虎と豹とキリン

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帰る豹

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 テストの後、妙に友悠が「そう。入学してから全然帰ってないだろ、テスト休みの間は是非帰るといいよ」と勧めてくる。颯一は首を傾げつつも確かにと、久しぶりに帰省した。
 別に帰りたくないわけではないが、学校から家はわりと近いのもあり、いつでも帰られるという気持ちがあったからかもしれない。それにどのみちすぐ夏休みになって否応なしに帰るというのにと不思議に思っていた。
 何となく最近、友悠が時折変な気がする。何か悩みでもあるのだろうか。
 そんなこと思いつつも颯一はふと我に返って体を震わせる。

「っていうか何でお前が俺の隣にいるんだ」

 学校は小学生までは自宅通学も認められているが、中学生からはよほどの理由がない限り寮へ入る決まりだ。そのため通える近さに家がある颯一も寮へ入っていた。近いので帰るのも気軽である。一般の学生が電車通学するかのように学校最寄りの駅から普通に電車を利用するだけだ。よく全寮制の金持ち学校というと世間からかけ離れたかのような山奥にあったり高級車で送迎といった話を聞くが、現実ではこんなものだ。
 あと例えそういった学校が存在するとしても、颯一はこの学校でよかったとしみじみ思っていた。
 とはいえ都心からは離れているのでいくら学校から駅が遠くなくとも周りには特に何もない。それでもここへ来るのに一人で電車に乗ったのは、颯一も生まれて初めてだった。
 実は颯一も通常移動に車を使うことが多い。運転手がいるからというのもあるし、親からもなるべくどこかへ出かける時は車を使うよう言われていた。平凡なその辺にいるような颯一であっても社長子息であり、誘拐の可能性などを心配していたのだと思われる。
 そのため高校生になって初めて一人で電車に乗ったのは、とても新鮮だったし大人になった気分になれた。それは今こうして家に帰る時も同じで、ワクワクしながら切符を買い、颯一は電車へ乗ったのだ。そしてワクワクしつつもふと友悠を心配して我に返り、今に至る。

「何で、って、俺も行くからだが」

 行く? そこは帰るって言え。

 渉の返事に対し、どうでもいいことをふと思いながら、颯一は呆れたように続けた。

「だったら理事長の息子らしく車で帰れよ! 何で俺の横にしれっと座ってんだよ」
「それは理事長の息子という存在に対しての酷い偏見だ。俺だって別に普通の高校生と変わらないぞ、そうちゃん」

 言っていることはまともで、むしろ家の地位を笠に着ないいい人のようだ。しかし颯一は素直に頷けない。

「お前が普通の高校生ってゆーなら、まず俺に対する変態行為を全て止めろよ」
「何を言ってるんだ? 俺がいつそうちゃんに変なことした?」
「むしろ変なことしかしてきてねえよ」

 颯一が顔を引きつらせながら言っても、渉は怪訝そうに首を傾げている。本気でわからないとかどういうことだよと颯一はますます微妙な顔になった。
 学校最寄りの駅では空いていた車内も、次第に人が増えてくる。そんな中で渉が変なことしたり言ったりしてきたらどうしようと颯一は密かに恐れていた。だが渉は何もしてこなかったし、たまに話しかけてきても「おばさんに会うの久しぶりだろ」などと、それこそ普通の会話で少し面食らう。しかもおもむろに渉が席を立った。

「どうぞ」

 一言だけ口にすると、女性に席を譲っていた。女性は恐縮しながらもありがたそうに受け、座る。一見普通の女性だけれどもと颯一は内心思いつつ、暫くしたら降りる駅だったので自分も立ち上がった。
 ホームに降り、暫く歩いた後で颯一は渉に聞いてみた。

「なあ」
「どうかしたか、そうちゃん」
「いや、さっき女性に席譲ってたろ? あれなんで? もしレディファーストだとしてもわざわざ席譲るのって?」
「妊婦さんだからな」

 妊婦?

 颯一は首を傾げた。そんな風に見えなかった。

「何でわかったの?」
「バッチつけてたぞ?」
「バッチ?」

 聞くところによると、妊娠している人がつけるバッチがあるらしい。何のためにと思っていると渉が説明してきた。

「お腹が大きくなってからも大変だろうが、初期だって体はかなり大変だからな。だけれども外見ではわからないだろう? バッチがあれば、だがわかるからな」
「何でそんなこと知ってんの?」
「マナーだろう? 知っているといいことはなるべく知っておきたいしな」

 颯一はポカンと渉を見た。自分に対してはどうしようもない変態ではあるけれども、渉は昔からやっぱり凄いなとしみじみ思う。だいたいマナーだとしても中々行動に移せないようなことも、渉はいとも簡単に、当然といった風にやってのける。多分颯一なら知っていたとしても、何となくそれを知っていることも席を譲ることも照れくさくて行動に移せないような気がした。
 改札を出てからは少し歩かなくてはならない。もう外は初夏どころか夏だった。まだ蝉の声は当然しないが、歩いていると暑さで汗がどっと出る。

「お前ってやっぱり……」

 昔からいいヤツだなと続けようとして、颯一は続けられなかった。

「俺らも作りたいな、子ども。そうちゃんの子とか、かわいいだろうな!」

 うっとりしたように言ってくる渉に、颯一は体を震わせた。

「お前くたばれよ! もうほんとくたばれ、死ね馬鹿!」
「酷いなそうちゃんいきなり」
「いきなり? いきなりっ? 酷いのは渉、お前だから! 何言ってんの? ほんと何言ってんの? 何で俺にはそうなの? だいたい男同士で子どもできる訳ないだろうが!」
「いやまあそれはいくらなんでもわかってるぞ? いればいいなという話だ。子作り的な行為はそもそも結婚してから……」
「死ね!」

 颯一はだらだらと汗をかきながら、渉を放ってそのまま早歩きで歩きはじめる。

 二人きりになった途端、これか。

 そう思いながらふと、人がいるところでは変なこと言ってこなかったのはやはり渉自身、間違っているとわかっているからだろうかと期待した。もし颯一に対する気持ちが間違っていると渉が思えるのなら、まだ望みはある。普通の幼馴染に戻れるかもしれない。

「待てよそうちゃん。いくら帰るのが嬉しいとはいえ、あまりはしゃいでると暑さにやられるぞ」

 後を追って来た渉を颯一はジロリと睨んだ。

「違ぇよ、はしゃいでないし! お前に呆れてんだよ。なあ、電車の中ではお前、俺に対して変なこと言ってこなかったろ?」
「変なこと? 俺は変なことなどそうちゃんに言ったこと自体、ないぞ」
「……っああもう! あれだよ、俺が好きだとか子作りとかそんなの!」
「ああ。……変なこと……?」

 渉は怪訝そうな顔をしている。

「……。……で、電車の中でそういうの言わなかったのって、やっぱ変なことっつーか、間違ったことだってお前もわかってるからなんだろ?」
「んん? すまない、そうちゃんが何を言っているのかイマイチよくわからない。とりあえず電車の中で愛を囁くのは少々マナーが悪いと思うだろう? 俺はTPOをわきまえるからな」

 そっち?
 そっちなの?

 確かに男女であっても人前でいちゃいちゃ愛を囁いたりベタベタするのはあまりだろう。

 でもそっちなのか……!
 ああもう……TPOわきまえる前にもっとあるだろが……!

 颯一はとてつもなく微妙な思いにかられながら、ようやく着いた自宅のインターフォンを押した。

「ていうか何でお前までそこに突っ立ってんだ。自分の家へ帰れよ!」
「いや、今自宅は親が仕事でいなくてね。それをそうちゃんのおばさんに言ったら是非家へ泊まりにと言ってくださったんで」
「え?」
「ん? だから今自宅が……」

 聞こえなかったのかと渉が全く同じ言葉を繰り返してくる。
 聞こえているが、脳内に浸透するには颯一的に納得のいかない内容過ぎる。渉が言い終わった後も、そして颯一の母が直々に出迎えてきた後も颯一はまぬけなくらい口をポカンとあけて渉を見ていた。
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