冷徹王太子の愛妾

月密

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十八話

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「あれは完全にレアンドルを狙ってましたね」

 今回の遠征は、近隣にあるのルメール国との戦だった。ブルマリアスには及ばないものの、近隣諸国の中では国の規模は上位に入る程だ。十分大国と呼べるだろう。そうなると軍事力もそれ相応であり敵に回せば厄介だが、遥か昔から中立の立場を掲げ周囲の国々もそれを承認してきたので警戒する必要はなかったが、近年は水面下でリヴィエとの繋がりが囁かれているのは知っていた。だがまさかこんな大胆な行動に出るとは予想外だった。

「そうだな。だが油断した自分の落ち度だ」

 ルネの言う通り、レアンドルは明らかに敵から狙われていた。相手側からすれば敵の指揮官を狙うのは当然なのだが、こんなにもあからさまに狙われたのは初めてかも知れない。混沌とした戦さ場の中、一つの的に絞り執着するのはかなり危険といえる。無論そういった戦法もなくはないが、実際にやる国は略略ない。だが昔、経験をした事がある。あの時はルメールとは全くの無関係の国だったが、やり方が類似している。そしてその国はリヴィエと繋がりのある国だった。そしてブルマリアスまたその戦法を用いる事がある……。
 何れにせよ、ルメールがリヴィエ側についた事は間違いないだろう。

「それにしても、まさかルメールが牙を剥くとはな。こんな時に間が悪い」
「こんな時だからこそですよ。ルメールとリヴィエは以前から水面下で繋がっていると噂がありました。今後、リヴィエ側を支持する国も増えるでしょうね」

 リヴィエは資源が豊富であり、その影響もあり外交に特化している。だがやはり小国である事に変わり無い。表立って味方につく国はそう多くはない。そんな中、大国……まして中立国であったルメールが味方についたとなれば、リヴィエ側につく国は格段に増えるだろう。それに……。

「何しろブルマリアスは、多くの国々からの不平不満を抱えていますから」

 敵の敵は味方なんて言葉があるくらいだ、これまでのブルマリアスの横暴な振る舞いを思えば致し方もない。

「あぁ、そうでした」

 不意にルネは何かを思い出した様で、そんな声を上げながら手を叩き鳴らした。

「これ、お返ししますね」

 左ポケットから取り出したそれを、レアンドルの手の上に静かに乗せた。

「貴方が頻りに譫言で、この香り袋を要求するので手渡したら、今度は握り締めたまま離さなくなりまして……。ホレスさんが身体を拭く際に笑っていましたよ」

 失くしたら困ると、シャツの内ポケットに大切に入れておいた。疲弊した時には胸元に手を当て、彼女の事を思い出していた。
 
「汚れてしまうといけないので、途中でどうにか回収しておきました」

 ホレスが笑っていたと話しているが、絶対に一番笑っていたのはルネだろう。何せ現に今含み笑いをしている。その表情が無性に腹立たしかった。なので身体が回復したら覚えていろという意味を込めて睨んでやる。だがそんな事で怯むルネではなく、全く意に介さない。

「レアンドル、起きて下さい」
「は……」

 突然何を言い出したかと思えば、不意に起き上がる様に要求され思わず間の抜けた声が出た。

「いやさっきお前が起きるなと言っていただろう」
「僕は、いきなり起き上がらないで下さいと言っただけです」

 一体どんな屁理屈だと呆れていると、半ば強引に手を貸され身体を起こされた。ベッドの端に座らされたと思えば、今度は肩を貸され立ち上がらされる。完全にレアンドルの意思は無視すれている。

「何処に行くつもりだ?」
「無駄口はいいですから、ほら立って下さい」

 さっきから心配しているのかいないのか、分からない。一応まだ怪我人なのだが……。

 扉の前まで来ると何故か内側からノックをした。奇妙な行動をするルネに、レアンドルは訝し気な表情になる。

「ルネ、お前は一体何をして……」

 扉は此方が開ける前に、ゆっくりと開く。そして扉の向こう側に立っていたのはホレスだった。別段驚く事はない。邪魔にならない様に外で控えていたのだろう。だが穏やかに笑みを浮かべるホレスと目が合うと、彼は軽く頷き扉の隣へとゆっくりと視線を落とす。その視線を辿るとそこにはーー。

「ベルティーユ……」

 彼女が居た。
 座り込み膝を抱え、静かに寝息を立てている。毛布が掛けられており、直ぐにホレスがした事だと理解した。
 
「彼女、本当凄いね。梃子でも動かなくてさ」

 レアンドルの事を心配したベルティーユは、様子を見に来るも、部屋には入れて貰えないと分かると一度は引き下がったが、またやって来た。強行突破するのかと思いきや、まさかの扉の横に座り込んだ。十日の間、自室に戻る事はせずにずっとこの場所で座り込みを続けていたらしい……。
 冗談の様な話にレアンドルは脱力してしまう。そして次の瞬間には笑いが込み上げて来た。きっと他の人間が同じ行動をしたら莫迦だろうと呆れ返るだけだ。だが今彼女に向ける思いは、愛しさだけだ。
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