24 / 57
ライバル令嬢登場!?
11
しおりを挟む
♢ ♢ ♢
「どうして……?」
そうとしか言えない。呟いた言葉は薄暗い部屋の中でやけに大きく響いた。
目の前に立っているのは、私のことを婚約者と言っていたレイ・ガルシア。その人で……。
(やっぱり、最初から私のことを捨てるためにここに連れてきてたのか)
そんな思いがこみ上げてくる。レイ君の言葉の一言一言に心動かされて、我ながら滑稽だ。仕組まれたことだったのか。けれど
「なんで、こんなことをするの!?」
薄暗い部屋に閉じ込めて、両腕を縛って……。言葉で切り捨てるだけではダメだったのか。すると、エメラルドグリーンの瞳がスーと細められ笑顔を浮かべる。
「貴女を独り占めにしたくて」
「え?」
それは誰が見ても完璧な笑顔。一瞬、その言葉で呆気に取られる。けれども、それもつかの間。
「――なんて言うとでも思いましたか?」
今度は皮肉めいた表情を浮かべた。まるで別人だ。
「――っ」
一瞬、心が動いてしまった自分が悔しい。思わず俯くとメアリーが結い上げてくれた髪がパラパラと落ちていく。寝かされていたため、結い上げたところが緩くなってしまったようだ。同時に、そんな私を嘲笑うかのように彼がクスクスと笑いながらこちらに歩いてくる気配がする。
「アラサーの令嬢ごときが、18の私と婚約できるわけないでしょう?」
あぁ、これは夢で言われた言葉だ。なんていう悪夢。いや、夢ではないのか。これは現実。俯いた視野の端に彼の靴が映り込んで止まる。
顔を見上げると自由が利かない私の目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドグリーンの瞳と目が合う。そして、右手で私の顎をくいっと引き寄せる。
(あれ?何だろう?重大な何かを見落としているような気がする)
その一連の動作に何か引っかかるものがあった。その何かを思い出すために必死に頭を巡らせていると
「もしかして、本気にしていたんですか?」
気が付けば“彼”は私の耳元でそう囁いていた。そして、柑橘系のさわやかな香りと何かの匂いが鼻孔を刺激する。
(これは、煙……?)
独特の苦みのある匂いが鼻についた。それはどこかで嗅いだことのある香り。そして、思い出した。これは……。
(……たばこだ)
そう、たばこの香りだ。前世で働いていた時にたばこを吸ってはいけない患者が何度注意しても吸ってしまい手を焼いた。本人は吸っていないと言い張るのだけれども、身体に染み付いた煙の匂いはそうそう落ちてはくれない。おかげで、煙の匂いには敏感だった。
(何で、たばこの匂いが?)
先ほどレイ君と別れる前までは、レイ君はそんな匂いさせていなかった。それにこの匂いは、今さっき吸ったからとか、そういう程度のものではなくて、長年吸ってきて体に染みついてきてしまっているような匂いだ。そんなことを思っていると、彼は私の顎に当てていた右の手のひらを私に頬に移す。
(何だろう……、前にもこんなことがあったような)
既視感のようなものがそれにはあった。けれども、一体どこで……?そんな私に構わず“彼”はこう言い放った。
「さようなら、エレナ・クレメンス」
右手で私の頬に添えながら、彼は目を細めて笑顔を作った。その瞬間、すべてが繋がる。
「違う……」
違和感の正体がわかった。そして、確信する。私は“彼”から身を引いて、そのエメラルドグリーンの瞳の瞳を見返してこう告げた。
「違う……貴方はレイ君じゃない!」
♢ ♢ ♢
『では、参りましょうか』
そういって私の手を引いてエスコートしてくれたときも。
『あなたと10年前に結婚の約束をしたレイ……『レイ・ガルシア』ですよ』
私の27日の誕生日、私の手の甲に口づけをしたときも。
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
小さな小さな手で私の頬を撫でたあの約束の日も。
【触れていたのは全て彼の左の手のひらだった】
♢ ♢ ♢
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
涼しい顔で何事もないように言う“彼”。亜麻栗色の髪、そしてエメラルドグリーンの瞳。姿形、そして声もまぎれもなく『レイ・ガルシア』、そのもので……。
「レイ君は、左利きだわ」
けれども、それがレイ君だとはもう到底思えない。
「たまたま咄嗟に出たのが右手だっただけですよ」
あくまでも白を切ろうとする“彼”。そういって私の頬に当ててあった右手をそっと離して左手で抑えた。はっきり言って不自然すぎる。
「脳というのは不思議でね、たとえ左利きの人が右手になるように矯正したとしても、脳の中は左利きだと認識してしまうのよ。咄嗟にこそ出してしまうのが左」
前世の医療関係の本か何かで読んだ記憶があった。そこには右利きに矯正しても、咄嗟の行動は左手で行ってしまうと書かれていた。そして私は“彼”にこれ以上白を切らせないように言葉にする。
「それに匂い」
「匂い……ですか?」
私の言葉に先ほどまでの余裕そうな表情からわずかに動揺が浮かんだ。このまま一気に畳みかけて、ボロを出させてやる。
「えぇ、貴方が近寄ったときに独特の苦みのある匂いが漂ってきたわ」
私がそういうと“彼”はただただ黙り込む。
(構やしない。続けてやる。)
「煙草の匂いなんかレイ君はさせていなかったわ。煙草を吸っていた人の隣を歩いてついたような匂いじゃなくて、もっと濃い。本人が日頃から吸っていないとあんな匂いつかないわ!」
エメラルドグリーンの瞳の瞳をひたと見据えて
「だから、貴女はレイ君じゃない。それでも、まだ、貴方がレイ君だって言い張るのなら、レイ君だけが呼ぶ私の呼び名を言いなさいよ」
一言そう告げると“彼”は
「その情報はクライアントから教えてもらってなかったな。うん、“俺”は悪くない」
と小さく呟いた。その声は、レイ君よりもだいぶ低くて……。“彼”の瞳は瞬く間にエメラルドグリーンから血のように赤い紅色に変色していく。
「貴方は、一体誰?」
「どうして……?」
そうとしか言えない。呟いた言葉は薄暗い部屋の中でやけに大きく響いた。
目の前に立っているのは、私のことを婚約者と言っていたレイ・ガルシア。その人で……。
(やっぱり、最初から私のことを捨てるためにここに連れてきてたのか)
そんな思いがこみ上げてくる。レイ君の言葉の一言一言に心動かされて、我ながら滑稽だ。仕組まれたことだったのか。けれど
「なんで、こんなことをするの!?」
薄暗い部屋に閉じ込めて、両腕を縛って……。言葉で切り捨てるだけではダメだったのか。すると、エメラルドグリーンの瞳がスーと細められ笑顔を浮かべる。
「貴女を独り占めにしたくて」
「え?」
それは誰が見ても完璧な笑顔。一瞬、その言葉で呆気に取られる。けれども、それもつかの間。
「――なんて言うとでも思いましたか?」
今度は皮肉めいた表情を浮かべた。まるで別人だ。
「――っ」
一瞬、心が動いてしまった自分が悔しい。思わず俯くとメアリーが結い上げてくれた髪がパラパラと落ちていく。寝かされていたため、結い上げたところが緩くなってしまったようだ。同時に、そんな私を嘲笑うかのように彼がクスクスと笑いながらこちらに歩いてくる気配がする。
「アラサーの令嬢ごときが、18の私と婚約できるわけないでしょう?」
あぁ、これは夢で言われた言葉だ。なんていう悪夢。いや、夢ではないのか。これは現実。俯いた視野の端に彼の靴が映り込んで止まる。
顔を見上げると自由が利かない私の目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドグリーンの瞳と目が合う。そして、右手で私の顎をくいっと引き寄せる。
(あれ?何だろう?重大な何かを見落としているような気がする)
その一連の動作に何か引っかかるものがあった。その何かを思い出すために必死に頭を巡らせていると
「もしかして、本気にしていたんですか?」
気が付けば“彼”は私の耳元でそう囁いていた。そして、柑橘系のさわやかな香りと何かの匂いが鼻孔を刺激する。
(これは、煙……?)
独特の苦みのある匂いが鼻についた。それはどこかで嗅いだことのある香り。そして、思い出した。これは……。
(……たばこだ)
そう、たばこの香りだ。前世で働いていた時にたばこを吸ってはいけない患者が何度注意しても吸ってしまい手を焼いた。本人は吸っていないと言い張るのだけれども、身体に染み付いた煙の匂いはそうそう落ちてはくれない。おかげで、煙の匂いには敏感だった。
(何で、たばこの匂いが?)
先ほどレイ君と別れる前までは、レイ君はそんな匂いさせていなかった。それにこの匂いは、今さっき吸ったからとか、そういう程度のものではなくて、長年吸ってきて体に染みついてきてしまっているような匂いだ。そんなことを思っていると、彼は私の顎に当てていた右の手のひらを私に頬に移す。
(何だろう……、前にもこんなことがあったような)
既視感のようなものがそれにはあった。けれども、一体どこで……?そんな私に構わず“彼”はこう言い放った。
「さようなら、エレナ・クレメンス」
右手で私の頬に添えながら、彼は目を細めて笑顔を作った。その瞬間、すべてが繋がる。
「違う……」
違和感の正体がわかった。そして、確信する。私は“彼”から身を引いて、そのエメラルドグリーンの瞳の瞳を見返してこう告げた。
「違う……貴方はレイ君じゃない!」
♢ ♢ ♢
『では、参りましょうか』
そういって私の手を引いてエスコートしてくれたときも。
『あなたと10年前に結婚の約束をしたレイ……『レイ・ガルシア』ですよ』
私の27日の誕生日、私の手の甲に口づけをしたときも。
『じゃあ、10年経ったら迎えに行くね』
小さな小さな手で私の頬を撫でたあの約束の日も。
【触れていたのは全て彼の左の手のひらだった】
♢ ♢ ♢
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
涼しい顔で何事もないように言う“彼”。亜麻栗色の髪、そしてエメラルドグリーンの瞳。姿形、そして声もまぎれもなく『レイ・ガルシア』、そのもので……。
「レイ君は、左利きだわ」
けれども、それがレイ君だとはもう到底思えない。
「たまたま咄嗟に出たのが右手だっただけですよ」
あくまでも白を切ろうとする“彼”。そういって私の頬に当ててあった右手をそっと離して左手で抑えた。はっきり言って不自然すぎる。
「脳というのは不思議でね、たとえ左利きの人が右手になるように矯正したとしても、脳の中は左利きだと認識してしまうのよ。咄嗟にこそ出してしまうのが左」
前世の医療関係の本か何かで読んだ記憶があった。そこには右利きに矯正しても、咄嗟の行動は左手で行ってしまうと書かれていた。そして私は“彼”にこれ以上白を切らせないように言葉にする。
「それに匂い」
「匂い……ですか?」
私の言葉に先ほどまでの余裕そうな表情からわずかに動揺が浮かんだ。このまま一気に畳みかけて、ボロを出させてやる。
「えぇ、貴方が近寄ったときに独特の苦みのある匂いが漂ってきたわ」
私がそういうと“彼”はただただ黙り込む。
(構やしない。続けてやる。)
「煙草の匂いなんかレイ君はさせていなかったわ。煙草を吸っていた人の隣を歩いてついたような匂いじゃなくて、もっと濃い。本人が日頃から吸っていないとあんな匂いつかないわ!」
エメラルドグリーンの瞳の瞳をひたと見据えて
「だから、貴女はレイ君じゃない。それでも、まだ、貴方がレイ君だって言い張るのなら、レイ君だけが呼ぶ私の呼び名を言いなさいよ」
一言そう告げると“彼”は
「その情報はクライアントから教えてもらってなかったな。うん、“俺”は悪くない」
と小さく呟いた。その声は、レイ君よりもだいぶ低くて……。“彼”の瞳は瞬く間にエメラルドグリーンから血のように赤い紅色に変色していく。
「貴方は、一体誰?」
2
お気に入りに追加
1,168
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
愛されない王妃は、お飾りでいたい
夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。
クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。
そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。
「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」
クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!?
「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる