掌編アラカルト

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
1 / 3
へたれ風味な彼と食いしん坊な彼女の帰り道

トリック オア トリート

しおりを挟む
 彼女のおなかが、くう、と鳴った。
 彼女は制服のポケットというポケットを上からぽんぽんと叩いてまわり、目当ての物が見つからなかったのか、つまらなそうに唇を尖らすと、次に鞄を開けて、中をがさごそとあさりはじめた。

 やがて、某アミューズメントパークのキャラクターがプリントされた袋を探し当てて、中から赤いリボンのついたネズミ娘の耳を取り出した。
 それをおもむろに装着する。

 そして、俺へと向いて、いい笑顔で脅し文句を口にした。
「とりっく、おあ、とりーとっ」

 俺は左のポケットから、キャラメルを一粒取り出した。三日ぐらい前に彼女に貰って、後でと思いつつ、忘れていたやつだ。
 彼女はにこにことそれを受け取って、包装を剥き、すぐに口に放り入れた。

 満足そうな彼女を見ていたら、ふと悪戯な気分になった。
「Trick or Treat」

 彼女が、え、という顔をして振り向く。かと思ったら、慌てて両手で口をふさいだ。手の下では、えらいいきおいで口がむぐむぐと動いている。

 ……取り返すつもりなら、はじめからあげないって。それに、口の中からどうやって取り出すの。
 生温い気持ちになって見守っていると、彼女はごくりと飲み込んで、警戒心丸出しの目つきで牽制してきた。

「背中をつつってやるのだけはやめてね。あれだけは、変な声出ちゃうから」

 ……キスもまだなのに、おかしな知識を無邪気に教えてくれるのはやめてください。
 青少年の健全な妄想が頭の中を流れていくに任せながら、俺は彼女に答えた。

「俺、今日は仮装してないから、また今度ね」
「あ、なんだ、そうか、あはは、焦っちゃった!」

 いや、きっと、もっと焦ったのは、俺だと思う。
 でも、いつか、いたずらじゃなくて、ちゃんと本気で。

 そう思う俺の目の横で、ネズミ耳が、ぴょこりと動いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

一人用声劇台本

ふゎ
恋愛
一人用声劇台本です。 男性向け女性用シチュエーションです。 私自身声の仕事をしており、 自分の好きな台本を書いてみようという気持ちで書いたものなので自己満のものになります。 ご使用したい方がいましたらお気軽にどうぞ

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

トマトの指輪

相坂桃花
恋愛
【あらすじ】  美しく優秀な姉を持つルビーは、一族の中で唯一“神力”を持たず、容姿もパッとしない出来損ないの娘だった。 内気なルビーは、恋をしている幼なじみに想いを告げることなく胸に秘めたまま隠していたが、姉と幼なじみが特別な関係なのだと気づき、胸を痛める……… そんな折、村に異常事態が発生して……… ――コンプレックスを持つ内気な少女は、恋を諦める為に立ち上がる!

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

四年目の裏切り~夫が選んだのは見知らぬ女性~

杉本凪咲
恋愛
結婚四年。 仲睦まじい夫婦だと思っていたのは私だけだった。 夫は私を裏切り、他の女性を選んだ。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

君はひまわりでした

凛道桜嵐
恋愛
長年片想いをしていた彼が結婚した。いつまでも隣に立ちたい時は隣に立てると思っていた。しかし数年連絡を取っていない間に彼との関係性が友達以上恋人未満という関係からただの友達になっていた。 そんな報告を受けた主人公の女性の心境を書いてみました。

処理中です...