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【side アラン】父さん。
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「アランか……、よく来たな」
「親父さん、あんた、からだ悪いのか? 顔色が良くない。大丈夫なのか?」
訪ねて行ったら通されたのはモーリスの寝室だった。
弱々しくベッドに横になるモーリス。
そう、普段は知り合いに話す時でもモーリスじいさんと呼んでいるけれど、二人きりの時には親愛を込めて「親父さん」と呼んでいたオレ。
ああ、そうだ。
モーリスはオレにとって親の代わりのようなもの。
オレがそう思っているだけでなく、親父さんの方だってオレのことを気にかけてくれていた。
それは本当は充分わかっていたんだ。
オレだって、本当の事をいうとジャンに嫉妬していた。
実の孫であるジャンの方がかわいいんだろ? そう、やけにもなっていた。
だから逃げたんだ。
ジャンのため、モーリスのため、モックパンのため。
そう言い訳をして、愛されたかった自分から無理やりに逃げた。
自分がジャンに嫉妬しているって事実を認めたくはなかった。
自分がジャンに嫉妬しているって事実が許せなかった。
オレにはジャンにもモーリスにも愛される資格なんかない。
本当は愛されたかったのに。
それを認めたく無かった。嫉妬しているって罪悪感で押しつぶされて、逃げ出したんだ。
「なに、俺も歳には勝てないってこった。もう長くはないかもしれん」
「なに弱気になってんだよ。親父さんがいなきゃロック商会はどうなるんだよ。モックパンだってそうだ。ジャンのことだって……」
「ああ、アラン。ジャンの父親母親は事故で早死にしちまったからなぁ。子供の頃にはあいつにも寂しい思いをさせちまって、その分甘やかしてしまったって後悔してるよ。お前にはあれの親や兄の役目をさせてしまっていたな。すまないことをした」
「いや、オレのことなんていいんだ。オレはあんたには感謝してる。あんたに拾われて幸せだったよ……」
「なあ、アラン。一度だけでいい。子供の頃のように「父さん」って呼んでくれないか。俺はもうそれだけで満足だ。頼む、アラン……」
「バカ言ってんじゃないよ。ほんとに、どうしようもないな……。父さん、あんたにはもっともっと元気でいてもらわなきゃ困るんだ。そうだ、これ。あんたが好きだったミルクティーとミスターマロンの最新作のシナモンリングだよ。絶対、父さん好みの味だから。食べてみてくれないか」
オレは土産にと持ってきていた紙袋から水筒とドーナツを取り出してベッドの上に置いた。
親父にオレが作ったパンのドーナツを食べてもらいたくて持ってきていたのだけれど、でも。
「ああ、ありがとう。身体を起こしてくれるか、アラン」
「ああ、無理するなよ。ゆっくり起きてくれ」
身体を支えて座らせてやる。ちくしょう。こんなに骨と皮ばっかりになってやがる。
年齢から来るものなのか、病気なのかはわからない。けれど。
見た目よりもたぶんずっと衰弱しているんだろうということはわかる。
なら、でも、だったら。
「ああ、うまいな」
ゆっくりと噛み締めるようにオレのドーナツを食う親父。
そしてミルクティーを飲み干して。
「ああ、ばあさんの味だ。お前も子供の頃からこの味が好きだったよな」
そう言って、こちらをみて笑った。
「そうだよ。今でもオレの店の看板メニューだ。美味くてとうぜんだな」
オレも、そう笑みを返す。
そうだよ。まだまだ長生きして貰わないと困るんだ。
ジャンを説得して店を建て直せるのは親父だけなんだから。
そうだ。これからは毎日オレがドーナツとミルクティーを届けよう。
この女神の恩寵が宿ったドーナツを食べて、どうか元気になってくれ。
頼む神様。
どうか、父さんを長生きさせてくれ。
お願いだ、セレナ。君の力を貸してくれ。
そう、祈った。
「親父さん、あんた、からだ悪いのか? 顔色が良くない。大丈夫なのか?」
訪ねて行ったら通されたのはモーリスの寝室だった。
弱々しくベッドに横になるモーリス。
そう、普段は知り合いに話す時でもモーリスじいさんと呼んでいるけれど、二人きりの時には親愛を込めて「親父さん」と呼んでいたオレ。
ああ、そうだ。
モーリスはオレにとって親の代わりのようなもの。
オレがそう思っているだけでなく、親父さんの方だってオレのことを気にかけてくれていた。
それは本当は充分わかっていたんだ。
オレだって、本当の事をいうとジャンに嫉妬していた。
実の孫であるジャンの方がかわいいんだろ? そう、やけにもなっていた。
だから逃げたんだ。
ジャンのため、モーリスのため、モックパンのため。
そう言い訳をして、愛されたかった自分から無理やりに逃げた。
自分がジャンに嫉妬しているって事実を認めたくはなかった。
自分がジャンに嫉妬しているって事実が許せなかった。
オレにはジャンにもモーリスにも愛される資格なんかない。
本当は愛されたかったのに。
それを認めたく無かった。嫉妬しているって罪悪感で押しつぶされて、逃げ出したんだ。
「なに、俺も歳には勝てないってこった。もう長くはないかもしれん」
「なに弱気になってんだよ。親父さんがいなきゃロック商会はどうなるんだよ。モックパンだってそうだ。ジャンのことだって……」
「ああ、アラン。ジャンの父親母親は事故で早死にしちまったからなぁ。子供の頃にはあいつにも寂しい思いをさせちまって、その分甘やかしてしまったって後悔してるよ。お前にはあれの親や兄の役目をさせてしまっていたな。すまないことをした」
「いや、オレのことなんていいんだ。オレはあんたには感謝してる。あんたに拾われて幸せだったよ……」
「なあ、アラン。一度だけでいい。子供の頃のように「父さん」って呼んでくれないか。俺はもうそれだけで満足だ。頼む、アラン……」
「バカ言ってんじゃないよ。ほんとに、どうしようもないな……。父さん、あんたにはもっともっと元気でいてもらわなきゃ困るんだ。そうだ、これ。あんたが好きだったミルクティーとミスターマロンの最新作のシナモンリングだよ。絶対、父さん好みの味だから。食べてみてくれないか」
オレは土産にと持ってきていた紙袋から水筒とドーナツを取り出してベッドの上に置いた。
親父にオレが作ったパンのドーナツを食べてもらいたくて持ってきていたのだけれど、でも。
「ああ、ありがとう。身体を起こしてくれるか、アラン」
「ああ、無理するなよ。ゆっくり起きてくれ」
身体を支えて座らせてやる。ちくしょう。こんなに骨と皮ばっかりになってやがる。
年齢から来るものなのか、病気なのかはわからない。けれど。
見た目よりもたぶんずっと衰弱しているんだろうということはわかる。
なら、でも、だったら。
「ああ、うまいな」
ゆっくりと噛み締めるようにオレのドーナツを食う親父。
そしてミルクティーを飲み干して。
「ああ、ばあさんの味だ。お前も子供の頃からこの味が好きだったよな」
そう言って、こちらをみて笑った。
「そうだよ。今でもオレの店の看板メニューだ。美味くてとうぜんだな」
オレも、そう笑みを返す。
そうだよ。まだまだ長生きして貰わないと困るんだ。
ジャンを説得して店を建て直せるのは親父だけなんだから。
そうだ。これからは毎日オレがドーナツとミルクティーを届けよう。
この女神の恩寵が宿ったドーナツを食べて、どうか元気になってくれ。
頼む神様。
どうか、父さんを長生きさせてくれ。
お願いだ、セレナ。君の力を貸してくれ。
そう、祈った。
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