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第一章 銀髪の侯爵令嬢

8話

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 朝、ふと目を覚ますといつもディルがリフィルナを覗き込んでいる。それがあまりにも見慣れた光景のため、今やどの使用人が目にしても何も驚かない。だがディルが眷属になりたての頃はちょくちょくリフィルナの部屋からメイドの悲鳴が聞こえてくるのが日課だったりした。単に蛇に驚いてという場合もあったが、大抵は蛇がいることを知ってはいても、小さいながらに同じく小さなリフィルナをまるで食べようとしているかのように覗き込んでいる様子に思わず悲鳴を上げてしまうようだった。
 どうやら普通の貴族は蛇を側におかないらしいとリフィルナが学習するのもおかげで早かった。ほぼ屋敷の中でしか過ごしていないのもあり普段はそれでも特に気にしなかったが、昨夜のような貴族ばかりが集まる場所ではコットンに言ったようにディルが人に見えないよう、姿を消してもらったりどこかへ行ってもらったりする配慮は一応リフィルナにもある。

「おはよう、ディル」

 ディルに笑いかけるとまるで言葉がわかるかのように、蛇は顔をリフィルナの頬に擦り寄せてきた。顔を洗ったりドレスを着せてもらったりする間、ディルは少し離れたところでリフィルナを見ている。食事などで他の家族と顔を否応なしに合わせる時はむしろディルはリフィルナの肩に乗ってそこから離れない。母親や姉は正直落ち着かないようだが、幻獣だけに父親が多いに許可しているためリフィルナも遠慮なくディルと一緒の食事を楽しんでいる。マナーに煩い両親もリフィルナが肩に乗っているディルに時折パンや何かを与えることに関しては叱りつけてくるどころか何も言わない。
 ちなみに出会った頃からちっとも大きくならないディルはそれでも普通なら肩に乗られると重いはずだろうに、体重をほぼ感じさせてこない。コルド曰く「幻獣だからそれくらいできるんだろ、こいつは」らしい。
 朝食を終え、午前中の勉強のために一旦部屋へ戻りながらリフィルナは昨日のことを思い出していた。
 友だちになってくれと言ってくれたアルはディルを見ても驚かなかった。
 しばらく喋っていると、どこからともなくディルが現れてリフィルナの肩に乗ってきたのだ。ほんの少しとはいえ離れていたディルが戻ってきてくれたことについ喜んでいたリフィルナだがすぐに我に返り、もしかしたら驚かれたり下手をすると気味悪く思われたりするのだろうかとほんの少し青ざめていると「綺麗な子だね」とアルは驚くどころか笑みを向けてくれた。大好きなディルを「綺麗な子」と言ってくれて、はっきり言ってリフィルナは凄く嬉しかった。何故かアルに対し威嚇音を出していたディルもそれ以降大人しくなり、ひたすらリフィルナにまとわりついてきていた。

「遺伝?」

 勉強が始まり、リフィルナは部屋にやってきた家庭教師を見る。

「はい、リフィルナ様。以前もそういった話をしましたね。今日はそれと似た内容になります。生物の持つ形や性質の特徴を形質というのですが、この形質が子や孫などに伝えられることを遺伝といいましたね。遺伝する形質のもととなるものが遺伝子であり、核の染色体にある。 遺伝子は一対となっていて両親からそれぞれ受け継ぐわけです」
「……前に習いましたね。でも受け継がない子もいるでしょう」

 自分の髪や目の色を思い、リフィルナは呟くように言った。隔世遺伝のことを前に習ったが、リフィルナはそれとも違う。フィールズ家の人間は皆茶色の髪に青の目をしているからだ。

「前にも言ったじゃないですか。無性生殖の遺伝ならもちろん親の体の一部がそのまま子になるから子は親と全く同じ遺伝子で全く同じ形質が現れるけれども、我々人間は有性生殖なので両親の遺伝子をそれぞれ半分ずつ受け継ぎますと。その親も自分の親から半分ずつ受け継いでいるんです。そっくりそのままになるわけではないのですよ。隔世遺伝しかり、です」
「そうですね、はい、そう習いました」

 だけれども現にリフィルナ以外は皆茶色の髪に青い目をしている。遺伝子の悪戯なら何て悪質な悪戯なのだろうとリフィルナは思った。

「丸としわ」
「はい?」

 突然先生がまたわけのわからないことを言いだしたのかとリフィルナは唖然とした顔を家庭教師へ向ける。生物を教えてくれる先生なのだが、時折難しすぎてかそれとも先生がそもそも変わっているのか、よくわからないことを言いだすことがあるため、驚きはないがどうしてもついていけなくて唖然としてしまう。

「エンドウの丸い種子の純系としわの種子の純系をかけあわせてできた子は全て丸い種子になったんです。ですがさらに子を自家受精させてできた孫は丸の種子としわ種子が3対1の割合で生まれました」
「は、ぁ」
「エンドウの種子の形、丸としわのように同時に現れない二つの形質を対立形質といいます。そして対立形質の純系どうしをかけあわせたときに子に現れる形質を優性形質、現れない形質を劣性形質といいます。優性形質の遺伝子をA、劣性形質の遺伝子をBとした場合、優性形質ではAAでもABでも現れるんです。ですのでAAとBBをかけあわせてできた子ABは全て優性形質となるわけだ」

先生が何を言いたいのかわからなくてリフィルナはただぽかんと先生を見るしかできない。

「ですが純系でないABの遺伝子を持つ子を自家受精させると組み合わせとしてできる体細胞はAA、AB、AB、BBとなります。そうするとさきほどの丸としわの割合ですが、3対1となります。以前話した隔世遺伝もこれにあたります。受け継がれる途中で絶対にBBという存在は発生するんですよ。ちっともおかしいことじゃない」
「せ、んせい。勉強になりました」

 ニコニコと笑みを向けてくる家庭教師に、リフィルナはぎゅっと唇を噛みしめて溢れてくる感情をなんとか堪えてから笑い返した。
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