75 / 78
番外編 1
しおりを挟む今から何百年も前、この島の周囲は常に潮の流れが早く場所により渦潮が起きていた。それ故、島に辿り着くには潮の流れを熟知しているリヴィエ国の人間以外は近付く事は出来なかったという。
だが今は島の周囲はそんな名残すらない程に潮の流れは穏やかであり、リヴィエの港は常に多くの他国の船が出入りしている。
「姉上! 此方にいらしたんですか」
「マルセル」
まだあどけなさが残る少年は、この国の第二王子のマルセル・リヴィエだ。そして彼の姉であるベルティーユ・リヴィエは自分の名をとても気に入っている。
”ベルティーユ”この名は遥昔に実在したこの国の王女の名から母がつけてくれた。昔過ぎて余り記録は残っておらず、彼女がこの国を平和に導いたとだけ聞いた。
「兄上が探していましたよ。婚儀の衣装を見て欲しいそうです」
「私に?」
「姉上の方がセンスがあるからと言ってました」
「もう、お兄様ったらしょうがないわね」
ベルティーユの兄、この国の王太子のディートヘイムは近々友好国であるブルマリアス国のブランチェスカ王女と結婚をする。
二人は同じく友好国であるルメールにて出会い、兄が一目惚れをして婚約をし遂に婚儀を挙げる。
「姉上はまだ結婚なんてなさらないですよね⁉︎」
「え、えぇ、多分。お相手もいないし……」
ただベルティーユももう直ぐ十八歳を迎える。そろそろ本格的に結婚相手を探さないと行き遅れになってしまう。
実はこれまでお見合いは何度もしている。だがどうしても気乗りせずお断りをしてきた。両親もベルティーユの意見を尊重してくれるので、それに甘えてきたので自分の責任だ。
「私の事より、マルセルはいい人いないの?」
「僕はいません。僕は姉上がいてくだされば十分ですから」
弟は昔から姉である自分にべったりだ。少し心配に思っていたが、最近はそれ程でもない。何故なら……。
「あらでも、最近は随分とパシュラールのエリノア王女と仲が良いって聞いてるけど」
「っ‼︎ ち、違いますっ! 別に僕はあんなじゃじゃ馬っ興味なんてありません!」
「そうなの? お話したらとても良い子だから、是非姉妹になれたら嬉しいと思っていたのに……残念だわ」
「姉上! 揶揄わないで下さい! 僕、先に兄上の所に行ってますから‼︎」
顔を真っ赤にしながら駆けて行く弟の姿に、素直じゃないと笑ってしまった。
それにしても、兄も弟も羨ましい。
政略結婚が当たり前の王族や貴族社会の中で、好きな人と結婚出来る人間はほんの一握りだ。
「彼に会いたい……なんてね」
(会いたい彼が誰かすら分からないのに、変よね)
というのも彼は実在しないからだ。
ベルティーユは幼い頃がずっと同じ夢を見る。
夢に現れる男性の顔はぼやけていて見えないが、酷く懐かしく思う。
『ベルティーユ』
何時も彼は優しく私の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれる度に切なくて愛おしくなり胸が苦しくなる。
彼に抱き締めて欲しくて手を伸ばすが、そこで何時も夢は終わる。
「早くお兄様の所にいかないと」
ベルティーユは我に返り慌ててマルセルの後を追った。
数ヶ月後ーー。
今日はディードヘイムとブランチェスカの挙式が執り行われる。その為、まだ薄暗い内から準備に追われていた。
無論主役は兄達ではあるが、妹としてリヴィエの王女として恥ずかしくない支度をしなくてはならない。
「昨夜遅くにブルマリアス国の船が到着されたそうですよ。間に合ったみたいで、良かったですね」
仲の良い侍女に髪を整えて貰っていると、そんな話をされた。
実はここの所天候が荒れており、船が出せずにいた。その影響で式の参列する外賓の到着が遅れていた。
一ヶ月前に花嫁のブランチェスカは先乗りしていたので心配はいらないが、流石に相手側の出席者がいないのは洒落にもならない。
「でも流石に挨拶は、今からだと間に合わないわね」
式は午後からだがベルティーユも支度があるし、それに向こうは夜中に到着をしたばかりで睡眠もまともにとれていない筈だ。逆に今行くのは迷惑になるだろう。
「昨夜の内に陛下やディートヘイム様が挨拶はされているそうですから大丈夫ですよ」
「そう、なら私は挙式の後でも良いかしら」
今回ブルマリアスからは花嫁の兄王子三人が出席をすると聞いている。
因みにブルマリアス国王は経緯は不明だが、階段を踏み外し骨折をしてしまったらしいので王妃共に欠席だ。
数日前までの悪天候が嘘の様に今日は朝から清々しいくらいに晴れ渡っていた。まるで二人を祝福している様だ。
挙式は大聖堂で執り行われる。
リヴィエの王太子とブルマリアスの王女の挙式とあり、聖堂を埋め尽くす程の人々が参列をしていた。
「これでまた更にリヴィエとブルマリアスの関係は強固なものになった」
参列者の誰かがそう話しているのが聞こえてきた。
遥昔リヴィエとブルマリアスは啀み合い争いが絶えなかったという。正直、嘘みたいな話だが本当らしい。
リヴィエには他にも多くの友好国があるが、その中でもブルマリアスは特別だ。理由は分からないが、どの国よりも互いに信頼し合っていると言っても過言ではない。「ブルマリアスの方なら信頼出来る」なんて会話は良く耳にする。だからこそ俄かには信じられない。リヴィエとブルマリアスが争っていたなどとーー。
「姉上! 良い式でしたね!」
「えぇ。ブランチェスカ様も本当にお綺麗で素敵だったし、お兄様も幸せそうで良かったわ」
移動時間や休憩を兼ねて、数時間空け今度は城にて舞踏会が開かれる。
着替えもあるのでベルティーユは急いで城へと戻らなくてはならない。のんびりしている弟を尻目にベルティーユは馬車へ急ぐ。
こんな時男性は楽で羨ましい。衣装替えするだけで済む。女性は化粧を直したり髪を結い直したり、ドレスを着るだけでも時間がかかる。
聖堂から外へと出て通路を足早に歩いていたその時ーー。
「きゃっ」
「おっと」
急ぎ過ぎて前をよく見ておらず人に打つかっててしまった。
「す、すみません!」
「いや、僕こそすまない。怪我はしていないかい?」
「私は大丈夫です。貴方は……」
「……」
「あの……?」
ベルティーユが打つかり抱き留めてくれた青年は、目が合うと固まって動かなくなってしまった。
戸惑っていると、彼は我に返り慌ててベルティーユから身を離した。
「君の名前は……」
「あ! すみません! 私急いでまして……失礼します!」
「え、あ、ちょっと……」
呼び止められた気がしたが、今はそれどころではない。
ベルティーユは馬車に乗り込むと城へと向かった。
19
お気に入りに追加
2,200
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
人質王女の恋
小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。
数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。
それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。
両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。
聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。
傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる