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第一章 幼少期編
59.
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光が収まり、視界が朧気だが戻ってくる。
「ここは……」
どこだろうと続けようとしたその時、
「うぐぅ……」
とくぐもった声が背後から聞こえてきた。
声に驚き振り向くと、そこには声の主であろう黒装束の人物が蹲っていた。
そしてその横には、黒装束が蹲る原因となったであろう人物がもう一人。
先ほどまで皇子の背後で待機していたはずの、執事風の男性だ。
何故彼がこんなところに……。
俺は状況が呑み込めず、二人を警戒しつつゆっくりと離れようとする。
しかし――
「ふざ、けるな……」
今度は二人とは反対側から、絞り出すような声が俺の耳に届く。
その声の下へ視線をやると、そこにいたのは俺が転移の際に咄嗟に掴んでしまった人物。
「ガリウス……」
俺を真っ赤に充血した目で睨みつけ、顔を小刻みに震わせているガリウス。
今にも俺を射殺しそうな視線をぶつけて来てはいるが、先ほどの契約が効いているのかその場から動こうとしない。
こいつは間違いなく敵なのだろうが、執事の男が何者なのか判別出来ない今、迂闊な行動は出来ない。
どう動くべきか。
じっとりと嫌な汗が俺の首をつたう。
とその時、執事の男が辺りを見渡し、誰に伝えるでもなく静かに呟いた。
「ふむ……中規模ダンジョンの深層、といったところでしょうか」
切迫した空気の中、彼だけはそれを意に介してもいないかのように穏やかな声でそう述べる。
「あなたは、一体……」
「これはご紹介が遅れてしまい誠に申し訳ありません。私、セバスと申します。普段は陛下の身の回りのお世話させていただいておりますが、今回は陛下の命によりあなた様の周囲を警戒するようにと仰せつかり、目を光らせていた次第にございます。この度は私の力が及ばず、このような状況に陥る結果になってしまい、大変申し訳ありません」
そう言って彼は右手を自分の胸に添え、ゆっくりと身体を折り謝罪を述べる。
洗練された一連の動作だが、石造りの洞窟の中では酷く違和感を覚える。
「……陛下の命、ですか?」
「はい。今回の件で、そ奴が怪し気な動きをしているとの注意を受けておりましたので。もし危険と判断した場合には、今後のあなた様のお立場を鑑み、合法的に処罰するようにと仰せつかっておりました。しかし中々尻尾を見せず、このような事態となってしまいました。心より、お詫び申し上げます」
そう言って、再度頭を下げてくる執事の男性。
とても丁寧な口調で、こちらを気遣う言葉を連ねるセバス。
しかしその言葉はどこか空々しく、無性に違和感を感じてしまった。
「合法的に、とは?」
「言葉の通りにございます。私たちも罪のない者を処罰は致しません。しかしこのような凶行に及んだ以上、言い逃れは出来ないかと」
そう言って、冷めた目でガリウスと黒装束の人物を見つめる執事。
「こちらの黒装束の女は、ビューノウ公爵よりそ奴に送られた奴隷にございます。おそらく先ほどの契約以前に命令を済ませ、こうした凶行を行わせたのでございましょう。どうやらこの奴隷には洗脳の魔術が掛けられておる様にございますね。まともな判断力を有しておれば、ガリウスがあなた様と契約為された時点でこのような行為をする必要が無いことは、自明でございますので」
「その洗脳を、ガリウスが行ったと?」
「そう考えるのが、一番自然かと」
確かにそうだ。そうなんだが……。
本当にそこまでするのだろうか。
確かに俺や俺の契約書魔法のせいでガリウスは次期当主の座を逃した。
しかしだからと言って、このような行為に及べば自分に疑いの目が向けられるのは当然だ。
おそらくここに運ばれてきたのは転移の魔道具によるものだろう。
緊急避難としての実際に使われることはあまりないが、万が一を考えて用意されていることも少なくない。
ガリウスの立場であれば、それを用意するのは難しくないだろう。
それを奴隷が勝手にやったとして、しらを切り通すつもりだったのか?
自分は契約を結んでいるのだからそんなことをするはずが無いと。
寧ろ賊に襲われた時に率先して守ろうとしたと。
……いくら何でも無理があり過ぎる。
それによく考えれば、皇子がガリウスをあのタイミングで部屋に招き入れたことにも違和感を感じる。
今まで魔法契約書で散々機密を守ってきたにもかかわらず、皇帝には全て情報が漏れていたのだ。
ガリウスの動きを掴むなど、何の苦労も無いはず。
きっとこの人たちも、転移の魔道具のことは知っていたはずだ。
あの場には護衛も少なく、襲撃にはもってこいの状況だった。
にも拘らずガリウスをすんなり招き入れ、むざむざと一緒に転移されてきた。
その意図は一体何なんだ?
まるでこうなるよう、自ら仕掛けていたような……。
「……ガリウスに、何かしたのですか?」
俺に質問に、眉をピクリと動かす執事。
「……何故、そのように?」
「いくら何でもガリウスの今回の行動には無理があり過ぎます。確かに上手くいけば私やその女性だけがここへ飛ばされ、二人そろって死んでいたかもしれない。しかしそうなった時真っ先に疑われるのはガリウスだ。色々と身の潔白を証明する小細工は弄していましたが、所詮は小細工。お祖父様が気が付かない訳ありません。そのことはガリウスだって少し考えれば分かるはず。にも拘わらずこんな行動に出たのは……あなたたちが彼を洗脳したのではありませんか?」
俺の言葉に少し考え込む執事。
俺は返事を待たず、言葉を重ねる。
「それにあの護衛の少ない場に彼を迎えたのも不自然です。まるで襲ってくれと言わんばかりの状況を作り出し、彼に行動を起こさせ、それから法に則り処分する。これらは全て、あなたたちが描いた筋書きだった。違いますか?」
執事の男が目を細め、俺を評定するかのように真っすぐと見つめる。
「ふむ、この様な状況においてもそこまで冷静に物事を判断できるとは。少々驚きました。しかし、洗脳、というのは誤りでございます。私が行ったのは飽くまで気分の高揚。自分の欲に忠実になるよう促したまでにございます。あの査問の場で隙を敢えて作ったことも否定は致しませんが、結局この様な行為に及んだのはそ奴の本能。であれば、裁かれることになんの不都合がございましょうか?」
「そんなこと……っ!」
確かに彼は心の底から俺を憎んでいたのかもしれない。
しかし、だからと言ってそれを唆し凶行に及ばせ、それを裁くなど間違っているのではないか。
そんな、まるで人を駒の様に……。
彼の言葉に俺が反抗の意志を込め睨み返していると、彼はやれやれと呆れる様に首を振る。
「あなた様のそうした真っすぐなところは確かに美徳ではありますが、それでは今後、とてもではありませんが陛下のご意志には添えませんぞ? 見た目は幼子であっても、中身は違うのでございましょう。であれば、もう少し物事を割り切ることをお勧めします。それに、どちらにせよそ奴はそう長くはもたないでしょう」
そう言って、ガリウスを一瞥するセバス。
その視線を追うと、ガリウスがブツブツと何か呟きながら自分の頭を掻きむしっていた。
「これは……」
「精神が限界に来たのでございましょう。先ほどまでなんとか均衡を保てていたものが、思わぬアクシデントにより転移に巻き込まれ、そして私の口から先ほど申し上げた真実を聞き、その均衡が崩壊したのかと。まあ私が施した術が多少影響していることは否定致しませんが」
「そんな……」
確かにずっと父さんを応援してきた俺にとって、ガリウスは敵だった。
しかしだからと言って、こんな姿に追い詰めたかった訳ではない。
「そうだ、主従契約を行えばもしかしたら――」
「それをしたからと言って何になりましょう。確かに主従契約により精神の均衡は再び取り戻せるやもしれません。しかしそれは、本来の彼の意志を踏みにじる行為ではありませんか? 私たちが最後の後押しを行ったのは確かですが、これは元を辿ればあなた様が招いた一つの結果なのです。大人しく受け入れるべきかと」
「……っ!」
セバスの言葉に息が詰まる。
確かに彼の言う通りなのかもしれない。
そもそも俺がいなければ、彼はこんなことにはならなかったはずなのだから。
ブリオン王国に契約書を渡さず、婚約を進めていなければ。
父さんに、銀髪でも属性魔法が使えることを教えていなければ。
この契約魔法の力を、皆に見せていなければ。
そもそも力など使わず、大人しくしていれば。
いや、この世界にとって異物である、俺が、生まれて、こなければ……。
もがき苦しむガリウスを見て、思考が暗くループしていく。
彼のこの姿は、全て、俺が……。
………………
……………
…………
………
……
…
『キュイ! キュイ!』
「……ライ、ム?」
俺が思考の海に溺れそうになったその時、突然、頭の中にホーンラビットに変身したライムの声が聞こえてきたような気がした。
「幻聴……?」
『キュキュイ、キュイ!』
いや、違う。
今度もはっきりと聞こえてくる。
これは間違いなく、ライムの声だ。
俺はハッと我に返り、ステータスを確認する。
アルフォンス=テイルフィラー
言語理解2 ステータス2 契約魔法3
水魔法3 光魔法3 魔力視2 騎乗術2
魔力消費軽減1 精神力消費軽減1
主従契約者
ライム 消化吸収1 変身1 分裂1
契約者
マリアンヌ=テイルフィラー 光魔法3
フィリップ=テイルフィラー 魔力消費軽減3
……
契約魔法3
契約魔法の魔力消費を減らし効率よく行う
理を理解することにより更に効果上昇
契約書作成により、己以外の者同士も契約可能
契約者のスキルの一部を共有可能
主従契約は己よりも下位の者に対してのみ発動可能
主従契約数は練度を高めることにより増大
主従契約者に己のスキルを共有可能
効果は練度を高めることにより増大
熟練度 10,002/100,000
「契約魔法のレベルが上がってる……」
何故このタイミングで……と俺が不思議に思っていると、遠くの方から小さな光がこちらに向けて真っすぐ近づいて来ていた。
そしてその光は迷う事なく俺へと飛び込み、胸の中へと消えていく。
これは確か、魔法契約を行った時と同じ……。
「そうか、父さんに達に渡していた契約書……」
以前念のためにと、俺のサインだけを記して渡しておいた契約書。
その契約書を使い、光を辿って俺の居場所を突き止めようとしているのか。
『キュイキュイー。キュイ!』
待ってて、すぐ行くから。と、ライムの気持ちが頭に届く。
今まで朧気に頭に響いていた感情が、今では鮮明に伝わってくる。
気づけば、自分の頬をツーと温かい物が伝っていた。
「そう、だよね。僕がここで立ち止まっちゃ、だめ、だよね」
俺は邪念を振り払う様に首を振り、セバスを真っすぐと見つめる。
「セバスさん、あなたの言う事は確かに正しい。これは僕が招いた結果で、僕が受け入れなくてはいけないことなんでしょう。でもだからと言って、このまま見過ごすべきかどうかはまた別の話だと思うんです。この行為が今後、もしかしたら新たな悲しい出来事を引き起こすのかもしれない。でも僕は、それをそのまま黙って見過ごすなんて出来ません。我ままかもしれないけれど、動かずに後悔するより、出来ることがあるなら動いてみたいんです。だから……すいません。ガリウスは渡せません」
俺の言葉を聞き、少し目を見開いた後、“そうですか”とそっと一歩下がるセバスさん。
俺はそれを了承と取り、そのままガリウスへと近づいていく。
「ごめんなさい、ガリウスさん。僕のこと、一生恨んだままでもいいです。だからお願いです、このまま壊れていかないでください。全部僕の我儘だけれど、いそれでも、あなたが壊れていくのが堪らなく嫌なんです。だから……ごめんなさい。――【主従契約】」
ガリウスの額に魔法陣が浮かび、そして俺と彼の中に吸い込まれていく。
そして彼の額と俺の右手の甲に、同じ文様が浮かんできた。
主従契約が成り、彼の表情が若干安らぐ。
俺はそのまま魔法を重ねた。
「――【契約者スキル共有・精神耐性】、――【主従契約者スキル共有・精神耐性】」
数ある契約スキルの中から【精神耐性】のスキルを共有し、レベルが上がり新に得た力を使ってガリウスとそれを共有する。
俺とガリウスの身体が僅かに発光し、スキルがそれぞれの身体に浸透していく。
「あ、あ……」
スキルが共有され、次第にガリウスの表情は憑き物が落ちたかの様に安らいでいく。
そして何かを呟き、彼はそのまま眠りについてしまった。
彼が起きた時、俺の事をどう思うのかと考えると胸が苦しくなるが、それも全て自分が動いた結果だ。
今はただ、彼が精神の均衡を少しでも取り戻せるよう、心から祈ることしかできなかった。
「ここは……」
どこだろうと続けようとしたその時、
「うぐぅ……」
とくぐもった声が背後から聞こえてきた。
声に驚き振り向くと、そこには声の主であろう黒装束の人物が蹲っていた。
そしてその横には、黒装束が蹲る原因となったであろう人物がもう一人。
先ほどまで皇子の背後で待機していたはずの、執事風の男性だ。
何故彼がこんなところに……。
俺は状況が呑み込めず、二人を警戒しつつゆっくりと離れようとする。
しかし――
「ふざ、けるな……」
今度は二人とは反対側から、絞り出すような声が俺の耳に届く。
その声の下へ視線をやると、そこにいたのは俺が転移の際に咄嗟に掴んでしまった人物。
「ガリウス……」
俺を真っ赤に充血した目で睨みつけ、顔を小刻みに震わせているガリウス。
今にも俺を射殺しそうな視線をぶつけて来てはいるが、先ほどの契約が効いているのかその場から動こうとしない。
こいつは間違いなく敵なのだろうが、執事の男が何者なのか判別出来ない今、迂闊な行動は出来ない。
どう動くべきか。
じっとりと嫌な汗が俺の首をつたう。
とその時、執事の男が辺りを見渡し、誰に伝えるでもなく静かに呟いた。
「ふむ……中規模ダンジョンの深層、といったところでしょうか」
切迫した空気の中、彼だけはそれを意に介してもいないかのように穏やかな声でそう述べる。
「あなたは、一体……」
「これはご紹介が遅れてしまい誠に申し訳ありません。私、セバスと申します。普段は陛下の身の回りのお世話させていただいておりますが、今回は陛下の命によりあなた様の周囲を警戒するようにと仰せつかり、目を光らせていた次第にございます。この度は私の力が及ばず、このような状況に陥る結果になってしまい、大変申し訳ありません」
そう言って彼は右手を自分の胸に添え、ゆっくりと身体を折り謝罪を述べる。
洗練された一連の動作だが、石造りの洞窟の中では酷く違和感を覚える。
「……陛下の命、ですか?」
「はい。今回の件で、そ奴が怪し気な動きをしているとの注意を受けておりましたので。もし危険と判断した場合には、今後のあなた様のお立場を鑑み、合法的に処罰するようにと仰せつかっておりました。しかし中々尻尾を見せず、このような事態となってしまいました。心より、お詫び申し上げます」
そう言って、再度頭を下げてくる執事の男性。
とても丁寧な口調で、こちらを気遣う言葉を連ねるセバス。
しかしその言葉はどこか空々しく、無性に違和感を感じてしまった。
「合法的に、とは?」
「言葉の通りにございます。私たちも罪のない者を処罰は致しません。しかしこのような凶行に及んだ以上、言い逃れは出来ないかと」
そう言って、冷めた目でガリウスと黒装束の人物を見つめる執事。
「こちらの黒装束の女は、ビューノウ公爵よりそ奴に送られた奴隷にございます。おそらく先ほどの契約以前に命令を済ませ、こうした凶行を行わせたのでございましょう。どうやらこの奴隷には洗脳の魔術が掛けられておる様にございますね。まともな判断力を有しておれば、ガリウスがあなた様と契約為された時点でこのような行為をする必要が無いことは、自明でございますので」
「その洗脳を、ガリウスが行ったと?」
「そう考えるのが、一番自然かと」
確かにそうだ。そうなんだが……。
本当にそこまでするのだろうか。
確かに俺や俺の契約書魔法のせいでガリウスは次期当主の座を逃した。
しかしだからと言って、このような行為に及べば自分に疑いの目が向けられるのは当然だ。
おそらくここに運ばれてきたのは転移の魔道具によるものだろう。
緊急避難としての実際に使われることはあまりないが、万が一を考えて用意されていることも少なくない。
ガリウスの立場であれば、それを用意するのは難しくないだろう。
それを奴隷が勝手にやったとして、しらを切り通すつもりだったのか?
自分は契約を結んでいるのだからそんなことをするはずが無いと。
寧ろ賊に襲われた時に率先して守ろうとしたと。
……いくら何でも無理があり過ぎる。
それによく考えれば、皇子がガリウスをあのタイミングで部屋に招き入れたことにも違和感を感じる。
今まで魔法契約書で散々機密を守ってきたにもかかわらず、皇帝には全て情報が漏れていたのだ。
ガリウスの動きを掴むなど、何の苦労も無いはず。
きっとこの人たちも、転移の魔道具のことは知っていたはずだ。
あの場には護衛も少なく、襲撃にはもってこいの状況だった。
にも拘らずガリウスをすんなり招き入れ、むざむざと一緒に転移されてきた。
その意図は一体何なんだ?
まるでこうなるよう、自ら仕掛けていたような……。
「……ガリウスに、何かしたのですか?」
俺に質問に、眉をピクリと動かす執事。
「……何故、そのように?」
「いくら何でもガリウスの今回の行動には無理があり過ぎます。確かに上手くいけば私やその女性だけがここへ飛ばされ、二人そろって死んでいたかもしれない。しかしそうなった時真っ先に疑われるのはガリウスだ。色々と身の潔白を証明する小細工は弄していましたが、所詮は小細工。お祖父様が気が付かない訳ありません。そのことはガリウスだって少し考えれば分かるはず。にも拘わらずこんな行動に出たのは……あなたたちが彼を洗脳したのではありませんか?」
俺の言葉に少し考え込む執事。
俺は返事を待たず、言葉を重ねる。
「それにあの護衛の少ない場に彼を迎えたのも不自然です。まるで襲ってくれと言わんばかりの状況を作り出し、彼に行動を起こさせ、それから法に則り処分する。これらは全て、あなたたちが描いた筋書きだった。違いますか?」
執事の男が目を細め、俺を評定するかのように真っすぐと見つめる。
「ふむ、この様な状況においてもそこまで冷静に物事を判断できるとは。少々驚きました。しかし、洗脳、というのは誤りでございます。私が行ったのは飽くまで気分の高揚。自分の欲に忠実になるよう促したまでにございます。あの査問の場で隙を敢えて作ったことも否定は致しませんが、結局この様な行為に及んだのはそ奴の本能。であれば、裁かれることになんの不都合がございましょうか?」
「そんなこと……っ!」
確かに彼は心の底から俺を憎んでいたのかもしれない。
しかし、だからと言ってそれを唆し凶行に及ばせ、それを裁くなど間違っているのではないか。
そんな、まるで人を駒の様に……。
彼の言葉に俺が反抗の意志を込め睨み返していると、彼はやれやれと呆れる様に首を振る。
「あなた様のそうした真っすぐなところは確かに美徳ではありますが、それでは今後、とてもではありませんが陛下のご意志には添えませんぞ? 見た目は幼子であっても、中身は違うのでございましょう。であれば、もう少し物事を割り切ることをお勧めします。それに、どちらにせよそ奴はそう長くはもたないでしょう」
そう言って、ガリウスを一瞥するセバス。
その視線を追うと、ガリウスがブツブツと何か呟きながら自分の頭を掻きむしっていた。
「これは……」
「精神が限界に来たのでございましょう。先ほどまでなんとか均衡を保てていたものが、思わぬアクシデントにより転移に巻き込まれ、そして私の口から先ほど申し上げた真実を聞き、その均衡が崩壊したのかと。まあ私が施した術が多少影響していることは否定致しませんが」
「そんな……」
確かにずっと父さんを応援してきた俺にとって、ガリウスは敵だった。
しかしだからと言って、こんな姿に追い詰めたかった訳ではない。
「そうだ、主従契約を行えばもしかしたら――」
「それをしたからと言って何になりましょう。確かに主従契約により精神の均衡は再び取り戻せるやもしれません。しかしそれは、本来の彼の意志を踏みにじる行為ではありませんか? 私たちが最後の後押しを行ったのは確かですが、これは元を辿ればあなた様が招いた一つの結果なのです。大人しく受け入れるべきかと」
「……っ!」
セバスの言葉に息が詰まる。
確かに彼の言う通りなのかもしれない。
そもそも俺がいなければ、彼はこんなことにはならなかったはずなのだから。
ブリオン王国に契約書を渡さず、婚約を進めていなければ。
父さんに、銀髪でも属性魔法が使えることを教えていなければ。
この契約魔法の力を、皆に見せていなければ。
そもそも力など使わず、大人しくしていれば。
いや、この世界にとって異物である、俺が、生まれて、こなければ……。
もがき苦しむガリウスを見て、思考が暗くループしていく。
彼のこの姿は、全て、俺が……。
………………
……………
…………
………
……
…
『キュイ! キュイ!』
「……ライ、ム?」
俺が思考の海に溺れそうになったその時、突然、頭の中にホーンラビットに変身したライムの声が聞こえてきたような気がした。
「幻聴……?」
『キュキュイ、キュイ!』
いや、違う。
今度もはっきりと聞こえてくる。
これは間違いなく、ライムの声だ。
俺はハッと我に返り、ステータスを確認する。
アルフォンス=テイルフィラー
言語理解2 ステータス2 契約魔法3
水魔法3 光魔法3 魔力視2 騎乗術2
魔力消費軽減1 精神力消費軽減1
主従契約者
ライム 消化吸収1 変身1 分裂1
契約者
マリアンヌ=テイルフィラー 光魔法3
フィリップ=テイルフィラー 魔力消費軽減3
……
契約魔法3
契約魔法の魔力消費を減らし効率よく行う
理を理解することにより更に効果上昇
契約書作成により、己以外の者同士も契約可能
契約者のスキルの一部を共有可能
主従契約は己よりも下位の者に対してのみ発動可能
主従契約数は練度を高めることにより増大
主従契約者に己のスキルを共有可能
効果は練度を高めることにより増大
熟練度 10,002/100,000
「契約魔法のレベルが上がってる……」
何故このタイミングで……と俺が不思議に思っていると、遠くの方から小さな光がこちらに向けて真っすぐ近づいて来ていた。
そしてその光は迷う事なく俺へと飛び込み、胸の中へと消えていく。
これは確か、魔法契約を行った時と同じ……。
「そうか、父さんに達に渡していた契約書……」
以前念のためにと、俺のサインだけを記して渡しておいた契約書。
その契約書を使い、光を辿って俺の居場所を突き止めようとしているのか。
『キュイキュイー。キュイ!』
待ってて、すぐ行くから。と、ライムの気持ちが頭に届く。
今まで朧気に頭に響いていた感情が、今では鮮明に伝わってくる。
気づけば、自分の頬をツーと温かい物が伝っていた。
「そう、だよね。僕がここで立ち止まっちゃ、だめ、だよね」
俺は邪念を振り払う様に首を振り、セバスを真っすぐと見つめる。
「セバスさん、あなたの言う事は確かに正しい。これは僕が招いた結果で、僕が受け入れなくてはいけないことなんでしょう。でもだからと言って、このまま見過ごすべきかどうかはまた別の話だと思うんです。この行為が今後、もしかしたら新たな悲しい出来事を引き起こすのかもしれない。でも僕は、それをそのまま黙って見過ごすなんて出来ません。我ままかもしれないけれど、動かずに後悔するより、出来ることがあるなら動いてみたいんです。だから……すいません。ガリウスは渡せません」
俺の言葉を聞き、少し目を見開いた後、“そうですか”とそっと一歩下がるセバスさん。
俺はそれを了承と取り、そのままガリウスへと近づいていく。
「ごめんなさい、ガリウスさん。僕のこと、一生恨んだままでもいいです。だからお願いです、このまま壊れていかないでください。全部僕の我儘だけれど、いそれでも、あなたが壊れていくのが堪らなく嫌なんです。だから……ごめんなさい。――【主従契約】」
ガリウスの額に魔法陣が浮かび、そして俺と彼の中に吸い込まれていく。
そして彼の額と俺の右手の甲に、同じ文様が浮かんできた。
主従契約が成り、彼の表情が若干安らぐ。
俺はそのまま魔法を重ねた。
「――【契約者スキル共有・精神耐性】、――【主従契約者スキル共有・精神耐性】」
数ある契約スキルの中から【精神耐性】のスキルを共有し、レベルが上がり新に得た力を使ってガリウスとそれを共有する。
俺とガリウスの身体が僅かに発光し、スキルがそれぞれの身体に浸透していく。
「あ、あ……」
スキルが共有され、次第にガリウスの表情は憑き物が落ちたかの様に安らいでいく。
そして何かを呟き、彼はそのまま眠りについてしまった。
彼が起きた時、俺の事をどう思うのかと考えると胸が苦しくなるが、それも全て自分が動いた結果だ。
今はただ、彼が精神の均衡を少しでも取り戻せるよう、心から祈ることしかできなかった。
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