絆の序曲

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42話

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 冬休みに入ると、梓は灯と会う時間が増えた。ただし勉強会という名の下に、ではあるが。
 ギターの練習はたまの気分転換程度となり、勉強をするため会う機会が増えたということはすなわち、二人きりで会うことは減ったということだ。

「ここはこーでいーんじゃねーのか」
「そうなんだ? シュウこんなできるんなら別に俺に合わせた勉強、しなくていいんじゃ……」

 柊と灯の会話を聞いて、梓も「全くもってな」と心の中で灯にとても同意する。
 本当に勉強を教えるつもりなので、二人きりだったとしても余計なことはするつもりはない。極力。それでもそこに柊がいるのと二人きりとはやはりこう、雰囲気なり梓のモチベーションなりが違う。

 ……相変わらず家ではひたすら邪魔をする気だな。

 実際のところ、灯と家で完全にずっと二人きりだと梓としても自分の理性の限界に挑むことになるであろうし、柊がいるのは助かるといえば助かる。だが多少は二人きりにもなりたい。
 少し苦笑しながら梓も「俺もそう思うなぁ、柊」とにこやかに頷いておいた。柊は間違いなく梓の中身を読み取っているようで、「まあ復習にもなるしこれはこれで悪くねーよ」と笑いながら灯にわからないよう中指を立ててくる。まるでこの間、梓の一人暮らしについて話した時に全然こっそりにはなってないながらもこっそり泣いていた柊が夢のようだ。
 それでもあの時で恐らく、梓の気持ちは伝えられたような気がするし、柊がずっと気にしていたこともわかった気がした。
 家を出ても、自分たち家族の絆は切れない。
 とても簡単なことだが、柊はずっと不安だったのだろうし、梓も無意識ながらに自信なかった。今は間違いなく断言できるし、安心してその気持ちを持っていられる。
 世の中、血が繋がっていても自分のように思える家族ばかりではないだろう。梓は、何ていい親に貰われたのだろうと思うし、両親と柊が家族でよかったと思う。
 もちろん本当の親に捨ててもらってよかったなどとは思わないが、自分を不幸だと思ったことがない上で改めて幸せだと思った。
 クリスマスは少しばかり灯との進展を期待してみたが、向こうはむしろアルバイトで忙しく、通常運転だった。プレゼントを用意するとかえって気を使わせるかなと思い、わかりにくいよう手土産感覚で、美味しいと大学で聞いていた洋菓子を買って用意した。灯からは「れんが喜びます。ありがとうございます」と言われ、「うーん」と思いつつとりあえず微笑んでおいた。
 家族ともいつも通りだ。柊にはクリスマスプレゼントをあえて用意してみた。木ベラだ。とてつもなくふざけているようで、実はかなりこだわりの品を用意した。素材にもフォルムにもこだわりがある。梓は料理のことは全然わからないが、たまたま見たデザイン系の雑誌で見かけて注文していた。
 もちろんこだわりであっても木ベラなので千円もしなくて安い。木ベラのわりに高いのかもしれないが、気軽に買ってプレゼント出来る上に「木ベラ?」といった反応もありそうで、いいなと思えた。
 柊は案の定「は? 木ベラ?」と思い通り反応してくれた上に、じっとそれに触れて堪能しながら耳を赤くし、「何考えてんだ、木ベラって何だよゲームくらい寄越せ」などと言ってきて、梓としてはかなり満足だった。
 初詣は何とか灯と二人で詣でられた。鼻を少し赤くして白い息を吐く灯がかわいくて、つい手袋をしている手を握ったら予想以上に過剰反応されてしまい、とりあえず心の底から謝っておいた。告白をした時にキスをした事案が遠く感じられる。
 とはいえ、こんなに焦れるような純粋なつき合いしたことがなかったので新鮮でもある。それを帰って柊に言えば「死ね」と即答された後に生ぬるい目で見られた。

「そもそもお前、アカリとつき合ってねーから。妄想痛いぞ」
「妄想じゃない。限りなく近い将来、確実につき合ってるから。ごめんな」
「事実でもねーのに謝んなムッカつくなっ?」
「いやぁ、あはは」
「いやぁ、じゃねーよウゼェ……!」

 柊との言い合いすら、今では楽しい。
 年が明けると企業の説明会も始まり、三年の梓も順調に就職活動を進め始めた。早くも仕事は決まりそうで、梓はとりあえず両親にもちゃんと話すことにした。

「え、何故わざわざ家を出るの」
「決まりそうな職場は遠いのか?」
「いや、って言っても実際仕事が始まらないと正式な部署もわからないだろうけど、基本的には通える範囲じゃないかな」
「だったら……!」

 父親は黙って話の続きを待っているようだ。ショックを受けている母親に少し申し訳ない気持ちになるが、梓は続けた。

「改めて口にするの、凄い恥ずかしいんだけど……俺、父さんも母さんも大好きだよ。大好きで大切な家族だ。今まで育ててくれて、ありがとう」
「何言ってるの……そんなの……親なんだから当たり前でしょう……」
「うん……そうだね……」

 血が繋がっていても当たり前じゃない親だっている。本当に感謝しかないと梓は一瞬目を閉じた。

「ごめんな、母さん。ただの俺のわがままだよな。でも一人でやってみたいんだ。でも俺、結構ヘタレだからさ、一人暮らししてもちょくちょく帰ってくるかもだし、何かと頼るかも。わがままな上に、甘えさせてくれ」
「梓……」

 先ほどから体を震わせていた母親がとうとう泣いてしまった。多分悲しませてではないとは思うが、それでも母親を泣かせてしまい、梓はばつが悪かった。

「ごめんな、母さん。これからも大好きだよ。あと家にはちゃんとお金、入れるよ」
「馬鹿ね! そんなのいらないわよ……」
「そのお金はとりあえず貯金しておけ。自分でできそうもないなら家に入れろ」

 ようやく口を開いた父親に梓は笑った。

「それだと貯金しておくぞって言ってるようなものだろ」
「煩い。……あれだ、敷金とか引っ越し費用は仕方ないから払ってやろう」
「敷金は俺、バイト貯めた金があるし、引っ越しは軽トラ借りて友だちに手伝って貰おうかなって」
「引っ越しはわかった、けど敷金は俺が出す」
「いや、大丈……」
「甘えさせてくれって言うならまず出て行く前も甘えるもんだろうが」

 ふん、と言い放ってきた父親の表情が柊そっくりで、梓はつい笑ってしまった。

「わかった、甘えさせて」

 浮いた金で時期をずらして両親に旅行でもプレゼントしようと思いながら、梓はありがたく折れさせてもらった。
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