冷徹王太子の愛妾

月密

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番外編 2

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 婚儀の半年程前、ブルマリアス国ーー。


「ブランチェスカが結婚なんて、僕は絶対に認めない!」

 叫びながら勢いよくテーブルを叩いたのは、ブルマリアス国第二王子のクロードだ。
 妹の結婚が決まってから毎日同じ事を言っているが、いい加減鬱陶しい。

「クロード兄さんが認めなくても、今更結婚はなくならないよ。そろそろ諦めなよ」

 末の弟の第三王子のロイドは肩をすくめクロードを嗜める。

 数ヶ月前、ブランチェスカとリヴィエ国の王太子であるディートヘイムとの結婚が決まった。
 聞いた話ではディートヘイムがブランチェスカに一目惚れしたらしい。その話を聞いた時は思わず鼻を鳴らした。
 そんな何処かの御伽話みたいな話があるのかと。

「ねぇ、レアンドル兄さんもそう思うよね?」
「……何がだ?」

 暫し意識を飛ばしている間に話が進んでおり、全く聞いていなかった。

「だから、クロード兄さんもそろそろシスコンは卒業して嫁探しした方が良いって話」
「あーまあそうだな」
「他人事みたいに言ってるけどさ、レアンドル兄さんもだよ」
「は? 何故俺が……」
「当然じゃん。あのさ、大国ブルマリアスのいい歳した王子三人の内、婚約者がいるの弟の俺だけなんだよ? これって由々しき事態だから!」

 まさか末の弟に説教をされるなど思いもしなかった。だが事実なので反論出来ない。
 それはクロードも同じで、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

「俺はクロード兄さんより、レアンドル兄さんの方がヤバいと思うよ」
「どういう意味だ……」
「だって女嫌いで有名じゃん。最近では男色家じゃないかとか噂がたってるから、お見合い話すらこなくなったし」
「……」

 やはり何も言えない。
 レアンドルは昔から女性嫌いというか興味がない。自慢ではないが、舞踏会などで女性と一度も踊った事すらない。その所為で様々な誤解が生じ噂がたっているが寧ろ好都合だ。面倒な事に巻き込まれないで済む。

(初めて踊る相手は、彼女だと決めている……)

 と言っても、その彼女は存在しないのだが。
 レアンドルは昔から同じ夢を繰り返し見ている。
 何処の誰かも分からない女性の夢だ。
 ボンヤリとして顔も見えないが、笑っているのは分かる。
 
『レアンドル様』

 そして優しい声で彼女はレアンドルの名前を呼ぶ。
 だが次の瞬間には彼女は泣き出し、堪らず駆け寄り抱き締め様とするがそこで何時も目が覚める。
 たかが夢だ。莫迦莫迦しいと自分でも思っているが、やけに生々しい。
 夢を見た後は胸が張り裂けそうな程に苦しくなり、彼女が恋しくて仕方がない。そして虚しさを覚える。その繰り返しだ。

 こんな話をすれば莫迦にされるだろうが、レアンドルはその夢の中の彼女に懸想している。
 そうは言っても、実在しない女性と結婚など出来る筈もなく何れは妻を娶らなくてはならない。何しろ自分はブルマリアスの王太子であり将来は国王となる身だ。後継者は必要不可欠だ。
 レアンドルももう二十五歳になった。
 年々父からの小言も増えているのも事実であり、年貢の納め時かも知れない。
 妹の婚儀が済んだら諦めて真剣に結婚相手を探すか……まあそれもどうせ政略結婚になるだろうが。
 内心溜息を吐いた。
 

 妹が慌ただしく輿入れの準備を始め、あっという間に半年近く経つ。
 挙式はリヴィエで執り行うのでこちらは大掛かりな準備はしないが、ブランチェスカの挙式用のドレスから日常で着る簡易ドレス数十着、装飾品や調度品など全てを新調しなくてはならずかなり大変そうだった。
 無論リヴィエ側でもそういった物は用意されている筈なのだが、見栄っ張りな父の意向だ。
 そんな父は婚儀には参加出来ない。
 つい最近、正妃と大喧嘩をした際に階段から足を滑らせて派手に転び足を骨折した。喧嘩理由は若い女に現を抜かしていた事に正妃が腹を立てた事だ。実に下らないが、大喧嘩にまで発展して面倒臭くなった父が逃亡し後を追った王妃共々階段から……という事らしい。いい歳して情けないと呆れた。
 

「結構荒れているな」

 婚儀まで半月に迫り、レアンドル達は隣国のユベルド国の港まで来ていた。
 本来ならば船に乗れば七日程でリヴィエに着く。遠方とあり早めに入国するつもりで来たのだが、天候不良でとても出航出来る状況ではない。

「ブランチェスカは先に行ってて正解だったね」

 妹は準備などの理由から先にリヴィエに入国していた。懸命だったと安堵するが、レアンドル達もそうは言っていられない。花嫁の親族が誰も出席しないなどあってはならない。まして友好国であるリヴィエの王太子の挙式なのだ。今後の関係に影響が出るかも知れない。
 結局七日程足止めを食らい、それでもまだ不安定な天候ではあったが仕方なく出立をした。
 
 予定より大幅に遅れようやくリヴィエへ入国出来たのは挙式の前日の夜中だった。
 港には夜中にも関わらずリヴィエ国王自ら出迎えに来てくれていた。そして妹の婚約者である王太子のディートヘイムの姿もあった。

 迎えの馬車に乗り込み、程なくして城へ到着をすると、時間が時間なので直ぐに部屋に案内をされる。
 その後は明日の挙式に備えて湯浴みをし直ぐに就寝をした。

「此処がリヴィエか……」

 翌朝、レアンドルは窓から射し込む日差しの眩しさに目を覚ました。
 昨夜は暗くて何も見えなかったが、窓の外を覗けば美しい景色が広がっていた。 
 高台にある城からは、街や海まで一望出来る。
 自国とはまるで違う景色にレアンドルは暫し目を奪われた。

「初めて来たけど、良い所だね」
「友好国とはいえ、遠方だからな」

 支度を済ました弟達と合流し、少し遅い朝食を摂ると早々に馬車へ乗り込む。
 ロイドが窓の外を眺めながらそう話すが、クロードは大きな溜息を吐いた。

「そんな事より、ブランチェスカと会えないなんて最悪だよ」

 慌ただしく妹と顔を合わせる時間など当然なかった。

「間に合っただけ良かっただろう。どうせ後で挨拶はするんだ」
「一分、いや一目でも良いから会いたかったんだ! あーブランチェスカ~」

 相変わらの弟のシスコン振りにレアンドルも別の溜息を吐いた。


 挙式を執り行う大聖堂には多くの人々が参列していた。
 流石リヴィエの王太子の挙式だ。各国の王族や有力貴族等が顔を揃えている。
 式は滞りなく進行し無事終わった。
 ただ途中隣にいるクロードが泣き出した時には外に放り出すか悩んだが、ロイドがどうにか宥めてくれたので何事もなく済んだのはいいが無駄に疲れた。

「ぼ、僕の可愛いブランチェスカが……遂に、け、結婚して……他の男のものに……」

 さて引き上げるかと思った時、放心状態のクロードが人を掻き分け一人逃走した。

「あ、クロード兄さん!」
「……重症だな」

 昔から妹を溺愛していたが、流石にここまでくると病気だと呆れる。

「クロード兄さん」
「……」

 クロードの後を追い、聖堂から外へ出ると何故か通路で立ち尽くしていた。迷惑極まりない。
 ロイドが何度話し掛けても反応はなく呆然している。

「ねぇ、兄さんってば! どうかしたの?」
「……あった」
「は?」
「僕は運命の女性ひとに巡り合ったんだ!」

 やはり医師に見せた方が良さそうだ。
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