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ライバル令嬢登場!?
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♢ ♢ ♢
「どうして……?」
そうとしか言えない。呟いた言葉は薄暗い部屋の中でやけに大きく響いた。
目の前に立っているのは、私のことを婚約者と言っていたレイ・ガルシア。その人で……。
(やっぱり、最初から私のことを捨てるためにここに連れてきてたのか)
そんな思いがこみ上げてくる。レイ君の言葉の一言一言に心動かされて、我ながら滑稽だ。仕組まれたことだったのか。けれど
「なんで、こんなことをするの!?」
薄暗い部屋に閉じ込めて、両腕を縛って……。言葉で切り捨てるだけではダメだったのか。すると、エメラルドグリーンの瞳がスーと細められ笑顔を浮かべる。
「貴女を独り占めにしたくて」
「え?」
それは誰が見ても完璧な笑顔。一瞬、その言葉で呆気に取られる。けれども、それもつかの間。
「――なんて言うとでも思いましたか?」
今度は皮肉めいた表情を浮かべた。まるで別人だ。
「――っ」
一瞬、心が動いてしまった自分が悔しい。思わず俯くとメアリーが結い上げてくれた髪がパラパラと落ちていく。寝かされていたため、結い上げたところが緩くなってしまったようだ。同時に、そんな私を嘲笑うかのように彼がクスクスと笑いながらこちらに歩いてくる気配がする。
「アラサーの令嬢ごときが、18の私と婚約できるわけないでしょう?」
あぁ、これは夢で言われた言葉だ。なんていう悪夢。いや、夢ではないのか。これは現実。俯いた視野の端に彼の靴が映り込んで止まる。
顔を見上げると自由が利かない私の目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドグリーンの瞳と目が合う。そして、右手で私の顎をくいっと引き寄せる。
(あれ?何だろう?重大な何かを見落としているような気がする)
その一連の動作に何か引っかかるものがあった。その何かを思い出すために必死に頭を巡らせていると
「もしかして、本気にしていたんですか?」
気が付けば“彼”は私の耳元でそう囁いていた。そして、柑橘系のさわやかな香りと何かの匂いが鼻孔を刺激する。
(これは、煙……?)
独特の苦みのある匂いが鼻についた。それはどこかで嗅いだことのある香り。そして、思い出した。これは……。
(……たばこだ)
そう、たばこの香りだ。前世で働いていた時にたばこを吸ってはいけない患者が何度注意しても吸ってしまい手を焼いた。本人は吸っていないと言い張るのだけれども、身体に染み付いた煙の匂いはそうそう落ちてはくれない。おかげで、煙の匂いには敏感だった。
(何で、たばこの匂いが?)
先ほどレイ君と別れる前までは、レイ君はそんな匂いさせていなかった。それにこの匂いは、今さっき吸ったからとか、そういう程度のものではなくて、長年吸ってきて体に染みついてきてしまっているような匂いだ。そんなことを思っていると、彼は私の顎に当てていた右の手のひらを私に頬に移す。
(何だろう……、前にもこんなことがあったような)
既視感のようなものがそれにはあった。けれども、一体どこで……?そんな私に構わず“彼”はこう言い放った。
「さようなら、エレナ・クレメンス」
右手で私の頬に添えながら、彼は目を細めて笑顔を作った。その瞬間、すべてが繋がる。
「違う……」
違和感の正体がわかった。そして、確信する。私は“彼”から身を引いて、そのエメラルドグリーンの瞳の瞳を見返してこう告げた。
「違う……貴方はレイ君じゃない!」
♢ ♢ ♢
『では、参りましょうか』
そういって私の手を引いてエスコートしてくれたときも。
『あなたと10年前に結婚の約束をしたレイ……『レイ・ガルシア』ですよ』
私の27日の誕生日、私の手の甲に口づけをしたときも。
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
小さな小さな手で私の頬を撫でたあの約束の日も。
【触れていたのは全て彼の左の手のひらだった】
♢ ♢ ♢
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
涼しい顔で何事もないように言う“彼”。亜麻栗色の髪、そしてエメラルドグリーンの瞳。姿形、そして声もまぎれもなく『レイ・ガルシア』、そのもので……。
「レイ君は、左利きだわ」
けれども、それがレイ君だとはもう到底思えない。
「たまたま咄嗟に出たのが右手だっただけですよ」
あくまでも白を切ろうとする“彼”。そういって私の頬に当ててあった右手をそっと離して左手で抑えた。はっきり言って不自然すぎる。
「脳というのは不思議でね、たとえ左利きの人が右手になるように矯正したとしても、脳の中は左利きだと認識してしまうのよ。咄嗟にこそ出してしまうのが左」
前世の医療関係の本か何かで読んだ記憶があった。そこには右利きに矯正しても、咄嗟の行動は左手で行ってしまうと書かれていた。そして私は“彼”にこれ以上白を切らせないように言葉にする。
「それに匂い」
「匂い……ですか?」
私の言葉に先ほどまでの余裕そうな表情からわずかに動揺が浮かんだ。このまま一気に畳みかけて、ボロを出させてやる。
「えぇ、貴方が近寄ったときに独特の苦みのある匂いが漂ってきたわ」
私がそういうと“彼”はただただ黙り込む。
(構やしない。続けてやる。)
「煙草の匂いなんかレイ君はさせていなかったわ。煙草を吸っていた人の隣を歩いてついたような匂いじゃなくて、もっと濃い。本人が日頃から吸っていないとあんな匂いつかないわ!」
エメラルドグリーンの瞳の瞳をひたと見据えて
「だから、貴女はレイ君じゃない。それでも、まだ、貴方がレイ君だって言い張るのなら、レイ君だけが呼ぶ私の呼び名を言いなさいよ」
一言そう告げると“彼”は
「その情報はクライアントから教えてもらってなかったな。うん、“俺”は悪くない」
と小さく呟いた。その声は、レイ君よりもだいぶ低くて……。“彼”の瞳は瞬く間にエメラルドグリーンから血のように赤い紅色に変色していく。
「貴方は、一体誰?」
「どうして……?」
そうとしか言えない。呟いた言葉は薄暗い部屋の中でやけに大きく響いた。
目の前に立っているのは、私のことを婚約者と言っていたレイ・ガルシア。その人で……。
(やっぱり、最初から私のことを捨てるためにここに連れてきてたのか)
そんな思いがこみ上げてくる。レイ君の言葉の一言一言に心動かされて、我ながら滑稽だ。仕組まれたことだったのか。けれど
「なんで、こんなことをするの!?」
薄暗い部屋に閉じ込めて、両腕を縛って……。言葉で切り捨てるだけではダメだったのか。すると、エメラルドグリーンの瞳がスーと細められ笑顔を浮かべる。
「貴女を独り占めにしたくて」
「え?」
それは誰が見ても完璧な笑顔。一瞬、その言葉で呆気に取られる。けれども、それもつかの間。
「――なんて言うとでも思いましたか?」
今度は皮肉めいた表情を浮かべた。まるで別人だ。
「――っ」
一瞬、心が動いてしまった自分が悔しい。思わず俯くとメアリーが結い上げてくれた髪がパラパラと落ちていく。寝かされていたため、結い上げたところが緩くなってしまったようだ。同時に、そんな私を嘲笑うかのように彼がクスクスと笑いながらこちらに歩いてくる気配がする。
「アラサーの令嬢ごときが、18の私と婚約できるわけないでしょう?」
あぁ、これは夢で言われた言葉だ。なんていう悪夢。いや、夢ではないのか。これは現実。俯いた視野の端に彼の靴が映り込んで止まる。
顔を見上げると自由が利かない私の目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドグリーンの瞳と目が合う。そして、右手で私の顎をくいっと引き寄せる。
(あれ?何だろう?重大な何かを見落としているような気がする)
その一連の動作に何か引っかかるものがあった。その何かを思い出すために必死に頭を巡らせていると
「もしかして、本気にしていたんですか?」
気が付けば“彼”は私の耳元でそう囁いていた。そして、柑橘系のさわやかな香りと何かの匂いが鼻孔を刺激する。
(これは、煙……?)
独特の苦みのある匂いが鼻についた。それはどこかで嗅いだことのある香り。そして、思い出した。これは……。
(……たばこだ)
そう、たばこの香りだ。前世で働いていた時にたばこを吸ってはいけない患者が何度注意しても吸ってしまい手を焼いた。本人は吸っていないと言い張るのだけれども、身体に染み付いた煙の匂いはそうそう落ちてはくれない。おかげで、煙の匂いには敏感だった。
(何で、たばこの匂いが?)
先ほどレイ君と別れる前までは、レイ君はそんな匂いさせていなかった。それにこの匂いは、今さっき吸ったからとか、そういう程度のものではなくて、長年吸ってきて体に染みついてきてしまっているような匂いだ。そんなことを思っていると、彼は私の顎に当てていた右の手のひらを私に頬に移す。
(何だろう……、前にもこんなことがあったような)
既視感のようなものがそれにはあった。けれども、一体どこで……?そんな私に構わず“彼”はこう言い放った。
「さようなら、エレナ・クレメンス」
右手で私の頬に添えながら、彼は目を細めて笑顔を作った。その瞬間、すべてが繋がる。
「違う……」
違和感の正体がわかった。そして、確信する。私は“彼”から身を引いて、そのエメラルドグリーンの瞳の瞳を見返してこう告げた。
「違う……貴方はレイ君じゃない!」
♢ ♢ ♢
『では、参りましょうか』
そういって私の手を引いてエスコートしてくれたときも。
『あなたと10年前に結婚の約束をしたレイ……『レイ・ガルシア』ですよ』
私の27日の誕生日、私の手の甲に口づけをしたときも。
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
小さな小さな手で私の頬を撫でたあの約束の日も。
【触れていたのは全て彼の左の手のひらだった】
♢ ♢ ♢
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
涼しい顔で何事もないように言う“彼”。亜麻栗色の髪、そしてエメラルドグリーンの瞳。姿形、そして声もまぎれもなく『レイ・ガルシア』、そのもので……。
「レイ君は、左利きだわ」
けれども、それがレイ君だとはもう到底思えない。
「たまたま咄嗟に出たのが右手だっただけですよ」
あくまでも白を切ろうとする“彼”。そういって私の頬に当ててあった右手をそっと離して左手で抑えた。はっきり言って不自然すぎる。
「脳というのは不思議でね、たとえ左利きの人が右手になるように矯正したとしても、脳の中は左利きだと認識してしまうのよ。咄嗟にこそ出してしまうのが左」
前世の医療関係の本か何かで読んだ記憶があった。そこには右利きに矯正しても、咄嗟の行動は左手で行ってしまうと書かれていた。そして私は“彼”にこれ以上白を切らせないように言葉にする。
「それに匂い」
「匂い……ですか?」
私の言葉に先ほどまでの余裕そうな表情からわずかに動揺が浮かんだ。このまま一気に畳みかけて、ボロを出させてやる。
「えぇ、貴方が近寄ったときに独特の苦みのある匂いが漂ってきたわ」
私がそういうと“彼”はただただ黙り込む。
(構やしない。続けてやる。)
「煙草の匂いなんかレイ君はさせていなかったわ。煙草を吸っていた人の隣を歩いてついたような匂いじゃなくて、もっと濃い。本人が日頃から吸っていないとあんな匂いつかないわ!」
エメラルドグリーンの瞳の瞳をひたと見据えて
「だから、貴女はレイ君じゃない。それでも、まだ、貴方がレイ君だって言い張るのなら、レイ君だけが呼ぶ私の呼び名を言いなさいよ」
一言そう告げると“彼”は
「その情報はクライアントから教えてもらってなかったな。うん、“俺”は悪くない」
と小さく呟いた。その声は、レイ君よりもだいぶ低くて……。“彼”の瞳は瞬く間にエメラルドグリーンから血のように赤い紅色に変色していく。
「貴方は、一体誰?」
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