絆の序曲

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43話

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 年が明けてからはひたすら受験一色だったような気がする、と灯は最後の試験を終えて机に突っ伏しながら思った。
 一月の共通試験を終えてから二次試験としていくつかの大学の試験を受けた。この間、初めの方に受けた大学の合格発表が届いてとりあえずホッとしつつ、全部終えた今の脱力感は半端ない。
 何気に携帯電話を見ると、梓からメッセージが来ていることに気づいた。

『試験お疲れ様。何時頃終わるかな。よかったら連絡欲しいな』

 そのメッセージにほっこりしつつ、灯は返信した。

『今終わりました。これから電車乗って帰ります』

 少しすると既読はついたのだがそのままだったので、恐らく向こうも授業中か何かだろうと灯は気にせず立ち上がる。
 受験が終わったのだと思うと、足元もふわふわしている感じがする。このま飛べるかもしれないなどと、自分でも馬鹿だなと思うようなことを呑気に考えながら、灯は駅へ向かった。
 電車は学生が多いものの比較的空いていたので心置きなく居眠りした。もう暗記帳などともおさばらだと思わず口元も緩みそうで、何とか顔を引きしめながらうたた寝した。

「おかえり」

 自宅の最寄り駅に着くと、まさかの梓が待っていてくれていた。

「っえ? あ、アズさんっ、何で。学校は……」
「学校はちゃんと終わらせてるよ。何でって、灯ちゃん今日で試験終わりでしょ? お疲れ様って顔を合わせて言いたかったんだ」

 梓がニッコリ笑う。その笑顔を見ると、何故か一気に力が抜けていく感じがした。先ほどまで電車で居眠りまでしていたというのに、まだ気を張っていたのかと自分をおかしく思いつつも、梓の存在がこんなに灯を寛げさせてくれるのだと改めて実感した。

「ありがとうございます! アズさん。お陰で癒されました」
「え、俺まだ何もしてないけど……」
「待っていてくださったじゃないですか」
「それだけで?」

 梓がおかしそうに、だが優しい笑みを向けてきた。
 それだけ、だろうか。わざわざ待っていてくれていることは「それだけ」なことだろうか。

「ものすごく十分です」

 灯は満面の笑みで梓を見上げた。梓もまた微笑む。

「そっか。改めて、お疲れ様。灯ちゃん」

 二人で歩きながら、とりとめのない話をした。灯の家が近くなってくると、梓がニッコリ灯の頭に優しく手を置いてくる。

「今日は帰ってゆっくりするといいよ」
「え?」

 思わず灯はポカンと梓を見上げた。確かに梓は「お疲れ様と顔を合わせて言いたかった」としか言っていない。だと言うのに何となくまだ一緒にいてくれるものとばかり思っていた。

「どうかした?」
「あ、いえ……。……えっと、アズさんはこのあと用事、ありますか?」
「夜、バイト入ってるくらいかなぁ。今日も灯ちゃんはまだ休みだよね。一人寂しく働いてくるよ」
「え……、な、何言ってんですか。普段だって大抵入れ違いなのに」
「俺にとってはね、少しでも顔を合わせる時間があるのとないのではかなり違うんだよ」

 ああ、それはなんとなくわかる。

 灯は思った。灯もあがる時間の前に梓と顔を合わせるのが楽しみだったりする。特に用事があるのでもなく、大して話す訳でもないのだが、「おはようございます」と顔を合わせて挨拶するだけでも気持ちが向上した。

「……バイト、あるなら駄目ですかね……」
「ん?」

 まだ少し離れがたいというか、一緒に話したりしたかった。受験から解放されて妙にふわふわとした気持ちを、梓といることでむしろ落ち着けたかった。
 とはいえ駅で待ってくれていた上にこれはわがままでしかないような気がして、灯はおずおずとした面持ちで梓を見上げる。

「すみません、もう少しだけ、話したりしたいです。駄目でしょうか。お茶、俺の家で飲んでいくだけでもいいので……」

 すると何故か妙な顔をして、梓が身動きせずに固まっている。

「アズさん?」

 呼びかけると、ようやくハッとしたような表情になり、梓は片手で額を押さえた。

「……灯ちゃん」
「はい」

 これは「ごめんね」と断りを入れられる感じだなと灯は内心少ししょげた気持ちになりながら返事をした。

「無防備なのは本当に気をつけて欲しいな……」
「は、い?」
「いや。お茶ね。いいよ。本当だったら受験お疲れ様会でもしたいところだけど、今日はゆっくりしたかったかなって思ったんだよ。とりあえずお祝いは今度しようね」
「いいんですかっ? しかも今度はお祝いもしてくれるんですか? ありがとうございます! お祝いなら俺、アズさんの演奏聞きたい」
「欲ないなぁ」
「めちゃくちゃありますよ」

 確かにゆっくりはしたいけれども、梓といると寛ぐだけでなく何だか嬉しくて、一人でいるより今は一緒にいたかった。
 家に上がってもらい、部屋へ案内する。自分にはほうじ茶だが、お茶と言いながらも梓にはコーヒーを淹れた。
 部屋でギターを弾くわけでもなければ特に大した話をするわけでもなかったが、灯は楽しいし嬉しかった。
 おまけにこの春休みが終わったら、灯も大学生になる。そうすれば年齢の差は変わらないが、ある意味梓と同じ位置になれるのだ、少しは並べるのだとふと気づき、さらに嬉しくなった。

 …………ああ。

 大学の話をニコニコしてくれている梓を見ながら灯はいまさらながらに理解した。

 俺、アズさんが好きなんだ……。

 ひたすら尊敬しているのだと思っていた。尊敬する相手として大好きな人なのだと。もちろん恋愛として好きなのだと気づいた今も尊敬している。だが尊敬し、こんな人になれたらと憧れるだけでなく、少しでも隣に近いところにいたいのだと思っていたことに、自分のことだというのに気づかなかった。ギターをあれほど必死に練習していたのも、ただひたすら音楽が好きだからだけだと思っていた。
 尊敬だけでなく、並べるなら並びたいのだ。近くにいられるならいたいのだ。
 好きだと言われてもずっと答えられなかった。最近はもうそういう好きでもいいのではと思うこともあったが、それは自分が自覚したのではなくて返事をしていない申し訳なさのためだったし、こんなささやかな状況で実感するとか、少し自分でも自分がよくわからないと思う。それともよくわからないのも恋愛ならではなのだろうか。

「灯ちゃん? どうかした?」
「え、っと。あの……」

 どう切り出せばいいのだろう。いきなり「好きです」と言っていいのだろうか。
 その時、ふと浮かんだことを灯は実行した。多分自覚したばかりで混乱していたのかもしれない。

「あ、かり……」

 初めて自分からしたキスはだが、少し目を瞑ってしまっていたせいで唇というよりは顎にしていたようだ。何とも格好つかない。唇を離して自分の微妙さが恥ずかしくて情けなくて赤くなっていると、少しだけポカンとしていた梓が「ねぇ、今のはどういう意味?」と優しく微笑みながら、顔を近づけてきた。
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