皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇

ならる

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第3章 転覆

また、歩き出す

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 東蘭の広場に集まった群衆を見下ろすと、喉がひどく乾いているのに気づいた。壇上に立つ俺の前には、数千人もの人々が詰めかけていた。国旗が風に揺れ、群衆の視線が一斉に俺に向けられている。その圧力に、息が詰まりそうだった。

「……我々は、独立を勝ち取りました……」

 声が震えた。次の言葉を探すが、何を言えばいいのか分からない。期待と不安が入り混じった人々の目が、俺の全身に突き刺さるようだった。

「……しかし、独立は……終わりではなく、始まりです。」

 自分でも空々しいと感じる言葉を、無理やり絞り出した。これが本当に自分の言葉なのかさえ分からなかった。人々の沈黙が重くのしかかる。振り返れば、後ろには琉霞が立っていた。彼女の視線を感じるが、目を合わせる余裕もない。

「私は……その責任を……」

 言葉が途切れる。その瞬間、どこからか拍手が響いた。振り返ると、それはかつての戦友だった。彼らが次々と拍手を送り始め、それが徐々に広がり、やがて広場全体に響き渡る。

「剛成!大丈夫だ!」

 誰かが叫んだ。
 その声に背中を押されるように、俺は再びマイクを握り直した。

「……私一人では、この国を動かすことはできません。しかし、皆さんと共に未来を作りたいと思っています。私は未熟ですが、この国の明日を築くため、力を尽くします!」

広場中に拍手と歓声が響き渡った。胸の奥にあった重石が少しだけ軽くなった気がした。

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 とは言え、俺が大統領に任命されたのは、まるで青天の霹靂だった。

 東蘭独立戦争が終わり、祖国は新たな道を歩み始めていた。独立のために命を賭けた仲間たちの多くは戦場に散り、その中には今や救国の英雄と名高い巌斗も含まれていた。あいつがいなければ、独立は成し遂げられなかっただろう。独立した今、巌斗の死がもたらした重い空気は回復したが、それでも国内の混乱はまだ収まらず、巌斗を支え続けた妻、琉霞もまた戦後の混乱を整理するために奔走していた。

 八雲が俺を大統領に指名した理由、それは俺の家系や独立戦争における功績が、国民の信頼を得るにはうってつけだと彼は言った。だが、その期待が重く、俺の肩にのしかかる責任をどれだけの人が理解していただろう。
 そんなある日、俺は帰国した琉霞と再会した。久しぶりに彼女の顔を見たとき、俺は思わず懐かしさと同時に、心の奥底に隠していた巌斗への劣等感が湧き上がるのを感じた。

「俺は大統領なんて柄じゃない。巌斗が生きていればどれだけよかったことか……。それに正直言って、君の方がよっぽどこの国の長にふさわしい。俺なんかより、君がやるべきだ。」

 琉霞はしばらく黙った後、静かに首を振った。

「私は巌斗の意思を継いだだけよ。彼が戦場で示した勇気と覚悟を、私なりに形にしただけ。政治に興味があるわけじゃないの。」

 彼女の言葉は鋭く、しかし真実を突いていた。俺は、彼女のように確固たる目的を持っていたわけではない。俺の中には常に迷いがあった。

「でも、剛成。あなたにはこの国を未来へ導く力がある。それを信じてほしい。」

 彼女の言葉は俺の胸に深く響いた。俺は自らの不安を払拭するかのように、話題を変えた。

「俺は、もし大統領を退いたら故郷の蓮洲島を観光地にする仕事をやりたいんだ。あの空と海の美しさは、どこにも負けないからな。」

 そう言うと、琉霞も微笑みながら同意してくれた。

「そうね、倭国だったときは考えもつかなかったけど――他国にいたあなたが言うならわかるわ。私はここで生まれ育ったからよくわからなかったけど、それでもこの美しい自然は、きっと世界に誇るべきだと思うもの。」

 けれど、彼女は真剣な表情を見せながらこう付け加えた。

「でもね、逃げちゃダメよ、剛成。せめて2期くらいは務め上げて。それがこの国のためになるから。」

 俺はその言葉に頷きながら、心のどこかで覚悟を固めた。

--

 俺が大統領に就任してから数か月、現実は俺の想像をはるかに超える厳しさだった。議会の設立、憲法の草案、国民の声を反映させる選挙制度の導入……どれも混乱の中での試行錯誤だった。派閥争いや利権の衝突に、俺は何度も嫌気が差した。
 ある夜、琉霞と共に星空を眺めながら話す機会があった。

「巌斗が生きていたら、もっと違ったのかな。」

 そう漏らした俺に、彼女は意外なことを語り始めた。

「実はね、巌斗はあなたに嫉妬してたのよ。」
「え?」

 俺は彼女が何を言っているのか全く分からなかった。

「あなたは人とすぐに仲良くなれるし、どんな状況でも楽しむことができる。彼はそういう部分に強い劣等感を持っていたの。だから、自分を奮い立たせるために必死に努力して、いつも前を向いていた。」

 そう言えば――巌斗は一度だけ、理解できないことを言っていたのを思い出した。

 「お前はよく笑う。それがいいんだよ。その笑顔は人を救う力がある。そんな力は俺にはないから、お前が羨ましいよ。」

 鮮明にその言葉を思い出すと、何かが俺の胸に染み込むような感覚を覚えた。
 彼女の言葉に、俺は自分があいつに対して抱いていた劣等感が薄れていくのを感じた。そして、巌斗の努力とその背後にある葛藤を知り、改めてあいつを尊敬し直した。

--

 大統領の任期を一期4年と定め、選挙制度を導入したころには、ちょうど2年が経っていた。多くの側近たちは、あと2年無投票で務めるべきだと言っていたが、俺は断固拒否した。言い訳をして選挙をしないのは独裁者の常とう手段。国民の信を問わない期間はできるだけ短くしたかった。
 正直俺は落選するかと思った。しかし意外なことに、圧倒的大差で俺は当選し、二期目に突入した。

 その頃、俺はある決意を胸に抱いていた。

 「蓮洲島に来てくれないか?」

 そう言ったとき、琉霞は少し驚いた顔をしていたが、すぐに微笑んで「もちろん」と答えてくれた。あの島は俺の故郷であり、いつか平和な場所として発展させたいと思っていた。戦場で彼女が「いつか静かな時間を過ごしたい」と語ったことを叶えられる場所でもあった。

 夕暮れ時、俺たちは砂浜を歩いた。空は茜色に染まり、波の音が穏やかに響く。琉霞が足を止め、潮風を受けながら目を閉じた。

 「ここ、綺麗ね。昔は当たり前で意識していなかったけれど――改めてみると本当にあなたの言った通りだわ。」

 その声を聞いた瞬間、胸が高鳴った。俺は彼女の前に立ち、深呼吸を一つした。
 「琉霞、俺はずっと迷ってばかりだった。でも、君といると、その迷いが消えていくんだ。君がそばにいることで、俺は自分を信じられる。」

 震える手でポケットから指輪を取り出し、膝をついた。

 「俺と結婚してくれないか?君と一緒に、この国の未来を作りたい。」

 彼女は目を見開いたまま、しばらく黙っていたが、やがて微笑んで小さく頷いた。

 「もちろんよ、剛成。」

 彼女の笑顔を見た瞬間、俺は自分がやっと一歩を踏み出せた気がした。
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