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おっさんと海 5

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「動くな! よくも俺の船をダメにしやがって! 今すぐ新しい船を持ってこい! 言う通りにせんとこの娘がどうなっても知らんぞ!」

 そこにはずぶ濡れの男がいて、水着の女性を盾に何かわめいていた。

 赤い髑髏マークの入った帽子を被った男は、どうやら海賊の生き残りの様だが、どうやってあそこから逃げ出せたのか、そこだけは評価されるべきだと思う。

 だがあまり利口ではないらしい。

 人質なんて馬鹿なことしなくても、黙って姿を消せば逃げられただろうに、船を要求しているという事は変な欲でも出たのかもしれない。

 しかし驚いたことに効果がないわけではないようで、竜は舌打ちして動かずにいる。

 その原因は、刺すようなハッチーの視線が無関係ではないようだった。

 このまま見物を決め込もうと思っていたのに、ここで思ってもみなかった事が起こる。

 なんと問題の竜の方から俺に話かけて来たのだ。

「……おい人間、お前、少しはやれるんだろう?」

「え? 俺? ……まぁ、それなりに」

「俺は、手加減が効かん。何とかならねぇか?」

「……いや、そうだな」

 竜は思いのほか本気のようで、肩に置かれた手から圧力を感じる。

 厄介で無茶な依頼が舞い込んだものだと思った。

 こいつは面倒なことになった。

 人質なんてとられた時点で相手にイニシアチブをとられてる。

 それを覆すとしたら、正攻法でない何かをこっちで起こしてやらねばならないだろう。

 かと言って断る気にもならない。戦力差的にも、後味的にもだ。

「……」

「なんだよ? どうにかなるのか?」

 催促する竜の男に俺は軽く笑って、頷いていた。

「……わからないが、やるだけやってみるよ」

 なんにしても見せ場があると言うのなら、乗っかるのも悪くはない。

 幸いなことに意表を突けそうなものなら今なら割とたくさん持っていた。

 俺は固まっている少年の肩を強く叩き、正気に戻してあるものを要求する。

「少年! さっき買ってた剣、俺に貸してくれ!」

「え? は、はい!」

 叫ぶと、慌てて少年がこちら渡した剣を受け取って俺は前に進み出た。

 そしてゆっくりと、相手が警戒しない程度の速さで海賊との距離をつめた。

「おいあんた! 今以上に無駄な抵抗してる奴は見たことないぞ? 無駄な事は止めとけ、迷惑だから!」

 大声で注意を俺に集める。 すると興奮した海賊は人質を俺の方に突き出してきた。

「なんだお前は! すっこんでろ!」

「なに、通りすがりのただのおっさんだよ! 腹いせだか何だか知らんが、無駄なこたぁやめとけ! 人間じゃこの兄さんにゃ勝てんだろ? その嬢ちゃんを殺したら最後、あの船と同じ……いや、もっとひどい末路が待ってるぞ!」

「悪く言い直してんじゃねぇ!」

「いや、だって、あんたもその身を持って実感しただろ?」

 実際逃げる好機を自分から棒に振っているようなものだと思うが、興奮した海賊は聴く耳を持たない。

「……こっちは仲間やられてんだよ! ただで帰れるか!」

「いや帰っとこうや、そこは。命の無駄遣いだぜ? 今なら人質を解放すれば、あの兄さんだって許してくれるさ」

「うるせぇっ! だいたい人質は効いてるみてぇじゃねか!」

「まぁそうかもしれんがね……!」

 ここまで少しずつ距離を詰めていて、おそらく今、相手の警戒域ギリギリ外くらい。

 会話の途中に不意打ちで、俺は剣を持つ手とは逆の手に隠していたあるモノを投げつけた。

 狙いは海賊の武器。

 空飛ぶそれは、水をしみこませただけで鞭のようにしなって飛んでゆく。

「!」

「きゃぁ!」

「だが俺には人質も無駄だ。何せ俺はーー」

 見事武器の刃をからめ捕ったのはさっき買ったタオルだった。

 刃をきっちりくるんでしまった空飛ぶタオルは、思った以上に思い通りに飛んでくれた。

 悲鳴を上げる人質は目を瞑っている。

 同時に駆け、持っていた剣で一息に相手を切り刻む。

 本来なら人間二体分の刺身が出来上がる所だろうが、そうならないのは実験済みだ。

 ただ切れ様が切れまいが、剣圧の有無は変わらない。

 刃が体を通り過ぎた瞬間、海賊は息をのみ、呆然自失の二人の間に割り込んで、女性を少年の方に突き飛ばすと、残されたのは賊一人である。

「……!」

「剣の達人なんだ。斬りたいものだけ斬れるのさ」

 俺は台詞の続きをようやく口にした。

 まぁ俺も海賊の頭の髪だけバッサリと斬れたのは驚いたけど……。

 ああ、「かみ」だからね。

 どうやら予想外の効果を発見してしまったらしい。

 ものすごい直角に切りそろえられた髪型のまま、海賊は遅すぎるタイミングで正気に戻る。

 そして後ずさりながら自分の体を確認していて、まだ正気は保っているようだった。

「……まぁ痛みはないからなぁ」

「……なにをしやがったこいつ!」

 あのブレスの中を生き延びたんだ、少しはやるのだろうがもう武器と人質を失った時点で詰んでいる。

 後は竜にまかせた方がいい、そう考えた俺は素直に引っ込もうと思ったんだ。

 猛烈に嫌な音が、目の前を通り過ぎるまでは。

 「……」

 俺の見ている前で海賊の背後に影が差して、彼はそれはもう豪華に飛んでいった。

 ここで言う飛んだと言うのは、自分で跳ねたとかそう言う事ではない。

 放物線を描いて人間ではありえない軌道で飛んでいったんだ。

 飛んでいくその瞬間、めぎょりとでも言えばいいのか、あまり爽快とは言い難い音がして、巨大なものが通り過ぎた後の暴風が俺の顔を撫でる。

 俺は海賊の背後にいた彼女に話しかけていた。

「……なにしてるんだ?」

「いや、これを使ってみるチャンスだと思って」

 そこに立っていたのは、こっそりと背後から忍び寄っていたハッチーだった。

 彼女のでっかいカジキマグロのフルスイングは思ったよりもとんでもない攻撃力を秘めていたらしい。

 ハチマキの店主は砂浜に獲物のツノの部分を突き刺していたが、今しがた目の前を通過したせいか、立ち姿だけでも恐ろしく迫力があるように見えた。

 ハッチーがカジキを高々と掲げると、ギャラリーから喝さいが巻き起こる。

 なんだか俺の活躍はカジキの迫力の前に消し飛ばされたみたいだった。

「……ありがとうございます!」

 その上、助けられた女性は何故か少年の方に礼をいい。

 叫ばれる名前はハッチー一色だ。

「……」

 だけどそんなことで俺は何か言ったりはしない。

 何かに執着をみぜず、冷静に物事に対応してこそ、大人の魅力は引き立つというものなのだから。

「あんた無茶するね?」

 だけどハッチーに話しかけられて、ちょっとだけ機嫌がよくなった俺はまだまだ未熟だとそう思った。

「そっちほどじゃないと思うがね……」

 ちなみにこれは素直な感想である。するとハッチーの笑顔が弾け、冷凍カジキを方に軽々と担いで言った。

「まぁそうかな? ありがとう。助かっちゃった。ちょっとゆるみすぎてたみたいだから、引き締めることにするよ。お礼と言っちゃなんだけど、店の物なら何か持って行って構わないよ?」

 突然の店主の申し出に、俺の中ではふと目についたものがあった。

「そんじゃあその鉢巻は?」

「これはダメ。非売品だからね。カジキでどう?」

「カジキはいらない」

 ぺろりと舌を出してハッチーは笑う。

 なんとも絶妙なバランスで平和が保たれている海岸は、色々な意味で噂通りだった。

 あの開放的な人魚達の背景にはこの竜が。そして影の支配者として、ハチマキの店主が君臨して日夜海岸の平和が保たれていると。

 俺達もこの海岸の事を尋ねられたとしたら、きっと話初めはこうだろう。

 話しても意味が分からないと思うんだが……。
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