冷徹王太子の愛妾

月密

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番外編 1

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 今から何百年も前、この島の周囲は常に潮の流れが早く場所により渦潮が起きていた。それ故、島に辿り着くには潮の流れを熟知しているリヴィエ国の人間以外は近付く事は出来なかったという。
 だが今は島の周囲はそんな名残すらない程に潮の流れは穏やかであり、リヴィエの港は常に多くの他国の船が出入りしている。

「姉上! 此方にいらしたんですか」
「マルセル」

 まだあどけなさが残る少年は、この国の第二王子のマルセル・リヴィエだ。そして彼の姉であるベルティーユ・リヴィエは自分の名をとても気に入っている。
 ”ベルティーユ”この名は遥昔に実在したこの国の王女の名から母がつけてくれた。昔過ぎて余り記録は残っておらず、彼女がこの国を平和に導いたとだけ聞いた。

「兄上が探していましたよ。婚儀の衣装を見て欲しいそうです」
「私に?」
「姉上の方がセンスがあるからと言ってました」
「もう、お兄様ったらしょうがないわね」

 ベルティーユの兄、この国の王太子のディートヘイムは近々友好国であるブルマリアス国のブランチェスカ王女と結婚をする。
 二人は同じく友好国であるルメールにて出会い、兄が一目惚れをして婚約をし遂に婚儀を挙げる。

「姉上はまだ結婚なんてなさらないですよね⁉︎」
「え、えぇ、多分。お相手もいないし……」

 ただベルティーユももう直ぐ十八歳を迎える。そろそろ本格的に結婚相手を探さないと行き遅れになってしまう。
 実はこれまでお見合いは何度もしている。だがどうしても気乗りせずお断りをしてきた。両親もベルティーユの意見を尊重してくれるので、それに甘えてきたので自分の責任だ。

「私の事より、マルセルはいい人いないの?」
「僕はいません。僕は姉上がいてくだされば十分ですから」

 弟は昔から姉である自分にべったりだ。少し心配に思っていたが、最近はそれ程でもない。何故なら……。

「あらでも、最近は随分とパシュラールのエリノア王女と仲が良いって聞いてるけど」
「っ‼︎ ち、違いますっ! 別に僕はあんなじゃじゃ馬っ興味なんてありません!」
「そうなの? お話したらとても良い子だから、是非姉妹になれたら嬉しいと思っていたのに……残念だわ」
「姉上! 揶揄わないで下さい! 僕、先に兄上の所に行ってますから‼︎」

 顔を真っ赤にしながら駆けて行く弟の姿に、素直じゃないと笑ってしまった。
 それにしても、兄も弟も羨ましい。
 政略結婚が当たり前の王族や貴族社会の中で、好きな人と結婚出来る人間はほんの一握りだ。

「彼に会いたい……なんてね」

(会いたい彼が誰かすら分からないのに、変よね)

 というのも彼は実在しないからだ。
 ベルティーユは幼い頃がずっと同じ夢を見る。
 夢に現れる男性の顔はぼやけていて見えないが、酷く懐かしく思う。

『ベルティーユ』

 何時も彼は優しく私の名前を呼ぶ。
 名前を呼ばれる度に切なくて愛おしくなり胸が苦しくなる。
 彼に抱き締めて欲しくて手を伸ばすが、そこで何時も夢は終わる。

「早くお兄様の所にいかないと」

 ベルティーユは我に返り慌ててマルセルの後を追った。
 



 数ヶ月後ーー。

 今日はディードヘイムとブランチェスカの挙式が執り行われる。その為、まだ薄暗い内から準備に追われていた。
 無論主役は兄達ではあるが、妹としてリヴィエの王女として恥ずかしくない支度をしなくてはならない。

「昨夜遅くにブルマリアス国の船が到着されたそうですよ。間に合ったみたいで、良かったですね」

 仲の良い侍女に髪を整えて貰っていると、そんな話をされた。
 実はここの所天候が荒れており、船が出せずにいた。その影響で式の参列する外賓の到着が遅れていた。
 一ヶ月前に花嫁のブランチェスカは先乗りしていたので心配はいらないが、流石に相手側の出席者がいないのは洒落にもならない。

「でも流石に挨拶は、今からだと間に合わないわね」

 式は午後からだがベルティーユも支度があるし、それに向こうは夜中に到着をしたばかりで睡眠もまともにとれていない筈だ。逆に今行くのは迷惑になるだろう。

「昨夜の内に陛下やディートヘイム様が挨拶はされているそうですから大丈夫ですよ」
「そう、なら私は挙式の後でも良いかしら」

 今回ブルマリアスからは花嫁の兄王子三人が出席をすると聞いている。
 因みにブルマリアス国王は経緯は不明だが、階段を踏み外し骨折をしてしまったらしいので王妃共に欠席だ。


 数日前までの悪天候が嘘の様に今日は朝から清々しいくらいに晴れ渡っていた。まるで二人を祝福している様だ。
 挙式は大聖堂で執り行われる。
 リヴィエの王太子とブルマリアスの王女の挙式とあり、聖堂を埋め尽くす程の人々が参列をしていた。

「これでまた更にリヴィエとブルマリアスの関係は強固なものになった」

 参列者の誰かがそう話しているのが聞こえてきた。

 遥昔リヴィエとブルマリアスは啀み合い争いが絶えなかったという。正直、嘘みたいな話だが本当らしい。
 リヴィエには他にも多くの友好国があるが、その中でもブルマリアスは特別だ。理由は分からないが、どの国よりも互いに信頼し合っていると言っても過言ではない。「ブルマリアスの方なら信頼出来る」なんて会話は良く耳にする。だからこそ俄かには信じられない。リヴィエとブルマリアスが争っていたなどとーー。

「姉上! 良い式でしたね!」
「えぇ。ブランチェスカ様も本当にお綺麗で素敵だったし、お兄様も幸せそうで良かったわ」

 移動時間や休憩を兼ねて、数時間空け今度は城にて舞踏会が開かれる。
 着替えもあるのでベルティーユは急いで城へと戻らなくてはならない。のんびりしている弟を尻目にベルティーユは馬車へ急ぐ。
 こんな時男性は楽で羨ましい。衣装替えするだけで済む。女性は化粧を直したり髪を結い直したり、ドレスを着るだけでも時間がかかる。
 聖堂から外へと出て通路を足早に歩いていたその時ーー。

「きゃっ」
「おっと」

 急ぎ過ぎて前をよく見ておらず人に打つかっててしまった。

「す、すみません!」
「いや、僕こそすまない。怪我はしていないかい?」
「私は大丈夫です。貴方は……」
「……」
「あの……?」

 ベルティーユが打つかり抱き留めてくれた青年は、目が合うと固まって動かなくなってしまった。
 戸惑っていると、彼は我に返り慌ててベルティーユから身を離した。

「君の名前は……」
「あ! すみません! 私急いでまして……失礼します!」
「え、あ、ちょっと……」

 呼び止められた気がしたが、今はそれどころではない。
 ベルティーユは馬車に乗り込むと城へと向かった。



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