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産まれ
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夕暮れのとある一国の城、一室では苦しそうな声と息遣いが聞こえてきた。部屋の中では若い女が額に大粒の汗を浮かべ、仰向けのまま力一杯手拭いを握り締めている。その腹は膨れ、動いている。
「もう少しですじゃ、御台様、頑張ってくだされ」
彼女の産婆達はせっせと産湯等の準備をしている。多くの者が見守る中、この城の御台は陣痛に耐え、遂に赤子を産み落とした。
「はあっ……はぁっ……、お、終わったの」
「……お疲れ様ですじゃ、御台様」
足元からは産声が聞こえ、産湯が揺れる水音が響く。彼女は安心して、身体から力が抜けた。
そして産婆が言い淀んだ意味を知らない。
「……上様」
「お、おお!!継!!」
継と呼ばれた産婆は、城主に御台の産後の報告をするため天守閣を訪れた。城主は一段高い畳の上に胡座をかいていた。
「して、どうだ、産まれたのか」
城主は既に残り少しばかりになった湯呑みの茶で乾ききった口を湿らせて言った。
「……産まれました。立派な男の子、ですじゃ」
「そうか……そうか!!」
城主は嬉しさのあまり立ち上がると、階下へ降りようと一歩踏み出した。それを継は、失礼と思いつつも制した。
「実は、もう一人、いたのです」
「なんと?」
「……既に息は絶え絶えですが、双子の女の子。……それも赤毛の」
「……」
赤毛。この国では赤毛は不吉の象徴とされていた。城主は少し考えた後。
「奴は知っておるのか」
「いえ、産婆と上様のみにてございます」
「……ならば流せ」
城主はそう言って、階下へと向かった。
その後、男児を嬉しそうに抱き抱える城主とその御台の笑い声の裏で、継は産湯に浸かり呼吸を整える女児の顔を見つめていた。
同じ日の夜の事、とある長屋の戸を継は叩いた。しばらくして、若い男が戸を開けて顔を見せた。
「お義母さんではないですか」
「久々だね、夜分に申し訳ない」
この男、継の娘の婚約者。言わば娘婿に当たる人物である。名を小吉と言う。彼がとぼけた顔をしていると、その後ろから見慣れた姿が覗いた。
「お母さん、何か用ですか?それにその包みは?」
「育代……話があってね。上げてくれないかい?」
継の娘、育代が言うように、継の細く血色の悪い腕には真新しい風呂敷で包まれた小包が抱えられていた。家に上がるように話すと、継は弁当箱くらいのそれを大事そうに抱えて戸の内へと入った。
部屋の中央の囲炉裏では、炭の燃え残りが仄かに光っている。継は腰を落ち着けて、それを眺めていた。小包を抱いたままの継を育代は訝しげに思った。
「話とは」
「……この娘のことじゃ」
「まさか、それは赤子ですか!?」
継の抱えていた包み。それは御包みであった。風呂敷をはらりと捲ると、赤毛の小さな顔が露わになり、大きく息を吸い込んで欠伸をした。
「……赤毛の娘」
「知っての通り、不吉の子。本来ならば縊り殺さねばならん……じゃが」
継は息を吸った。
「こんな可愛い娘を、死なせるわけにはなかろう。この娘は双子で産まれたのじゃ。もう一人の弟はな、立派に太って産まれてきた。きっと、この娘が食い扶持を分けたのじゃろう。こんな優しい子を、殺せるわけがなかろうに」
継は御包みの赤子の頬を人差し指の先で撫でた。赤子はくすぐったそうに指に頬を擦り付ける。
「じゃが、乳母がおらん。だからの、頼みじゃ。この娘を育ててやってくれい。粥が食えるまでで構わない。乳飲み子のうちだけ、頼まれてくれんかの」
深々と頭を下げた母に娘は視線のやり場を無くしたように、旦那の方を見やった。小吉は目を瞑っていたが、やがて継へと向き直った。
「私は……良いと思う。不思議とな、子宝に恵まれなくてな。丁度良い、というのもおかしな話だが。お前はどうだ」
「……あなたが良いというのなら。それに」
育代は御包みに包まれた娘を抱き上げてみる。小さく痩せていたが、表情は柔らかかった。
「可愛い娘では、ないですか」
「……かたじけない」
継はより深く頭を下げた。小吉は顔を上げるよう言うと、ふと思い立ったように目を大きくした。
「して、名前は」
それを聞いた継は大きく開けた口元を手で覆った。先程よりも声色を高くして、継は震えた。
「忘れとった、忘れておった!!そうじゃなぁ」
天井を濁った瞳で眺めようとした時、ぱちっと音が弾けた。囲炉裏の炭、燃え残りから火の粉が揺らいで飛び出した。
「ほむら、焔はどうじゃ」
「女の子には仰々しいのでは?」
「温かい娘のはずじゃ。よかろうよ」
三人が見つめると、おくるみから覗いた顔は大欠伸をしてみせた。
「もう少しですじゃ、御台様、頑張ってくだされ」
彼女の産婆達はせっせと産湯等の準備をしている。多くの者が見守る中、この城の御台は陣痛に耐え、遂に赤子を産み落とした。
「はあっ……はぁっ……、お、終わったの」
「……お疲れ様ですじゃ、御台様」
足元からは産声が聞こえ、産湯が揺れる水音が響く。彼女は安心して、身体から力が抜けた。
そして産婆が言い淀んだ意味を知らない。
「……上様」
「お、おお!!継!!」
継と呼ばれた産婆は、城主に御台の産後の報告をするため天守閣を訪れた。城主は一段高い畳の上に胡座をかいていた。
「して、どうだ、産まれたのか」
城主は既に残り少しばかりになった湯呑みの茶で乾ききった口を湿らせて言った。
「……産まれました。立派な男の子、ですじゃ」
「そうか……そうか!!」
城主は嬉しさのあまり立ち上がると、階下へ降りようと一歩踏み出した。それを継は、失礼と思いつつも制した。
「実は、もう一人、いたのです」
「なんと?」
「……既に息は絶え絶えですが、双子の女の子。……それも赤毛の」
「……」
赤毛。この国では赤毛は不吉の象徴とされていた。城主は少し考えた後。
「奴は知っておるのか」
「いえ、産婆と上様のみにてございます」
「……ならば流せ」
城主はそう言って、階下へと向かった。
その後、男児を嬉しそうに抱き抱える城主とその御台の笑い声の裏で、継は産湯に浸かり呼吸を整える女児の顔を見つめていた。
同じ日の夜の事、とある長屋の戸を継は叩いた。しばらくして、若い男が戸を開けて顔を見せた。
「お義母さんではないですか」
「久々だね、夜分に申し訳ない」
この男、継の娘の婚約者。言わば娘婿に当たる人物である。名を小吉と言う。彼がとぼけた顔をしていると、その後ろから見慣れた姿が覗いた。
「お母さん、何か用ですか?それにその包みは?」
「育代……話があってね。上げてくれないかい?」
継の娘、育代が言うように、継の細く血色の悪い腕には真新しい風呂敷で包まれた小包が抱えられていた。家に上がるように話すと、継は弁当箱くらいのそれを大事そうに抱えて戸の内へと入った。
部屋の中央の囲炉裏では、炭の燃え残りが仄かに光っている。継は腰を落ち着けて、それを眺めていた。小包を抱いたままの継を育代は訝しげに思った。
「話とは」
「……この娘のことじゃ」
「まさか、それは赤子ですか!?」
継の抱えていた包み。それは御包みであった。風呂敷をはらりと捲ると、赤毛の小さな顔が露わになり、大きく息を吸い込んで欠伸をした。
「……赤毛の娘」
「知っての通り、不吉の子。本来ならば縊り殺さねばならん……じゃが」
継は息を吸った。
「こんな可愛い娘を、死なせるわけにはなかろう。この娘は双子で産まれたのじゃ。もう一人の弟はな、立派に太って産まれてきた。きっと、この娘が食い扶持を分けたのじゃろう。こんな優しい子を、殺せるわけがなかろうに」
継は御包みの赤子の頬を人差し指の先で撫でた。赤子はくすぐったそうに指に頬を擦り付ける。
「じゃが、乳母がおらん。だからの、頼みじゃ。この娘を育ててやってくれい。粥が食えるまでで構わない。乳飲み子のうちだけ、頼まれてくれんかの」
深々と頭を下げた母に娘は視線のやり場を無くしたように、旦那の方を見やった。小吉は目を瞑っていたが、やがて継へと向き直った。
「私は……良いと思う。不思議とな、子宝に恵まれなくてな。丁度良い、というのもおかしな話だが。お前はどうだ」
「……あなたが良いというのなら。それに」
育代は御包みに包まれた娘を抱き上げてみる。小さく痩せていたが、表情は柔らかかった。
「可愛い娘では、ないですか」
「……かたじけない」
継はより深く頭を下げた。小吉は顔を上げるよう言うと、ふと思い立ったように目を大きくした。
「して、名前は」
それを聞いた継は大きく開けた口元を手で覆った。先程よりも声色を高くして、継は震えた。
「忘れとった、忘れておった!!そうじゃなぁ」
天井を濁った瞳で眺めようとした時、ぱちっと音が弾けた。囲炉裏の炭、燃え残りから火の粉が揺らいで飛び出した。
「ほむら、焔はどうじゃ」
「女の子には仰々しいのでは?」
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