上 下
26 / 29
宰相令息編

3.副所長を誘う(アンナリーナ)

しおりを挟む
 騎士団から帰宅した義兄はいつになく嬉しそうだった。
「騎士の隊服を着用して音楽会へ行くという条件で無事休暇をもらえたんだ。あと、豊穣祭が終わるまで街をうろうろしていろと命じられけど」
 それは半分仕事なのではないかと思ったけれど、当日はかなりの人出らしいので、警備する騎士が足りないのかもしれない。ちょっと頼りない義兄だけど、いないよりましだと騎士団に思われているようなので、解雇される心配は今のところなさそうだ。

「兄様には隊服が似合っていると思うの。ライザさんだってきっとそう感じるはずよ。だから、音楽会の後、ライザさんを街へ誘いましょう。そうしたら一緒に街をうろうろできるのよ」
 騎士の格好をしていれば、少しは強く見えそう。悪くないと思うのよね。

「だけど、本当に豊穣祭にライザ様を誘ってもいいものなのか? やっぱり駄目な気がする。俺みたいな男と祭りに行くなんて、嬉しいはずはないし」
 最初は嬉しそうにしていた義兄だが、段々と落ち込んでいく。相変わらず卑屈でちょっと鬱陶うっとうしい。

「兄様、私は何もしませんからね。ライザ様を誘いたいのなら、ご自分で頑張ってくださいね」
「そ、そんな、無理だから。俺がそんなこと」
「私も頑張るのよ。明日はガイオ副所長を音楽会に誘うの。もし断られたら、兄様がライザ様をエスコートする大義名分がなくなってしまうわよ」
「ぜひ、頑張ってくれ!」
 やっぱりライザさんをエスコートしたいのね。それなら、自分でも頑張ってほしい。
「自分は何もしないくせに、私だけに頑張れというのね。そんな根性なしの兄様なんて嫌いよ」

「わ、わかった。アンナリーナがガイオ副所長を誘うことに成功したら、俺だって、ライザ様を誘ってみるから……」
 義兄の語尾が段々と消えていく。本当にライザ様を豊穣際に誘うなんてことができるのか怪しいけれど、やる気になってくれたのなら、それは嬉しい。
 だって、ライザさんがお義姉様になるなんて、こんな素敵なことはないわ。義兄には勿体無さすぎる女性だと思うけれど、ここは頑張ってほしい。


 翌日、出勤するとガイオ副所長が声をかけてくれた。
「アンナリーナ、ちょっといいか?」
「はい! 副所長」
 昨日パルミラに言われたことで少し緊張してしまうが、胡麻化すためにもできるだけ元気な声を出した。
「気持ちがいい返事だ。アンナリーナは今日も元気だな。ところで、君が育てたハーブなのだが、音楽院に試してもらったところ、喉の調子がすこぶる良くなったらしい。それで、豊穣祭の前に行われる音楽会に君を招待したいとのことだ。どうだ? 君の兄上とでも一緒に行かないか? しかし、ベルトルド殿は豊穣祭の警備で忙しくて休暇をとれないかな」
「あの、私もクレイヴン侯爵夫人からご招待されていまして。先日、侯爵邸へ伺ったのですが、その時公爵夫人から魔力草の薬効を褒められたのです。それで、指導したガイオ副所長と一緒に音楽会へ参加しないかと誘われました。兄はライザさんをエスコートすることになっております。だから、副所長がエスコートしてくださいませんか?」
 ちゃんとガイオ副所長を誘うことができた。頑張った私を褒めてほしい。

「そうか。あのベルトルド殿がライザ嬢をエスコートするのか? あの薬草採取の時が切っ掛けだよね? ベルトルド殿の酷い怪我には驚いたけど、無事だったし、二人が仲良くなったのなら怪我の功名というやつだな。ライザ嬢ならベルトルド殿に相応しいと思うぞ。ところで、君のエスコートは本当に私でいいのか? 他に良い男性がいるのではないか?」
「私はガイオ副所長と音楽会へ行きたいです。迷惑ですか?」
 ガイオ副所長に本心を伝えることができた。私は頑張った。
「しかし、私と一緒に現れたりしたら、君が皆から笑われることになるかもな」
 義兄ほどでもないけれど、ガイオ副所長もかなり卑屈だった。周りのことなど気にしない人だと思っていたので少し意外だ。

「副所長は私と音楽会に行くのは嫌ですか?」
「そんなことはないぞ。アンナリーナのような可愛らしい女性をエスコートするのはとても光栄なことだ」
 同じように卑屈だと思っていたけれど、こんなことをさらっと言えるなんて、やはり副所長は義兄とは大違いだった。義兄はこんなこと絶対に口にしないだろうから。

「ところで、副所長。ライザさんが兄に相応しいとかおっしゃったような気がしたのですが、いくら何でもそれはちょっとあり得ないと思います。身内なので応援したいのですが、ライザさんの理想とはかけ離れているので」
「ライザ嬢の理想は軟弱な男なのか? まあ、そういう女性もいるのだろうな」
「いいえ、強くて頼りになる男性が理想だそうですよ。兄とは全然違いますよね」
「君はベルトルド殿のことをあまり知らないのだな?」
「えっ?」
「気にしないでくれ。そのうちわかる。それでは音楽会を楽しみにしているぞ」
 義兄のことが少し気になったけれど、それより、ガイオ副所長に楽しみだって言ってもらえてとても嬉しい。


 それから数日後、最強の騎士様が現場復帰を果たしたらしく、王都の治安が良くなったとパルミラが喜んでいた。
「豊穣際に間に合って良かったですね。治安が悪いままだと、お祭りを楽しめませんものね」
「でも、そんなに強い騎士様でも怪我をするのよね。あの頼りない兄様が騎士なんてしていて本当に大丈夫なのかしら」
 この前も怪我を負っていたし、このまま騎士を続けていると、命の危険もあるかもしれない。
「たしかに、ベルトルド様は強そうに見えませんし、王都には悪い人たちも多いですからね」
 パルミラも心配そうだ。
「早くお給金をもらえるようになって、兄様には安全な部署に異動してもらわなくては」
 内勤になれば給金は減るかもしれないけれど、お金のために危険な仕事を続けるなんて嫌だ。幼い時にたくさんの辛い経験をした義兄だもの。これ以上辛い目に遭ってほしくない。
「そうですね。王都にも慣れ、安くて新鮮な食材を扱っている店をいくつか見つけましたので、今まで以上に節約できると思います。どうか、ベルトルド様の安全を優先してください」
 パルミラも頷きながら同意してくれた。


 そして、豊穣祭の日がやってくる。
 音楽会は午前中に開かれる。午後には豊穣祭の大きな舞台で、聖歌隊のエミリ様が独唱を捧げるのだ。天使の歌声とうたわれているほど素敵な声という。聴くのが本当に楽しみ。
 私が育てたハーブがそんな彼女の喉を癒しているのだと思うと少し誇らしい。

 それに、更に嬉しいことがあった。なんと、ガイオ副所長がドレスを贈ってくれたのだ。若草色のドレスはとても気に入っている。だって、副所長の髪の色だから。
 パルミラも張り切ってドレスを着付け、髪をゆるく結い上げてくれる。いつもはしない化粧も施してもらった。

「アンナリーナ、とても可愛いよ。まるで野菜の妖精のようだ」
「兄様、ありがとう」
 全ての用意が済んで一階に降りると、待っていた義兄が私を褒めてくれるけれど、ちょっと表現が微妙だ。花ではなくて野菜の妖精って何なの? 野菜も大好きだからいいけどね。

「お、俺は変じゃないか?」
 義兄はかなり緊張しているみたい。
「いつもの隊服ではないですか? 変も何もないですし」
「そ、そうか」
 やっぱり褒めた方が良かったの。でも、下手に褒めると、かえって卑屈になることもあるし。


「ガイオ副所長様って、本当に素敵な方なのですね」
 馬車が着く音がして、迎えに出ていたパルミラが興奮した様子で戻ってくる。そして、その後ろから副所長がやってきた。
 副所長は髪をちゃんと整えている。服もいつものよれよれの白衣じゃない。何だか立派な貴公子に変身している。

「あ、あの……」
 それ以上言葉が出てこなかった。緊張している義兄を笑えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強の薬師、婚約破棄される〜王子様の命は私の懐の中〜

岡暁舟
恋愛
代々薬師として王家に仕えてきたボアジエ公爵家。15代当主の長女リンプルもまた、優秀な薬師として主に王子ファンコニーの体調を整えていた。 献身的に仕えてくれるリンプルのことを、ファンコニーは少しずつ好きになっていった。次第に仲を深めていき、ついに、2人は婚約することになった。だがしかし、ある日突然問題が起きた。ファンコニーが突然倒れたのだ。その原因は、リンプルの処方の誤りであると決めつけられ、ファンコニー事故死計画という、突拍子もない疑いをかけられてしまう。 調査の指揮をとったのは、ボアジエ家の政敵であるホフマン公爵家の長女、アンナだった。 「ファンコニー様!今すぐあの女と婚約破棄してください!」 意識の回復したファンコニーに、アンナは詰め寄った。だが、ファンコニーは、本当にリンプルが自分を事故死させようと思ったのか、と疑問を抱き始め、自らの手で検証を始めることにした……。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!

美月一乃
恋愛
 前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ! でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら  偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!  瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。    「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」  と思いながら

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

精霊に転生した少女は周りに溺愛される

紅葉
恋愛
ある日親の喧嘩に巻き込まれてしまい、刺されて人生を終わらせてしまった少女がいた 。 それを見た神様は新たな人生を与える 親のことで嫌気を指していた少女は人以外で転生させてくれるようにお願いした。神様はそれを了承して精霊に転生させることにした。 果たしてその少女は新たな精霊としての人生の中で幸せをつかめることができるのか‼️ 初めて書いてみました。気に入ってくれると嬉しいです!!ぜひ気楽に感想書いてください!

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...