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SS:新しい年号を迎えて
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凪の結婚式に参列するために遥々やってきた凪の母と祖父母は、かつてない程緊張していた。
凪の結婚相手である甲斐田章は女性恐怖症なので、別荘を借りて家族だけのこじんまりとした結婚式を行うと聞いていたのだが、駅まで迎えに来ていたリムジンに乗って連れて来られたのは、広大な敷地を持つ思った以上に立派な建物だったのだ。
荘厳な玄関に入ると、明日嫁ぐ凪が待っていた。家族から見ても、凪は輝くほどに美しくなったと感じられた。
「お母さん、それに、おじいちゃんとおばあちゃん。遠くから来てくれてありがとう。今日はね、ここに私たちだけで一泊する予定なの。結婚前の最後の夜だからって、皐月さんが用意してくれたのよ」
章は凪と離れることに少し抵抗したが、それでも凪のためだと皐月に説得されて許すしかなかった。
「凪、元気そうで良かった。それにしても立派なお屋敷だな。外の芝生なんてゴルフができそうなくらい広い。建物もいい木を使っている。こりゃ、かなり金がかかっているぞ」
凪の祖父は製材所に勤めていたので、木材の種類は把握している。この別荘は高級な木材を惜しげもなく使い建てられていた。
「そうでしょう? とっても素敵でびっくりするよね。お義母様の皐月さんの別荘だって。おじい様から贈られたらしいの」
「えっ? お義母様のものって、お借りしたのではないの?」
母親が驚いて聞き返した。
「そうよ。だから、皐月さんからお借りして、ここで結婚式を挙げことになったの。皐月さんはね、有名ブランドの素敵なウェディングドレスを贈ってくれたの。明日はそれを着るのよ」
「はぁ?」
母と祖父母は一斉に首を傾げる。
章は三月に卒業するまで勤労高校生だったはずだ。勤め先は工場で、いつも作業着を着て仕事をしていると言っていた。昨年の秋に会った章を思い出しながら、三人は何が起こったのかわからずにいた。
「凪、田舎者の貧乏人の娘で学歴もないと、章君のお母さんにいじめられたりしいない?」
かつて、凪の母は義母からそのように責められ続け、夫には若い部下と浮気され、疲れ果てて凪を抱えて婚家から逃げ帰ってしまったのだ。母親にとっては金持ちはトラウマに他ならない。
凪の父親の実家は東京に家を持っているというだけで、ことさら金持ちという訳でもなかったが、義母に格が違うと言われ続けていた母親は、金持ちの代表のように感じていた。
「まさか。皐月さんは私とは金銭感覚がちょっと違うけれど、とても良くしてくれるのよ」
金銭感覚はちょっとどころか、盛大に違うが、ここまで違うと争うこともできないので、却ってうまくいくのではないかと凪は思っている。それでも、母親を心配させたくなくて、ちょっとということにしておいた。
「それならばいいけれど。ね」
やはり母親は不安そうに広い玄関ロビーを見渡した。
「それではお部屋にご案内します」
明日の結婚式の用意と、凪たちの世話をするために、この別荘に二十人ほどの男性スタッフが働いていた。本日の夕食も彼らが用意してくれるらしい。
「あぁ、落ち着かない」
母親は部屋で二人きりのなると同時に思わず声を上げた。
二人が泊まるゲストルームは、とても豪華で広い。庶民にはとてもくつろげる雰囲気ではなかった。
しかし、明日凪たち夫婦が泊まる予定のオーナールームは、ここよりもっと広い。凪も不安になってくる。
「やっぱり庶民の居場所ではないよね。おじいちゃんたち、大丈夫かな」
凪の祖父母は違うゲストルームに案内されていた。
「そんなことより、章君って何者なのよ。工場で働いている庶民ではなかったの?」
章が働きながら高校へ通っていると聞いて、凪の母親は自分たちより貧乏な家庭に育った男性なのだと思っていた。だから、凪が馬鹿にされることはないと安心していたのだ。
「章は普通の工場勤務者だよ。お給料も私がスーパーで働いていた頃と同じくらいだしね。だけど、実家がとてもお金持ちらしいの。でも、私たちは章のお給料だけで生活しているから、実家は関係ないって章が言うのよ。だから安心して」
「安心してもいいのかしらね。ここだけで、いくらするのか想像もつかないし」
下世話だと思いつつ、母親は高価そうなアンティークの家具を眺めて、値段を推し量ろうとしていた。
凪もため息をつく。この部屋だけでも凪の実家の小さな一軒家よりはお金がかかっていそうだ。
「あのね。父親とその母親に会ったの。それで、養育費を払うと言われたけれど、腹が立ったので断った。でもでもよく考えてみると、あのお金はお母さんとおじいちゃんたちのものだよね。父親が出すべきお金をお母さんとおじいちゃんが出して私を育ててくれたのだから。勝手に断ってごめんなさい」
父とは二度と会うつもりはない凪だったが、養育費のことだけが気がかりだった。これから老いていく祖父母を抱えている母は、いつ働けなくなるかもしれない。お金はあって困るものではないし、当然受け取る権利があるものだ。
「あんな男のお金なんて要らないから、凪が気にすることないからね。どんなに困っても、あいつの世話だけにはならないわよ」
「もし困ることがあれば、私も働くからね」
凪は母が養育費を要らないと言ってくれたので、安堵していた。そして、自分が働くことで何とかなるだろうと思っていた。
「凪には頼ったりしないからね。私の兄もいるし、どうにだってなるから。それより、今日年号が変わったけれど、結婚式は明日なのね?」
ゴールデンウィークに結婚式を挙げると聞いて、五月一日だろうと母親は思っていた。
「うん、章がね。記念日は自分たちだけの日が良いって。だから、結婚式は五月二日になったの」
凪はそう言って幸せそうに笑う。
「ねぇ、凪は今幸せ?」
凪の表情を見て、訊かなくてもわかると思う母親だったが、あえて訊いてみた。
「もちろんよ。章は働き者で優しいし、絶対に浮気なんてしないから。これ以上の旦那様はいないと思う」
凪は即答する。
「凪は幸せなら、私たちも、この金持ちの雰囲気に耐えなければね」
しかし、そう言った母親はすぐに後悔することになる。
夕食は凪たち四人のためだけに、有名レストランのオーナーシェフが腕を振るうことになっていた。そして、何人ものスタッフがサーブする料理を凪たちは食べる羽目になる。
美味しいはずのとりどりの豪華な料理を食べながら、母親と祖父母は、卵かけご飯が食べたいと思っていた。
凪の結婚相手である甲斐田章は女性恐怖症なので、別荘を借りて家族だけのこじんまりとした結婚式を行うと聞いていたのだが、駅まで迎えに来ていたリムジンに乗って連れて来られたのは、広大な敷地を持つ思った以上に立派な建物だったのだ。
荘厳な玄関に入ると、明日嫁ぐ凪が待っていた。家族から見ても、凪は輝くほどに美しくなったと感じられた。
「お母さん、それに、おじいちゃんとおばあちゃん。遠くから来てくれてありがとう。今日はね、ここに私たちだけで一泊する予定なの。結婚前の最後の夜だからって、皐月さんが用意してくれたのよ」
章は凪と離れることに少し抵抗したが、それでも凪のためだと皐月に説得されて許すしかなかった。
「凪、元気そうで良かった。それにしても立派なお屋敷だな。外の芝生なんてゴルフができそうなくらい広い。建物もいい木を使っている。こりゃ、かなり金がかかっているぞ」
凪の祖父は製材所に勤めていたので、木材の種類は把握している。この別荘は高級な木材を惜しげもなく使い建てられていた。
「そうでしょう? とっても素敵でびっくりするよね。お義母様の皐月さんの別荘だって。おじい様から贈られたらしいの」
「えっ? お義母様のものって、お借りしたのではないの?」
母親が驚いて聞き返した。
「そうよ。だから、皐月さんからお借りして、ここで結婚式を挙げことになったの。皐月さんはね、有名ブランドの素敵なウェディングドレスを贈ってくれたの。明日はそれを着るのよ」
「はぁ?」
母と祖父母は一斉に首を傾げる。
章は三月に卒業するまで勤労高校生だったはずだ。勤め先は工場で、いつも作業着を着て仕事をしていると言っていた。昨年の秋に会った章を思い出しながら、三人は何が起こったのかわからずにいた。
「凪、田舎者の貧乏人の娘で学歴もないと、章君のお母さんにいじめられたりしいない?」
かつて、凪の母は義母からそのように責められ続け、夫には若い部下と浮気され、疲れ果てて凪を抱えて婚家から逃げ帰ってしまったのだ。母親にとっては金持ちはトラウマに他ならない。
凪の父親の実家は東京に家を持っているというだけで、ことさら金持ちという訳でもなかったが、義母に格が違うと言われ続けていた母親は、金持ちの代表のように感じていた。
「まさか。皐月さんは私とは金銭感覚がちょっと違うけれど、とても良くしてくれるのよ」
金銭感覚はちょっとどころか、盛大に違うが、ここまで違うと争うこともできないので、却ってうまくいくのではないかと凪は思っている。それでも、母親を心配させたくなくて、ちょっとということにしておいた。
「それならばいいけれど。ね」
やはり母親は不安そうに広い玄関ロビーを見渡した。
「それではお部屋にご案内します」
明日の結婚式の用意と、凪たちの世話をするために、この別荘に二十人ほどの男性スタッフが働いていた。本日の夕食も彼らが用意してくれるらしい。
「あぁ、落ち着かない」
母親は部屋で二人きりのなると同時に思わず声を上げた。
二人が泊まるゲストルームは、とても豪華で広い。庶民にはとてもくつろげる雰囲気ではなかった。
しかし、明日凪たち夫婦が泊まる予定のオーナールームは、ここよりもっと広い。凪も不安になってくる。
「やっぱり庶民の居場所ではないよね。おじいちゃんたち、大丈夫かな」
凪の祖父母は違うゲストルームに案内されていた。
「そんなことより、章君って何者なのよ。工場で働いている庶民ではなかったの?」
章が働きながら高校へ通っていると聞いて、凪の母親は自分たちより貧乏な家庭に育った男性なのだと思っていた。だから、凪が馬鹿にされることはないと安心していたのだ。
「章は普通の工場勤務者だよ。お給料も私がスーパーで働いていた頃と同じくらいだしね。だけど、実家がとてもお金持ちらしいの。でも、私たちは章のお給料だけで生活しているから、実家は関係ないって章が言うのよ。だから安心して」
「安心してもいいのかしらね。ここだけで、いくらするのか想像もつかないし」
下世話だと思いつつ、母親は高価そうなアンティークの家具を眺めて、値段を推し量ろうとしていた。
凪もため息をつく。この部屋だけでも凪の実家の小さな一軒家よりはお金がかかっていそうだ。
「あのね。父親とその母親に会ったの。それで、養育費を払うと言われたけれど、腹が立ったので断った。でもでもよく考えてみると、あのお金はお母さんとおじいちゃんたちのものだよね。父親が出すべきお金をお母さんとおじいちゃんが出して私を育ててくれたのだから。勝手に断ってごめんなさい」
父とは二度と会うつもりはない凪だったが、養育費のことだけが気がかりだった。これから老いていく祖父母を抱えている母は、いつ働けなくなるかもしれない。お金はあって困るものではないし、当然受け取る権利があるものだ。
「あんな男のお金なんて要らないから、凪が気にすることないからね。どんなに困っても、あいつの世話だけにはならないわよ」
「もし困ることがあれば、私も働くからね」
凪は母が養育費を要らないと言ってくれたので、安堵していた。そして、自分が働くことで何とかなるだろうと思っていた。
「凪には頼ったりしないからね。私の兄もいるし、どうにだってなるから。それより、今日年号が変わったけれど、結婚式は明日なのね?」
ゴールデンウィークに結婚式を挙げると聞いて、五月一日だろうと母親は思っていた。
「うん、章がね。記念日は自分たちだけの日が良いって。だから、結婚式は五月二日になったの」
凪はそう言って幸せそうに笑う。
「ねぇ、凪は今幸せ?」
凪の表情を見て、訊かなくてもわかると思う母親だったが、あえて訊いてみた。
「もちろんよ。章は働き者で優しいし、絶対に浮気なんてしないから。これ以上の旦那様はいないと思う」
凪は即答する。
「凪は幸せなら、私たちも、この金持ちの雰囲気に耐えなければね」
しかし、そう言った母親はすぐに後悔することになる。
夕食は凪たち四人のためだけに、有名レストランのオーナーシェフが腕を振るうことになっていた。そして、何人ものスタッフがサーブする料理を凪たちは食べる羽目になる。
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