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パトリック。

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「まだ見つからないのか! あれは」

「恐れながら旦那様。奥様ほどの方がそのあたりの平民に紛れて生きていけるとは思えません。あの髪色、あの容姿、これほど手を尽くしても目撃情報一つないのはもしや……」

「誰かに匿われているのか。それとも拐かされたか。いずれにせよ大至急探し出せ! 来月には帝国の皇帝陛下の名代としてベルクマール大公が来訪される。それまでにはどうあっても見つけ出せ。いいな!」

「はは!」 

 パトリックの無茶振りにしかしそれに反論することもできずただただひたすら腰を曲げ頭を下げる侍従。

 退出する侍従にはもう目もくれず執務机の椅子にどっかりと腰掛ける。

「ああ、セリーヌ。おまえは何処に行ってしまったのだ……」

 そう、力無く息を吐いた。



 パトリックの父フレドリック前公爵が病弱であったが故に。
 彼の行く末を案じた亡き父フレドリックは生前、筆頭公爵家、リンデンバーグ家に援助を求めた。
 そうして決まったのがセリーヌ・リンデンバーグとの婚約であり、本来一代公爵であったアルシェード公爵家をフレドリックからパトリックへと継ぐことができた所以でもあった。
 セリーヌの父、アドルフ・リンデンバーグ公爵の政治力なくしてパトリックが公爵位を継ぐなどということができるわけも無かったのだ。
 国法を捻じ曲げ、領地の無かったアルシェード家に治めるべき領地を分け与え。
 王位継承権第三位であるパトリックをその手中におさめ王宮にも睨みをきかす。
 そんな、ほぼお飾りな国王を除きこの国一番の実力者、アドルフ・リンデンバーグ公爵。
 壮年にさしかかり少しは丸くはなったといわれるそんなやり手公爵は、パトリックにとって唯一頭の上がらない、しかし一番に敬愛する相手でもあった。
 そんなアドルフに、まだセリーヌが失踪したことを話せずにいたパトリック。
 マリアンネにも口止めしてあるがいつ露見してしまうかと思うと震えが止まらなくなる。
 彼が亡き妻を溺愛していたことはよく知っていた。
 そして彼女の面影を色濃く受け継いだセリーヌに対しても、その想いが尋常ではない様子なのは見ていてよくわかる。
 溺愛しすぎてまともに親子のような会話ができないでいる。
「娘にどう接したらいいのかわからぬのだ」
 そう漏らすのを聞いたこともあった。
 もともとアドルフが側室を持ったのも政略的なものだったと聞いている。
 身体が弱かった元皇女の妻、セラフィーアが勧めたからだとも。
「あなたにはお子がたくさんいて欲しい。けれどわたくしにはそれを叶えてあげられそうにないから」
 そう言っていたのだということも、パトリックは聞いている。
 不器用なアドルフがそれをそのまま素直に受け取ったのかどうかまでは分からなかったのだけれど。

 セリーヌとの最初の顔合わせの時。

 まだ幼い彼女にひとめで恋に落ちた。

 伝説の聖女の血を色濃く引いているとわかるその白銀の髪。
 幼いながらも可憐なその容姿。
 成長した暁には美しいセラフィーアそっくりになるだろうと思われる。

 大切にしなければ。
 その時には本気でそう思ったものだった。

 しかし。
 成長していくに従って。
 彼女の魔力の高さ、能力の高さに自分がどうしても追いつけないと自覚するにつれ。

 嫉妬した。
 何もかもを持っている彼女に。
 そして彼女がいなければ今の自分の立場も危ういのだと気がつき。
 情けなくてどうしようもない感情に苛まれるようになる。

 父フレドリックへの反発もあって、婚姻の日取りが正式に決まったあとはセリーヌを避けるようにもなっていた。彼女に対する劣等感を他の女性で癒す日々。



 そんな気持ちは初夜のその日に頂点に達し。
 自分を愛していると縋り甘える彼女に対して、
「私は君を愛することができない」
 と、吐き捨てた時、それまでの感情が反転し快感に変わった。

 驚き、その顔がみるみるくもっていく。
 目に涙が浮かんだそんな顔を見ているうちに、パトリックの心は喜びに打ち震えた。

 そして、そんな彼女を凌辱したい、そんな欲望に囚われるようになったのだった。


 セリーヌは自分のものだ。
 決して誰にも渡さない。

 彼女に冷たい言葉を投げかけるたび、悲しそうな彼女の顔を見るたび、それが快感に変わる。
 自尊心もなにもかも満たされて、自分の方が上なのだと再確認できた。
 浮気をしてみせ彼女の嫉妬心を掻き立てそんな表情を見ることによって、パトリックの心は満たされた。

 危うい状態であるという認識が無かったわけじゃない。
 しかし、彼女の自分に対する愛情が壊れてしまうかもしれないなどとはどうしても考えることさえできず。

 許せない。
 絶対にセリーヌを取り戻さなければ。

 あれは私のものだ。

 必ず取り戻してみせる。



 そう心の奥で反芻して。
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