【完結】狐と残火

藤林 緑

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死闘

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 一道が刀を振り抜く。焔は姿勢を低くして躱す。しかし、目の前には大木のような脚。
「がっ!!」
 焔の身体は吹き飛び、襖を弾き飛ばした。その先の柵に激突する。一歩間違えれば落下するところであった。
「げほっ、ごっ」
「これが、妖の力か」
「……は、鋼!?」
 これ見よがしに一道は刀で手首を斬る動作をする。その跡は一筋の掠り傷のみ残る。それはまるで、金属を引っ掻いた傷。
「その通りらしいな。誰も、私を傷付けられはせん!!私は壁として、この国を守ろう!!」
 一道は吼えると、焔へ追撃を開始する。痛む身体を庇い、焔は駆ける。回り廊下に沿っての攻防が続く。曲がり角を曲がった瞬間、焔は攻勢に転じた。
「何っ!!」
 反転し、一道の股の間を抜け、背中へと食らいついたのである。焔は素早く苦無を手にした。それを眼球を抉る狙いで顔面に打ち込む。
「ぐあっ!!」
 一道は目を閉じてしまい、その隙に焔の腕が首へと絡み付く。全力で気道を圧迫する。僅かばかりであるが、一道の喉仏の形が歪み始める。
「ぐっ、ぐっ、……らぁっ!!」
 一道はどうしようもなくなり、跳び上がると背中を襖へ叩き付けるよう転がった。再び、屋内へ。焔は再び一道から離れ、息を整える。
「……やるではないか、赤毛の」
 一道は畳の上で目を擦り、息を上げている。
(……ある。勝機はある)
 今の組合で気付いた事がある。それは、一道の金属化は表面のみであるという事だ。それは妖怪への成り掛けということか、わからないが。そして、彼自身、金属化の重みに耐えられていない。今も彼は苦無の打ち込まれた目の付近を気にしている。恐らく、眼球や臓器は金属化を果たしていないのだろう。皮膚の刀傷は防ぐが、内部は脆いまま。だからこそ、関節技や絞め落とし等が有効。また、彼の足取りは衰えを見せ始めている。体力勝負は五分、もとい微有利か。焔はそこへ賭ける事にした。彼女は苦無を仕舞い、構えた。
「……来い!!」
「ふん、格闘か。舐められたものだなぁっ!!」
 一道は両手で刀を振り下ろす。焔は当たる間際で躱し続ける。二人の間では銀の光が閃く。幾度にも続く攻防、攻勢と守勢の極地にやがて、その時が訪れる。
「ぬんっ!!」
 一道が片手で刀を薙ぎ払った。焔は刀を持った手を取り、その勢いを活かし捻じ曲げた。
「ぬっ……おおっ!?」
 関節外し。焔は片手の切り払いを待っていた。右手首の関節を外された一道は蹲る。次いで、機を逃さず焔が顔面に蹴りを入れる。
「ぐっ……があああっ!!」
 目玉に爪先が刺さる。耐え兼ねた一道は、もんどりを打つ。
「これでもっ……」
 一道を再起不能にする道は遠い。このまま、天守へ駆け上がる算段も思い浮かんだ。
「一道殿!!」
 その時であった。騒ぎを聞き付けたか、報告の為か、兵の一人が駆け込んだ。兵は蹲る一道と、目の前に立つ赤毛の忍を見て、刀を抜こうとした。

「ぐっ、おおおおっ!!」
 息が苦しく、目が焼けるように熱い。赤毛の忍は今、何をして。一道は残った片目で眼前を見据えた。
「お、あ、ああ」
 血飛沫。視界の多くが紅に染まる。赤毛の忍が、逆袈裟に同胞を切り払った。一筋が放射状に広がり、畳の藺草の香りに鉄の匂いが混じる。その身体が、ゆるりと倒れた。
「……おお」
 数多くの同胞の、友の死に様を見てきた。より酷く、惨たらしく、怖気すら忘れる程の戦場を駆け抜けた筈であった。
「助け、られなかった」
 そう考えて、そう思って、なお、理解出来ぬ熱さが身体を駆け巡った。

「貴様ァァッ!!」
 絶叫。一道は使えなくなった右手の関節を乱暴に左手で掴むと、畳へと思いっきり叩き付けた。
「……っ!!」
 焔は気迫の余りに動けなくなった。一道はゆっくりと立ち上がると、右手の指をゆっくりと動かし始める。無理矢理、関節を戻したのだ。
「許さんぞ、赤毛の忍!!」
 焔を睨み付ける眼は血液で紅く色付きつつも、再生を始めていた。彼は、確実に人の域を超えようとしている。
「うっ!?」
 焔は脚を引こうとしてしまった。後退ろうと。意識は彼を討ち倒そうと考え。身体は逃げ出そうと考えた。その解離は一瞬の隙を生んだ。
「このっ、忌み子があああっ!!」
 一道は隙を逃さず突進し、焔の襟元に掴み掛かった。勢いのまま振り回すと、畳へと引き倒した。
「が、はっ……」
 焔は吐血した。目の前がチカチカと明滅する。明るさを取り戻す視界には、巨大に見えた足裏。震脚。
「潰れろぉ!!」
 焔の脇腹、既の所に脚が落ちた。一瞬遅れれば自身の身体は粉々になっていただろう。しかし、畳は無事ではなかった。
「うわっ!!」
「ぬっ!?」
 震脚により、畳ごと床板を突き抜けた。大穴が空き、二人は下の階へ落下する。
「う、らぁっ!!」
 焔は乱暴に鉤縄を放ると、ささくれ立つ畳に引っ掛かった。なんとか宙空で止まったが反動で肉体が軋み悲鳴を上げる。
「逃さんぞ!!忍っ!!」
 一道の大きな右手が宙に下がった焔の背を捉えようとする。刀であれば一突きで死ぬ距離にも関わらず、一道はそれをしなかった。理性は既に飛びつつある。極度の興奮状態にあるのだろう。
「ん、うっ!!」
 身体のバネを使い避けたが、背中の肉が削げる感覚があった。痛みに顔を歪める。だが、焔は勢いのまま手の届かない所へよじ登る。
「殺してやる!!逃げられると思うな、忍!!」
 焔が畳に這い蹲る頃には、階下の足音は遠ざかった。間もなく、一道は焔を殺しに来るだろう。
「はぁっ、はぁっ……打つ手無し、か」
 這った指先には、ぬるりとした感触。
「……うぅ」
 自身が殺めた兵の遺体が、そこには転がっていた。
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