皇帝はダメホストだった?!物の怪を巡る世界救済劇

ならる

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第1章 始まり

雷の異能者

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 突然、動く影が浮かび上がった。黒髪の少女――その腕には錆びついた手枷がついていて、体には無数の傷が刻まれていた。それでも、その瞳には不屈の輝きが宿っていた。

 俺の目の前で、次々と敵が少女を取り囲む。驚くほどの身のこなしで敵の攻撃をかわしていく彼女の動きには、疲労の色が濃く滲んでいた。それは、限界が近いことを物語っていた。

「くっ……!」

 彼女が一瞬膝をつきかけた。
 俺は一瞬迷った。俺の任務は貨物の護衛だ。目の前の少女を助ける義務はない。だが、彼女の姿が過去の記憶を呼び起こした。
 その声に、胸の奥がざわついた。
 忘れろ。思い出すな。

 血に濡れた手、助けを求める叫び、目の前で命を落としたあの顔。

「伏せろ!」

 俺は無意識に叫んでいた。

--

 俺が仲間たちに会ったのは、1か月ほど前のことだった。

「雷槌——!」

 青白い雷光が一瞬暗闇を裂くと同時に、その瞬間、敵の動きが止まり、次の瞬間には閃光が周囲を飲み込んだ。徹底的に敵を一掃する。そりゃそうだ。俺の雷の力に比べれば、お前らなど弱すぎだ。
 爆発音が甲板に響き渡り、空気が焦げるような匂いが立ち込める。俺が弱冠17歳ながら「異能者連盟」のS級異能者として稼いでいる理由、それがこの雷の異能だ。俺の雷は家系に伝わるもので、その力は他の異能者たちを遥かに凌駕している。

 この少し前だが――こううるさくなる前はだいぶだるかった。  
 飛行船が静かに夜空を滑る音が、空気の冷たさと相まって不穏な緊張感を漂わせていた。俺は船の甲板に立ち、眼下の雲海を見下ろしながら、依頼の詳細をもう一度頭の中で整理していた。  
 「異能者連盟」からの今回の依頼は、一見単純だった。倭国軍の貨物を護送する任務。その報酬額は異常なほど高額で、物資の中身も医薬品や食糧などの救援物資とされていた。しかし、護衛の規模と報酬の高さがあまりに釣り合っておらず、不自然さを感じざるを得なかった。連盟の仲介者も詳細を語ることはなく、ただ「慎重に行動しろ」とだけ言った。そんな曖昧さに不満を覚えながらも、俺は依頼を受けた。
 金が全て。それが俺の生き方――のはずだった。だが、不自然に高額な報酬が妙に胸にひっかかる。無視するべきだと頭では理解しているのに、どこかで、あの時の記憶が疼き始めている気がする。
 貨物室の扉は厳重に施錠され、倭国軍の兵士たちが常に見張りについている。俺が中身を確認しようとすると、兵士たちの視線が鋭くなり、まるで獲物を狙うような警戒心を露わにした。その反応を見て、俺は確信した。――これはただの救援物資ではない。
 一方で、この任務には強力な助っ人である、俺も含めた「異能者連盟」の一級登録者たちに金を払って雇っているせいか、貨物室以外の兵士たちは完全に気が緩んでいた。娯楽室でテレビをつけて寝ころんでいる兵士もいるくらいだ。画面には、倭国の新皇帝が国民に向かって手を振る姿が映っている。なんでも在位30年に及んだ皇帝が死に、若く有能な摂政である第一皇子が戴冠したとのことだ。俺は政治になんか興味はないが、まあとにかくこの皇帝は見た目だけのポンコツ野郎という印象だ。

 夜が更け、飛行船が人里離れた山岳地帯に差し掛かった頃、甲板に冷たい風が吹き抜けた。その風に混じって聞こえてきたのは、遠くから迫る騒音だった。敵襲だ。  俺は即座に武器を手に取り、敵の襲撃に備えた。暗闇の中から現れたのは黒ずくめの敵。俺は雷の魔力を呼び起こし、周囲の空気が静電気で震え始め、いつものように依頼処理を軽く行うつもりでいた。

 しかし――今まで処理してきた依頼とは違った。敵が段違いに強いのだ。いつもなら全員黒焦げのはずが、攻撃は当たっているのに起き上がる。まさか高い異能耐性を持つ者たちか?数は十人以上。その身軽な動きと統制の取れた行動から、奴らがただの盗賊ではないことは明らかだった。俺の力をもってしても、敵の数は減るどころか増え続けている。俺は息を整えながら、次の攻撃のタイミングを計った。
 その時、視界の端に動く影があった。黒髪の少女が、船尾の方から追手に囲まれているのが見えたのだ。

---

 俺の意識が深い闇をさまよう中で、あの声が響いた。

「昴也お兄ちゃん、見て見て!」

 高い、幼い声――それは、俺が忘れたことなど一度もない、花梨(かりん)の声だった。
 思い出の中で、草原が陽光に照らされ、風に揺れる穂が踊っていた。花梨はその中を駆け回り、無邪気な笑顔を見せていた。先天性の病気で手がうまく動かなかった彼女の手には、不器用に編まれた草のブレスレットが握られている。

「お兄ちゃんにあげる! これ、お守りだよ!」

 その声の響きがどれほど温かかったか。花梨の笑顔は、幼いながらも俺を支える力強いものだった。俺は彼女に救われていた。それを思い出すたび、胸の奥で炎が燃え上がるような感情が溢れてくる。

 だが、あの穏やかな日々は、突然の暴力によって奪われた。

 俺たちの村は戦乱に巻き込まれ、略奪の標的となった。あの日、空は灰色の煙で覆われ、赤々と燃え上がる炎が全てを包み込んでいた。家々が崩れ、人々の悲鳴が響く中、俺は剣を握りしめ、必死に戦った。だが、敵の数は多く、装備も圧倒的だった。村の人の多くはただの農民であり、武装した奴らに太刀打ちできるわけがなかった。
 俺は花梨を探して村中を駆け回った。必死に彼女の名前を叫び続けたが、応える声はどこにもない。やがて、草原の片隅で彼女を見つけた。そこに横たわっていたのは、もう息のない花梨の小さな体だった。 彼女の目は閉じられ、その頬には涙の跡が残っていた。手にはまだ、あの草のブレスレットが握られている。それは俺に渡すつもりだったのか、それとも自分を守るお守りにしようとしたのか――今となっては知る由もない。ただ一つ確かなのは、俺が彼女を守れなかったという事実だ。

「花梨……!どうして……!」

 俺は彼女の冷たい体を抱きしめ、涙を流すことしかできなかった。あの無邪気な笑顔、あの高らかな声、それがもう戻ってこないと理解した瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れるのを感じた。

 後日、わかったことがある。村が略奪されたのは偶然ではなかった。奴隷商人たちが金と引き換えに村人たちの子どもを売るよう持ちかけていたのだ。

 作物は不作が続き、交易路も賊の襲撃で危険になり、誰もこの地に寄り付かなくなった。そんな中、ある日、奴隷商人たちがやってきた。奴らは金と力をちらつかせ、村の住人に取引を持ちかけた。

「金が欲しいだろう? 子どもでも、女でも構わない。売ればこの村では大金持ちになれる金をやるよ。」

 奴隷商人たちは冷たい笑みを浮かべながら、住民たちの目を見透かすような視線を送った。村の門の外からでもわかるほど、その目には人間を商品としか見ていない非人道的な冷たさがあった。 そうはいっても村の人たちはそんな非人道的な申し出に乗ることはなかった。ただ一人花梨の母親を除いては。
 花梨の一家は鉱山に投資していたが、その鉱山が戦乱で廃坑になり、全く収入が入ってこなくなったのだ。その他の村人のように農業などの副業がなかった花梨一家は困窮、父親は自殺するほどだった。そして花梨の母親はついに金を欲しさに娘を売ることに決めた。
 しかし、その奴隷商人たちはどうしようもない極悪人だった。奴らが思っているよりも多くの富がこの村にはまだあることを突き止めると、村全体を略奪して、より多くの富を奪い取ることに目的を変えたのだ。 そこで、花梨の母親が村の門を取引のために開いた瞬間、商人たちは強奪に入り、村は壊滅したというわけだ。
 もし花梨に手の病気がなかったらまだ命だけは助かったかもしれない。しかし、腕がうまく動かない花梨は奴隷としての価値が低いと思った商人は、花梨を運ぶ手間をかけるよりも略奪を優先すべきと判断、彼女を殺めたのだった。

「昴也くん、これは仕方ないのよ……」

 泣きつく花梨の母親に俺は言った。

「どうしてだ! 娘を売ろうとするなんて……! 母親なら守るべきだろう!」

 彼女は青白い顔で俺を睨みつけた。

「じゃあどうすればよかったの?」

 彼女の声には憤りと哀しみが入り混じっていた。

「お前が金を用意してくれていたのか? 娘を売らずに済む方法を教えてくれたのか? 私がどんな思いで決断したと思ってる? 金もないのに文句だけ言うな、この偽善者!」

 その言葉は、刃のように俺の胸に突き刺さった。彼女の声が耳の奥で繰り返される。俺は何も言えなかった。俺には金も力もなく、花梨を守る手段を持っていなかった。
 俺が家を出た理由。そして「金にならない仕事はやらない」と決めている理由――それは、花梨の笑顔と、あの燃え尽きた村の記憶が、俺を縛り続けているからだ。
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