虎と豹とキリン

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段階を踏みたい虎

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 渉が食堂でいつものように焼き魚定食を選んでいたら、食堂の年配女性に会計の際「いつもカッコいいねぇ」とニコニコ言われた。

「ありがとうございます。おばさんもいつもニコニコされていて素敵ですよ」
「いやだ、ほんともう口上手いんだからもう」

 そんなやりとりをした後でトレーを持って移動し、テーブルに置く。

「お前おばさんにお世辞言ってどうするよ」

 ルームメイト兼友だちに言われ、渉は首を傾げた。

「お世辞? 俺はお世辞は言わないが。あのおばさんは実際いつも笑顔じゃないか」
「何ていうかほんっと何か無駄にイケメンだよな、お前」
「何の話だ」

 なぜか呆れたように見てくる相手に、渉は怪訝な顔を向けながら昼食を食べた。だが食べている途中、たまたま視線を向けた先に颯一がいるのが見える。

「俺の嫁がいる」
「は?」
「何てことだこれは運命だな……」
「言ってること皆目わからんが、そりゃ同じ学校の生徒なら食堂で居合わせるくらいするだろうよ。それくらいで運命扱いされるお前の嫁に軽く同情したわ」
「俺はお前の言っていることがよくわからん。運命以外の何ものでもないだろう? ちょっと行ってくる、横に友人がいるのが気に食わん」
「友だちくらいそりゃいるだろうよ。俺はたまにお前の友人やってんのが謎になるけどな」

 渉はだが最後まで聞かず既に席を立っていた。そして一目散に颯一がいるところへ駆けつける。近づくと童貞がどうこうと話しているようだった。

「そうちゃん、こんなところで出会うなんてほんと運命を感じるな! 友人は死ね」
「っ、感じねぇよ!てゆーか、ともにそんなこと言うな」

 颯一は引いたような表情を浮かべながら抗議してきた。横の友悠は何やら胃でも痛いのかそのあたりを手で抑えている。

「照れるなよ、そうちゃん」
「心の底から照れてねぇ」
「にしても童貞が云々とはどういう話の流れだ、昼にするに最適の話でもないな?」
「ぅ」

 渉が聞くと颯一は少し赤くなって顔をそらせてきた。ああやはり俺の嫁はかわいい、などと思いながら渉は首を傾げた。

「俺が童貞かどうかそんなに気になるのか」
「っ違! ただ単に話の流れだ馬鹿!」
「んん? どんな流れだ。だがしかし……すまない、そうちゃん……」

 ムッとしたように言い返してきた颯一に、渉は申し訳ないと頭をさげた。

「は?」
「俺は……経験は、ある。っだ、だがあれだ! 本当に好きな人に出会ってなかっただけで……! これからはそうちゃんしか見ないから是非安心して欲しい」
「むしろ安心できねぇよ……! 全然構わないから余所へ行ってくれよ!」
「何を言っているんだ、本当に恥ずかしがり屋さんだなそうちゃんは。そうちゃんが童貞なのは百も承知だよ。いざその時が来たら、ちゃんと数ある経験から俺がリードするので心配しなくていい」

 周りでは「込谷は童貞か」「そうちゃんって子は童貞」などとぼそぼそ言っているのが聞こえる。

「……お前マジくたばれよ……っ」

 颯一が青くなったり赤くなったりしてプルプル体を震わせている。本当にかわいいなぁと思いながら渉は続けた。

「やきもちか? 本当にかわいいなそうちゃん!」
「何でそーなんだよ!」
「んー、今すぐにでもお前に手を出したいのはもちろん山々だけど、やはり段取りというものがあるしな。もちろん最後までは結婚するまではお預けだが、その手前であってもやはりな」
「ふざけんな! そしてもうずっとそのままでいろよ」
「でも俺の脳内では既にもう様々なことを……」
「っいったい何したんだよ……っ」

 渉の言葉に、颯一が目をほんのり潤ませながら聞いてきた。

「ああもう! ほんっとうにかわいい! 今すぐ結婚したい……!」
「ぎゃぁ嫌だ! とも、助けてっ」

 ぎゅっと抱きしめると颯一が友悠に助けを求めた。

「ぅ……、あ、あの、馬見塚さん……。ほ、ほら、こ、ここは公共の場ですし……」
「ぁあ? なんだ友人。俺とそうちゃんの邪魔をする気か?」

 微妙な表情を浮かべた友悠を、颯一を抱きしめたまま渉はジロリと見た。

「おい……お前が色々と邪魔だと思うぞ。うざいしうざいし、そしてうざい。とりあえず離してやれよ……」

 そんな渉の頭を、持っていたペットボトルで軽く殴りながら誰かが言ってきた。

「ちょ、さすがに軽くでも痛いぞ」

 とりあえず言われた通り颯一を離しながら、渉はその相手を見た。その隙に颯一は友悠の後ろに隠れる。

「っあ、てめぇ友人! 俺のそうちゃんに何してやがる」
「え? 俺っ?」

 言われた友悠は泣きそうになりながら唖然としている。

「何、後輩いじめてんだ全く……。周りも見てみろよ。お前注目されやすい自覚持てよ馬鹿が。……おい、悪かったな。俺がこいつ連れてくわ」

 渉をペットボトルで殴った相手が、渉を呆れたように見た後で友悠に向かって謝る。どこか硬派な感じすらするその生徒を、友悠は「い、いえ……」と言いながらジッと、まるで救世主のように見ている。その横では渉のように背の高い軽そうな生徒がキラキラした目で友悠の救世主を見ている。二人とも渉のよく知っている相手だった。

「何勝手に決めているんだ山本。だいたい苛めてるんじゃない。釘をさしてるんだ。みろ、この友人のチャラそうな外見。いつ何時俺の大事な嫁を誘惑するかわからないだろう? だいたいだな、俺と嫁の仲は誰にも裂けないぞ?」
「おー、こーじかっけぇ! つかマジ馬見塚くんやべー」
「お前らマジうるせぇよ、っくそ。なんで俺の周りにはこうなんかアレなヤツばっかなんだ全く……」

 山本は微妙な抗議してきた渉と、傍でわくわくしたように見ていたチャラそうな生徒を同時にひっぱるようにしてこの場から立ち去った。

「……ヤマモト、て言うのか、今の人……。助かった……」

 その後友悠がボソリと呟いていた。
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