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第一章 銀髪の侯爵令嬢
9話
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「そうそう、一見全然違う細胞を持って生まれるものがある反面、全く同じ遺伝子を持って生まれるものもあるんですよ」
そろそろ授業を終えようという時に家庭教師がふと思い出したかのように言ってきた。
「それは無性生殖の遺伝だからというのではなくて?」
「はい。ああ、親と全く同じということは有性ではまずないでしょうね。そうではなく、全く同じ兄弟が生まれるってことです」
「そんなこともあるんですか」
「はい。一卵性双生児ですね。双子や多生児ってやつです。我らが王子もそれですね」
「王子が?」
そういえばイルナが婚約した相手は「第一」王子だった。ということは少なくとも第二も存在することになるのだろうが、昨日のパーティでの挨拶にはいなかったような気がする。リフィルナには顔が見えなかったのでおよその姿しか把握していない。とはいえ王子が何人いるだとか、彼らが双子だとかは普通なら知っていて当然の事柄なのだろう。ただリフィルナは引きこもりである上に、勉強は両親が指示してきた教養に関することばかりなのもあり、この国の時事などは未だに疎い。自分の国の歴史すらリフィルナはあまり知らなかった。それもあり、この生物を教えてくれる少々風変わりな家庭教師は結構好きだったりする。どんどん横道にそれていって色んなことを教えてくれる。
「ええ。双子でも二卵性だと普通の兄弟と変わらないんですけどね。似てたり似てなかったりと。でも一卵性は一つの卵に一つの精子が受精した後、その受精卵が分かれて生まれたものです。なのでほぼ百パーセント同じ遺伝子を持つと言われています。性別も絶対に同じですね」
「へえ……すごいですね。見た目もそっくりなんですか?」
「そう、すごいですね。もちろん、見た目も瓜二つだと思いますね。親しい人なら見わけもつくと思いますが、一見どちらがとちらかは判断しにくいと聞いたことがあります」
「性格も同じになるのでしょうか」
「そこが面白いところですよ。全く同じ遺伝子に性別、そして同じ環境で生まれてくるのに、性格は普通の兄弟と同じように、似たところもあれば全然似てないところもある。元々生まれもつ性質なのか育つ環境で変わってくるものなのか。生き物は面白いですね」
突然熱く語り出す家庭教師に、リフィルナは思わず少々体を引く。
「そ、そうですね」
「とても素晴らしいことなのですが、残念ながら他の国では双子は不吉の象徴と言われることもあるようです。しかし。わが国では王族に時折こうして双子が生まれることもあり、そういったよくわからない偏見がありません。これまた素晴らしいことだと私は思っております」
家庭教師はまるで自分の功績であるかのように誇らしげに語っていた。
午前中の勉強を終えて昼食をとった後に少しゆったりと過ごしてから、リフィルナは中庭へ向かった。侯爵であるフィールズ家にも専属の騎士が何人かいる。午前中彼らは厳しい訓練などをこなしているが、午後からは大抵命令を受けた仕事をこなしたり、特に予定のない者は自発的に剣の技を磨いたりして過ごしていた。そんな彼らの好意に甘え、リフィルナは毎日ではないが剣を教えてもらっていた。
別に外出することもないし、眷属を持つ侯爵令嬢としていずれはどこかへ嫁がされるのだろう。もしくは王宮の王女などに仕える女官という名のモルモットとして差し出されるか。決して騎士などになれはしないし、普通そもそも令嬢は剣など扱うものではないらしい。とはいえこれも他の勉強と同じで自分が身につけておいて損はないだろうとリフィルナは考えていた。将来何があるかわからない。もしかしたら外出だってできるようになるかもしれない。例えそれが政略結婚の結果だったとしても自由に外出できるかもしれないし、何にせよこの先どうなるかなど誰にも、リフィルナにも当然わからない。だとしたら今、できることはやっておいたほうがいい気がする。
元々前向きな性格ではあったが、幻獣のディルがそばにいてくれるようになってからリフィルナはますますそれに拍車がかかるようになったかもしれない。もしかしたら、幻獣が自分を認めてくれたことで何らかの自信がついたのだろうか。
ただし剣に関しては両親や姉たちには内緒だった。バレたらきっと姉なら馬鹿にするか、両親なら反対してくるだろう。コルドにだけは話したが、コルドでさえ最初いい顔はしなかった。
「危ないよ」
「剣を扱ったことがないから危ないんだよ。ちゃんと習えば危なくないでしょ」
「何で習う必要がある? リィーは剣士にでもなりたいの?」
「そうじゃないけど……覚えておけるなら覚えておきたいなと。だって私、将来どうなるかわからないし、えっと、そう! 護身術!」
「え?」
「コルド兄様もよく言ってるじゃない。ちゃんと身を守る術を覚えておいたほうがいいって。剣なんて素晴らしい護身術じゃない?」
「いや、俺は女の子でも身につけられるちょっとした体術をだね……、……はぁ。まあいいよ。確かに覚えておいて損はないと思う。でも危険な目には合わせたくないから本格的に騎士とか目指すなよ?」
「ふふ、目指したくても目指せないよ」
結局リフィルナに甘いコルドが騎士長に話をつけてくれて今に至る。
最初はただ、ひたすら剣を振らされた。姉に比べてもかなり小柄な体格のせいで剣を振るだけでもなかなかうまくできなかった。おかげさまで手袋をしていても手は豆だらけになったし潰れた豆が痛くて何もできないこともあった。でも練習を始めてもう一年と少しになる。真面目にひたすら練習をこなすリフィルナに、最初は遠慮がちだった騎士たちも親身になってくれ、色々教えてくれるようになった。騎士の誰かやコルドと試合をしてもまだまだ勝てないが、ずいぶんうまくなったと自負している。今では豆が潰れて辛いといったこともなくなった。多分一般的な令嬢に比べて全く可愛げのない優しさのない手のひらになってしまったかもしれないが、リフィルナはそんな自分の手を愛しいと思っている。
そろそろ授業を終えようという時に家庭教師がふと思い出したかのように言ってきた。
「それは無性生殖の遺伝だからというのではなくて?」
「はい。ああ、親と全く同じということは有性ではまずないでしょうね。そうではなく、全く同じ兄弟が生まれるってことです」
「そんなこともあるんですか」
「はい。一卵性双生児ですね。双子や多生児ってやつです。我らが王子もそれですね」
「王子が?」
そういえばイルナが婚約した相手は「第一」王子だった。ということは少なくとも第二も存在することになるのだろうが、昨日のパーティでの挨拶にはいなかったような気がする。リフィルナには顔が見えなかったのでおよその姿しか把握していない。とはいえ王子が何人いるだとか、彼らが双子だとかは普通なら知っていて当然の事柄なのだろう。ただリフィルナは引きこもりである上に、勉強は両親が指示してきた教養に関することばかりなのもあり、この国の時事などは未だに疎い。自分の国の歴史すらリフィルナはあまり知らなかった。それもあり、この生物を教えてくれる少々風変わりな家庭教師は結構好きだったりする。どんどん横道にそれていって色んなことを教えてくれる。
「ええ。双子でも二卵性だと普通の兄弟と変わらないんですけどね。似てたり似てなかったりと。でも一卵性は一つの卵に一つの精子が受精した後、その受精卵が分かれて生まれたものです。なのでほぼ百パーセント同じ遺伝子を持つと言われています。性別も絶対に同じですね」
「へえ……すごいですね。見た目もそっくりなんですか?」
「そう、すごいですね。もちろん、見た目も瓜二つだと思いますね。親しい人なら見わけもつくと思いますが、一見どちらがとちらかは判断しにくいと聞いたことがあります」
「性格も同じになるのでしょうか」
「そこが面白いところですよ。全く同じ遺伝子に性別、そして同じ環境で生まれてくるのに、性格は普通の兄弟と同じように、似たところもあれば全然似てないところもある。元々生まれもつ性質なのか育つ環境で変わってくるものなのか。生き物は面白いですね」
突然熱く語り出す家庭教師に、リフィルナは思わず少々体を引く。
「そ、そうですね」
「とても素晴らしいことなのですが、残念ながら他の国では双子は不吉の象徴と言われることもあるようです。しかし。わが国では王族に時折こうして双子が生まれることもあり、そういったよくわからない偏見がありません。これまた素晴らしいことだと私は思っております」
家庭教師はまるで自分の功績であるかのように誇らしげに語っていた。
午前中の勉強を終えて昼食をとった後に少しゆったりと過ごしてから、リフィルナは中庭へ向かった。侯爵であるフィールズ家にも専属の騎士が何人かいる。午前中彼らは厳しい訓練などをこなしているが、午後からは大抵命令を受けた仕事をこなしたり、特に予定のない者は自発的に剣の技を磨いたりして過ごしていた。そんな彼らの好意に甘え、リフィルナは毎日ではないが剣を教えてもらっていた。
別に外出することもないし、眷属を持つ侯爵令嬢としていずれはどこかへ嫁がされるのだろう。もしくは王宮の王女などに仕える女官という名のモルモットとして差し出されるか。決して騎士などになれはしないし、普通そもそも令嬢は剣など扱うものではないらしい。とはいえこれも他の勉強と同じで自分が身につけておいて損はないだろうとリフィルナは考えていた。将来何があるかわからない。もしかしたら外出だってできるようになるかもしれない。例えそれが政略結婚の結果だったとしても自由に外出できるかもしれないし、何にせよこの先どうなるかなど誰にも、リフィルナにも当然わからない。だとしたら今、できることはやっておいたほうがいい気がする。
元々前向きな性格ではあったが、幻獣のディルがそばにいてくれるようになってからリフィルナはますますそれに拍車がかかるようになったかもしれない。もしかしたら、幻獣が自分を認めてくれたことで何らかの自信がついたのだろうか。
ただし剣に関しては両親や姉たちには内緒だった。バレたらきっと姉なら馬鹿にするか、両親なら反対してくるだろう。コルドにだけは話したが、コルドでさえ最初いい顔はしなかった。
「危ないよ」
「剣を扱ったことがないから危ないんだよ。ちゃんと習えば危なくないでしょ」
「何で習う必要がある? リィーは剣士にでもなりたいの?」
「そうじゃないけど……覚えておけるなら覚えておきたいなと。だって私、将来どうなるかわからないし、えっと、そう! 護身術!」
「え?」
「コルド兄様もよく言ってるじゃない。ちゃんと身を守る術を覚えておいたほうがいいって。剣なんて素晴らしい護身術じゃない?」
「いや、俺は女の子でも身につけられるちょっとした体術をだね……、……はぁ。まあいいよ。確かに覚えておいて損はないと思う。でも危険な目には合わせたくないから本格的に騎士とか目指すなよ?」
「ふふ、目指したくても目指せないよ」
結局リフィルナに甘いコルドが騎士長に話をつけてくれて今に至る。
最初はただ、ひたすら剣を振らされた。姉に比べてもかなり小柄な体格のせいで剣を振るだけでもなかなかうまくできなかった。おかげさまで手袋をしていても手は豆だらけになったし潰れた豆が痛くて何もできないこともあった。でも練習を始めてもう一年と少しになる。真面目にひたすら練習をこなすリフィルナに、最初は遠慮がちだった騎士たちも親身になってくれ、色々教えてくれるようになった。騎士の誰かやコルドと試合をしてもまだまだ勝てないが、ずいぶんうまくなったと自負している。今では豆が潰れて辛いといったこともなくなった。多分一般的な令嬢に比べて全く可愛げのない優しさのない手のひらになってしまったかもしれないが、リフィルナはそんな自分の手を愛しいと思っている。
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