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十九話
しおりを挟むレアンドルはミルクベースのハーブのスープをスプーンでひと掬いすると口に入れた。ミルクのコクの中にハーブの香りが広がり、身体中に染み渡っていく感覚が実に心地良い。ただ何時ものと同じスープの筈なのだが、何かが違う気がする。
「お味は如何でしょうか」
「何時もと変わらず上手いな。だが……少し味が変わった気もする。どう表現すれば良いのか分からないが……凄く落ち着く」
ホレスから感想を求められ、素直に感じた事を伝えると至極嬉しそうに笑んだ。
「それはようございました。きっとベルティーユ様もお喜びになられるかと思います」
「ベルティーユがか?」
何故スープの感想を言っただけで彼女が喜ぶのか……。
一瞬頭にある考えが浮かぶも、流石にそれはあり得ないと思い直す。だが意外にもレアンドルのは考えは当たっていた。
「ご自身もレアンドル様のお役に立ちたいと仰り、それはもう一生懸命でございましたよ」
この十日の間、ベルティーユはレアンドルの部屋の前と厨房を幾度となく往復をしていたという。今自分に出来る事がないなら、せめてレアンドルが目を覚ました時に出来る事をと考えた結果スープ作りを思いついたそうだ。だがシェフに習うも、慣れない作業に随分と苦戦していたらしい。当然だ。彼女がブルマリアスに来た時はまだ十二歳だった。それ以前に料理をする機会があったとは思えないし、そもそも王族である彼女に料理の経験など必要はない。
少しでも早く元気になりますようにーーこれはそんな彼女の想いがこもったスープだ。上手いに決まっている。
レアンドルはゆっくりと一口一口を噛み締める様に味わいながら完食をした。
「ですから今は無理はなさらず、療養する事だけに専念なさって下さい。ベルティーユ様の為にも」
「っ⁉︎」
相変わらず目敏い。
食事を終えベッドに横になろうとした瞬間、ホレスから釘を刺された。レアンドルは溜息を吐き、枕の下に隠していた書簡等を引っ張り出すと観念してホレスへと渡した。
「流石、日頃から鍛えているだけの事はありますね。やはり騎士団員は違いますね。目覚ましい回復力です。これなら後数日もすれば床離れしても問題なさそうですね」
まるで自分が騎士団員である事を失念しているのではないかと疑いたくなるくらい他人事の様に話すルネに、レアンドルは心底呆れた。お前はもっと日頃から鍛えろ! との言葉が喉まで出かかった。だがルネには随分と世話を掛けてしまった手前、ぐっと堪える。
「レアンドル、少し早いですが騎士団の皆から快気祝いです」
「態々用意してくれたのか、すまないな。皆に礼を言っておいてくれ」
戦さ場にて無理をして虚勢を張ってみせた結果二ヶ月近く休まざるを得なくなり、結局は団員等に自分が深傷を負った事が知られてしまった。我ながら情けない話だ……。
「ん?……」
手渡された包を開けると、幾つかの小瓶が入っていた。一見すると美しい香水瓶の様にも思えるが、これは……。
「……ルネ、一応確認の為に聞く。これは何だ」
顔を引き攣らせながら訊ねると、彼は待っていましたとばかりに語り出した。
「夜な夜な会議を開き、皆で議論を重ねに重ねた結果、満場一致でコレに決まりました。副団長御用達、太鼓判のお店の本来ならば門外不出の幻の逸品です!」
「何が幻の逸品だ。ただの精力剤だろうが!」
そもそも副団長御用達とは……あの人は一体何を考えているんだ。もはや溜息しか出ない。
床に伏せてから二ヶ月近くなるが、どうやらレアンドルの不在をいい事に、好き勝手しているらしい。これは復帰したら直ぐにでも、弛みに弛んだ根性を叩き直さなくてはならないようだ。故にこれ以上ゆっくり休んでいる場合ではない。さっそく明日にでも登城しなくてはならないと意気込む。
「まあいい、これは一応貰っておこう」
物自体はどうあれ、贈られた物を突き返す程自分は不粋ではない。呆れながらも包みを仕舞っていると、ルネが嫌らしい笑みを浮かべながら見てくる。
「あぁ因みに副団長が、使ったら感想聞かせて欲しいって言ってましたよ」
「……」
(頭痛がしてきた……)
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