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第56話:大商人マルキン

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サラの買い物に付き合って、高級魔道具店にやってきた。
ボクが採掘して研磨したガルネット宝玉を出していたら、店内が騒然となる。

「申し遅れました。私はこの魔道具店を経営者マルキンと申します! よかったら奥の特別応接室で、お話をいたしませんか、お客様? さぁ、こちらへどうぞ!」

高級魔道具店の経営者マルキンさんに、かなり強引に案内される。
案内されたのは、店の最上階にある応接室。高級そうなソファーの腰を下ろすように、勧められサラと一緒に座る。

「お客様、改めて私は当マルキン魔道具店の主をしております、マルキンと申します」

「あっ、はい。ボクはハルクといいます。えーと、駆け出しの冒険者をしています」

名乗られたからには、こちらも名を伝えるのが礼儀。ハメルーン国から来たのは、とりあえず言わないでおく。

「おお、ハルク様……なんという素晴らしいお名前! とても素晴らしい響きでございますね!」

「ありがとうございます。ところで、どういう用件ですか?」

マルキンさんは大商人なのに、かなり腰が低い。でも高級な応接室は緊張するので、ボクは早く本題を聞いて早く帰りたかった。

「おお、そうでしたね! 実は当店では魔道具と共に、宝玉も取り扱っておりまして……できればハルク様の素晴らしいガルネット宝玉を、冥途の土産に見せていただければ幸いと思いまして」

「えっ、さっきのですか? それならお安い御用です」

ガルネット宝玉はリュックサックの中に入れたまま。マルキンさんに手渡す。

「はい、どうぞ」

「ええ、いいのですか⁉ 初対面の私にいきなり、こんな高級なモノを手渡して⁉」

「えっ? はい。見るだけなら別に構いません」

マルキンさんは目を見開いて驚いていたけど、特に問題はない。何しろボクにとってガルネット宝玉は、“少しだけ綺麗な石”の価値しかないのだ。

「な、なんという豪胆さ……では、拝見いたします。おお、これは……」

宝石を見るルーペで、マルキンさんはガルネット宝玉を確認していた。確認しながら何度も『おー! これは⁉ おおお!』と感動の声を上げている。

しばらく確認してから、マルキンさんは深い息を吐き出す。そして急に真剣な顔になる。

「いきなりで申し訳ありませんが、ハルク様。是非とも、この宝玉を私にお売りください!」

「へっ?」

いきなりの申し出に、思わず変な声が出てしまう。
下の売り場には沢山の宝玉があった。どうしてボクみたいな鍛冶師が研磨をした宝玉を、大きな魔道具店の当主様が欲しがるのだろう?

そんな疑問に答えるかのように、マルキンさんは言葉を続けてくる。

「私は数十年、宝玉を取り扱ってきました。ですが、これほど素晴らしい大きさのガルネット宝玉は見たことはありません! そして何より素晴らしいのは、このカットと研磨の技術の高さです! ウチの最高職人はもちろん、大陸の最高位の職人でも、これほど見事な技術はございません!」

なるほど、そういうことか。
ボクが施した鍛冶師として技術を、マルキンさんは高く評価してくれていたのだ。

宝玉は専門職ではないが、手先の技術を褒められることは、気分は悪くはない。
あとマルキンさんの腰が、妙に低い褒め方は、とても良い気分なるのだ。

「いやー、照れます」

思わず頭をかいて照れ隠しする。
身分ある人に褒められたことはあまりない。技術に対して評価を受けるのは、何ともいえない高揚感があるのだ。

……ニヤリ

ん?
気のせいか、今マルキンさんが不敵な笑みを浮かべた気がした。
でも顔は先ほどと同じように、満面の笑みでボクを称えている。さっきのは気のせいだろう。
とりあえず返事をしないと。

「えーと、その宝玉は他にもある……ではなく、特に使用目的はないので、譲ることも可能です」

他にも何個か研磨したガルネット宝玉を、収納に入れてある。サラのお婆さんにはそっちを渡せば問題ないだろう。

「な、なんと⁉ 検討していただけるのですか⁉ それでは早速、値段交渉に入りましょう!」

マルキンさんは一枚の紙を取り出し、ペンで値段を書いていく。
丸が沢山ある凄く大きな数字。ガルネット宝玉の買い取り値段を、マルキンさんは提案してきたのだ。

「この値段でどうでしょうか、ハルク様!」

「えーと、なるほどです。ふむふむです……」

困ったことが発生した。
ボクは『ガルネット宝玉の適正価格』をまったく分からない。とりあえず考えているフリをする。

マルキンさんが提案してきたのは、とんでも大金だ。
ここで二つ返事了承したら、もしかしたらボクは失礼なことをしてしまうのもかもしれない。

この場合、どう答えた正解なのだろう?
あっ、そうだ。隣のサラにこっそり聞いてみよう。

「ねぇ、サラ。あのガルネット宝玉の適正価格って、いくらなの?」
「わ、私に聞かれて困ります。私が知っているのは、せいぜい小さい宝玉の価格だけです」

サラも小声で知らないと返事をしてくる。
これは本格的に困ってしまう。どう答えたら正解なのだろうか?

――――そう思った時だった。

応接室に一人の男性が飛び込んでくる。

「し、失礼します! 先ほどは大変、申し訳ございませんでした!」

飛び込んできたのは、先ほどの男性店員。部屋に入るなり、土下座をして謝ってきた。

「えっ……?」

突然のことで、思わず言葉を失ってしまう。一体何が起きたのだろうか?

「おい、エドワード! せっかくの商談の場に失礼だろうが! 早く出ていけ」

男性店員はエドワードという名なのだろう。雇い主のマルキンは顔を真っ赤にして激怒していた。

「も、申し訳ありません、マルキン様。ですが解雇だけはお許しを……私にはまだ幼い子どがいて、クビにされたら生活ができなってしまいます……」

「うるさい! キサマは大事な顧客……ハルク様とお連れ様に失礼な接客をしたのだろうが⁉ そんな無能のクビは当たり前だ!」

どうやらマルキンさんは部下に命じて、エドワードさんに解雇を言い渡していたらしい。急にクビにされて、エドワードさんは慌てて駆け込んできたのであろう。

「ハルク君……あの人、可愛そう……」

隣のサラが同情をしていた。
一家の大黒柱である急にクビになったら、エドワードさんの家族は路頭に迷う。心が優しいサラは本気で心配しているのだ。

「そうだね……よし」

こうなった傍観している場合ではない。意を決してボクはソファーから立ち上がるのだった。
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