【完結】狐と残火

藤林 緑

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赤毛の忍と一つの道

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「……人が少ない」
 焔は空いた部屋から天井裏へ忍び込むと、鼠のように這いつくばっていた。天井裏からでも城内の構造を知る事が出来る。彼女は階上、そして階下に気を配る。しかし、廊下辺りに潜伏しても人通りは少ない。
「……?血生臭い」
 廊下の天井裏、その先の広間から血の匂いが漂ってきた。ただ、その匂いはごく薄い。焔は天井で軋み音を発せぬように近付く。匂いの最も香る場所は天井が脆いようで、所々小さな穴が空いていた。焔は、そこから広間を覗き込んだ。
「っ!!」
 彼女の瞳が映したのは、数多の負傷兵であった。彼等は武器庫と修練場が一緒になった広間にて横たわり、お互いの傷を治療していた。
「……クソっ、菘の馬鹿共め」
「おい、水、水をくれ」
「痛ぇ!!もっと優しくしろよ!!」
「俺、もう駄目かもな」
「気をしっかり持て!!」
 そこで焔が気付く。何故、隆豪が薺国襲撃の命を出したか。妖怪の存在を認知していながら、襲撃を急いだか。それは、薺の兵が弱っているからである。先日の菘国の夜襲で規模は小さくとも、薺の兵は負傷していた。菘の兵は強豪揃い。それを全滅させる程の戦い。勿論、菘兵も無抵抗のまま蹂躙された訳では無い。怪我人は、多く出る。
「……戦上手って、姑息なだけでは」
 焔は城主の顔を思い浮かべた。恐らく、動ける兵だけで薺城は守られている。この機会を逃す手は無いのだろう。焔は城主の命を果たすべく、上階へ向かった。

 上階へ上がると、耳に振動が伝わる。何者かが闘っている。徐々に近付く音に驚き、焔は一室へ隠れた。
「っ!?」
 視界の陰からの攻撃。首へ鎖が巻き付く。焔は手首を鎖と首の間に突っ込む。呼吸を止める事だけは回避する。そのまま彼女は引き倒される。
「がっ!?」
 身体を襲う衝撃。しかし、追撃はない。顔を動かすと、焔の顔が驚愕の色に染まる。
「じ、仁之助っ!!」
「す、すまん。敵だと、勘違いした……」
 焔を引き倒したのは仁之助の鎖鎌であった。その鎖鎌を目で追っていくと、真っ赤な血で染まった仁之助が座り込んでいた。その血は薺の兵のものと、仁之助のものが混じっている。焔は仁之助に駆け寄った。
「……爺ちゃんの、足手まといに、なってしまった」
「仁之助、血が……」
「大した傷ではないけど、動くの、しんどいんだよ」
 彼の傷は幾つかあったが、太腿の傷が深い。移動に支障があるのは明らかであった。処置をしようと焔は仁之助に寄り添おうとした。
「……なんで止めるの」
「俺がやるから、それより、任務を」
 処置の手は仁之助自身により払われた。彼は息を整えると、焔に笑い掛けた。
「あとは、どうにかするから……。務めを果たしてくれ」
「わかった」
「多くの兵が、この階を守っていた。今、爺ちゃんが敵を引き付けている。上が、最後の砦らしい。気を付けて」
 焔は手持ちの傷薬等をその場に置くと、部屋の天井を刀の鞘で打ち抜いた。外れた板を弾き、鉤縄を掛け器用に登って行く。
「頼む、焔」
 焔は託された任務を果たすため、さらに上階へ進む。

 焔は天井裏から緩んだ床板を外した。天守の下の階。空気は静まり返っていた。焔は気配を殺しながら歩き、襖を開けた。
「……っ!!」
「赤毛の忍。情報は確かであったな」
 襖を開けた先。そこには畳の間、そして部屋の中心には鎧に身を包んだ男が座っていた。
「待っていれば、出会えると、定行様が教えてくださった」
「定行……」
「貴殿の察する通り、それが我等の仕える主の名前だ。定行様は、未来を見通す力を持っている」
 鎧姿の男は立ち上がる。
「私の名前は、一道と呼ぶ。一筋の道、という意味だ。薺国の将軍を任されている」
「……何を」
「定行様の話だと、私は赤毛の忍に負け、この国は滅ぶらしい」
「っ!?何を言いたい!?」
 焔の驚く様子に、一道と名乗った男は大笑いする。
「可笑しかろう?私も同じ気持ちだった。だが、定行様の力は確か。間違える筈も無い」
「……なら、退け」
「いいや、退かぬ。だから、私は死ぬのであろうな」
「どうして……」
「ならば、私でなければどうか!!」
 一道は言うと、懐から青い丸薬を取り出した。焔は丸薬に釘付けになる。
「それは!!」
「妖になるという薬。定行様もこれを飲み、国を救ってくださった。ならば、私も、薺の将軍もまた、国に命を懸けようぞ!!」
 一道は一息に丸薬を口に含み、噛み締める。焔は瞬間に踏み込んだ。刀を抜いて一直線に将軍の喉元、鎧の隙間に刀身を捩じ込んだ。
「っ!?」
 派手な音が響いた。金属と金属の擦れ合う音。焔に一道の大きな拳が迫る。後方へと跳び、それを避けた。
「そんな……」
「薺将軍、一道。参る」
 面を上げた一道の皮膚はどす黒く変色している。彼の足元では畳が軋みを上げていた。
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