伸ばした




 その時だった




「!?」

 唐突に間抜けな電子音が室内に鳴り響いた。見れば腰につけたままだった魔導球がビカビカと点滅している。

 舌打ちをしたオズワルドはそれを外し部屋の隅に放り投げたが、腕の中のニチカはプルプルと肩を震わせ始めた。

「ふふ、あはは。アハハハハっ!!!」

 そしてそのまま大声を上げて笑いの発作に襲われてしまう。男はそれをポカンと見下ろすしかなかった。

 ニチカが笑うのも無理もない、今も鳴り響いているそれは、毎週日曜夕方に放送されているあの『国民的大喜利番組』のテーマ曲だったのである。

 それまでの艶っぽい雰囲気をぶち壊しにするには充分すぎる破壊力を持っていた。

「あーっはっはっはっは、むり、むりぃ、もうやめてぇ!!」

 ニチカはケラケラと涙を流しながら笑い転げる。
 完全に萎えた様子のオズワルドは鬼のような形相でドスドスと部屋を横切ったかと思うと、魔導球を拾い上げ通話の相手に向かって怒鳴りつけた。

 しばらく話した後、師匠は人でも殺しそうな形相でズイとそれを差し出してくる。球の中に映し出されていたのはやはりというかユーナだった。

「ゆ、ゆ、ユーナ様……いつこんな着信音設定したんですか」
「いいだろう? 僕が地道に一音ずつ打ち込みしたんだ」

 イタズラが成功した少年のように瞳を輝かせていた女神は、ニチカの衣服が乱れていることに気付いたがあえて何も言わなかった。

「あがっておいでよ、翻訳の魔法が見つかったんだ」

***

 再びポータルから天界へと上がったニチカは、ユーナの執務室で魔法陣の上に立っていた。

 わずかな魔風が収まった後、後ろから小さく聞こえてきた罵倒に勢いよく振り返る。

「フナムシって何よ! せめて哺乳類に例えてくれない!?」

 やたらと少女を節足動物に例えていたオズワルドは、わずかに目を開き息をついた。

「治ったか」
「え? あ、ホントだ!」

 会話が通じることに嬉しさがこみ上げていると、床の魔法陣をクルクルと巻きとっていたユーナは真相を話し出した。

「やっぱり君を最初にこの世界に呼び込んだとき、通訳のまじないをかけたのはイニだったよ。僕から抽出した記憶細胞を君の中に埋め込んだらしい」
「記憶細胞……?」

 うん、と頷いたユーナは、自分の本体が入ったガラス管をコンと叩いた。

「抽出というか複製したんだよね。君は埋め込まれた僕の記憶から言語を引っ張って会話が出来ていたんだ。イニに対して無性に懐かしくなったり愛しさを感じたりしなかったかい?」
「あ……ありましたありました!」
「それも全部、僕の記憶に引きずられてたからなんだよ」

 なるほど、あの時感じた感情はユーナの物だったのか。

「一応今回も僕のを使ったよ。でも安心して、言語能力だけで感情系は排除したつもりだから」

 後ろでどうでも良さそうな顔をしていたオズワルドだったが、ピンと来たらしく推察を口にした。

「このタイミングでまじないが切れたのは、細胞が入れ替わったからか」
「せいかーい、さすが黒ちっち。細胞って時間が立つとどんどん新しいものに変わっていくから、今回のはちょうど時期だったみたい」

 細胞だの何だのはよく分からないが、ニチカにとって重要な点は他にある。不安そうに尋ねてみた。

「今回かけたのもいずれ切れちゃうってことですか?」
「うんにゃ、僕なりにアレンジ加えたからたぶん半永久的に掛かり続けてると思う。一応、後でやり方とか書いた紙をあげるよ。でもこれはマナを使う魔導じゃなくて魔術関連になるから少し難しいかな……」

 が、がんばります。と自信のない声を出すニチカを、師匠は呆れたように見下ろした。たぶん無理だ、そしておそらく自分がやるはめになる。

「それにしてもなー、こんな便利な術があるなら僕だって掛けてもらいたかったよ」

 ブツブツと言い出したユーナだったが、忠告するようにこう言った。

「まぁ不測の事態が起こるとも限らないからね。これを機に君も少しずつこの世界の言葉を学んでいくといいよ」

***

 執務室を出た二人は微妙に気まずいまま並んで歩いていた。
 あれだけの大喧嘩をして、なぜか流れ的にそういう雰囲気になり、挙句ぶち壊しになったのだ。今さらどういう顔をして会話すればいいのか。

「あの……今日はこのまま降りるの?」

 結局当たり障りのない切り口になってしまった。前方を見続けたままのオズワルドは「まぁな」とそっけなく応えた。

「言葉の授業をしてくれたりとか――」
「ウルフィにでも頼め」
「ですよねー」

 そこまで言って、ふと先ほどの事を思い出す。

「ねぇ、ウ、ウ、『ウト イルシュア』ってどういう意味だったの?」
「はぁ? 『地獄に落ちろ』?」
「うそ、そんなこと言ってたの?」

 あんな場面で?と目を丸くしていると、思い出したらしい彼は顔をしかめて歩調を速めた。

「忘れろ」
「ちょっ、なにそれ!?」
「良いか、調べるなよ。聞いて恥かくのはお前だからな」

 念押しのように頭にチョップをドスッと落とすと、そのままポータルの青い光の中へと消えていく。

 一人残されたニチカは頭を押さえながら一人首を傾げていた。

***

 それから数日後、ニチカは天界の資料室の一角に陣取り、燦々と陽の当たる教室でウルフィと向かい合っていた。

「さてニチカくん、しっかり聞きたまえよ。僕のことはウルフィ先生と呼びたまえ」
「おねがいしますウルフィ先生」

 いつかと同じようにテシテシと机を机を叩く彼に向かって頭を下げる。

 まじないをかけ直してもらって気付いたのだが、よくよく聞いてみると確かに彼らはこの世界の言語を喋っていた。これまで意識していなかったので気づかなかったが耳に入った瞬間スッと日本語に変換されている。
 意識して聞けば二重音声のようにあの謎言語が日本語の後ろで微かに聞こえた。会話の中で聞き取れた単語を片っ端から拾っていく。

「ルト、って聞こえたような」
「『ルト』は「あなた」とか「きみ」っていう意味だよ」
「二人称ってことね。他に似たような意味はある?」
「ううん、これっきり」

 そこでふと思い出す。オズワルドが口にしたのは「ルト イルシュア」ではなかっただろうか。

「ねぇ、『イルシュア』ってどういう意味?」

 どうしても好奇心に勝てなかった。恥ずかしい単語だったら気まずいが、ウルフィなら深く突っ込まれることはないだろう。

 だが予想に反して返ってきたのは意外と普通な意味だった。

「『イルシュア』? 「望みます」っていう意味だよ」
「望みます?」

 何を?と思いつつ、オズワルドならまずそんな丁寧な言い方はしないだろうと考える。

 ルト(あなた)+イルシュア(望みます)を師匠風に言い換えるなら――

「……」

「あれ、ニチカ真っ赤だよ? 具合でも悪い? あ、ちなみに赤いは『ルーマ』って言ってね~」

 たのしげに解説を続けるウルフィの声にも顔を上げることができなかった。
 どこまでも深い青の、貫かれるようなまなざしを思い出す。


 ――お前が欲しい


 あの時の彼は、そう言ったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。

リラ
恋愛
 婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?  お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。  ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。  そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。  その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!  後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?  果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!? 【物語補足情報】 世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。 由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。 コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。

処理中です...