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はじまり
継続決定?
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その瞬間の空丘のまぬけ面と言ったら。
面白すぎてカメラに収めたいと、うっかり鬼畜なことを考えてしまった。
「……何て? え、先輩……マジで何て?」
クエスチョンマークを大量生産する空丘に、海峰は順序立って説明する。
「だからさ、俺、なるべく『自分はストレスが溜まっている』って思わないようにしていたんだよ。だってそうだろ、自覚したら負けなんだよ。だからあえて、『疲れ』とか『疲労が溜まっている』って言ってた」
「負けって、誰と勝負してんすか」
「自分と世間。この程度で音を上げるなんて思いたくなかったし、思われたくなかった」
店長代理になってからおよそ一ヶ月半。
増える仕事、増える心労、当然ストレスは激倍増。
だが海峰は、あえて『ストレス』という言葉を使わなかった。
世の中にはもっとつらいことがある。
人生にはもっと苦しいことがある。
この程度でしんどいなどと弱音を吐くわけにはいかない。心に思ってもいけない。
そんなふうに意地を張っていた。
ストレスを自覚することを、頑なに拒んでいた。
「負けず嫌いなんだから……」
空丘が呆れかえる。
その点に関しては海峰本人も認めざるを得ない&自分でも呆れる。
「でもやっぱり無理は禁物だな。おかげでチョコドカ食いの癖はつくし」
「そっすね。それにストレスって自覚するだけでも結構解消されるらしいしっすよ。言わずに溜め込む方がやばい」
「詳しいな、おまえ」
「そりゃちょこちょこ調べましたから……テンチョー代理になってからしんどそうなセンパ……帆希さんの助けになれたらなって」
(……わざわざ言い直しやがったよ、こいつ)
さりげないつもりなのか、その名前呼びは。
もはや空丘は想いを隠そうともしない。
開き直ったのかグイグイやってくる彼に、何と返せばいいかしばし考えた。
「……そりゃどうも」
そんな素っ気ない返事しかできなかった。
すると、予想どおりに空丘の表情が見る見るうちに曇り、しょげていった。
空丘が欲しがる答えではない。……と、海峰には分かっていた。
「おまえがそんなに先輩想いだったなんてな」
「ええそりゃもう大好きっすから」
キッパリ言い切る。本気で隠さなくなった。
「じゃあこれからも、毎日ハグしてくれるな?」
「あーハイハイ……えぇっ!?」
一瞬で空丘の曇り顔が晴れた。真夏の太陽のように明るくなった。
空丘は驚喜している。プツンと切られたはずの『脈』という一縷の望みの糸が、かろうじて繋がっていることで。
だが残念。
それは海峰帆希の釣り糸なのである。
「ハグのお礼にチョコ分けてやるから」
「いや別にいらないっす」
「ならコーヒー奢る」
「それもいらない! っていうか見返りのいらない関係になったらいいじゃないっすかねえ!?」
「見返りのいらない関係なんてないだろ」
「うわオットナー!」
大人の意見だと誉めてはいるが、やけっぱちな口調だった。
内心、「なんで通じないんだよこの鈍感! 一昔前の恋愛系ラノベの主人公かよ!」とヤキモキしていることだろう。
それは誤解だ。きちんと通じてはいる。
ただ、
ストレスと同様に、海峰の中で『自覚したら負け』なものが、もうひとつあるのだ。
焦らされまくってもどかしさにのたうち回る後輩に、もう一本釣り糸を垂らすことにした。
「んじゃ、週一でおまえんとこの洗濯してやる。柔軟剤一緒だし」
「えっ!?」
「何だよ、不満か?」
「いやっ……そんなことは、え、先輩が俺んちに……週一で……!?」
明らかに動揺する空丘に、海峰は内心ほくそ笑んだ。
この十日間、空丘はおそらく海峰に対して、生意気にも駆け引きってやつをした。
押してもダメなら引いてみろ、という格言どおりに。
そして自分は、それにまんまとハマってしまったのだ。
それが悔しい。
「よろしくお願いしやす!」
「ん、交渉成立」
海峰はニッと不敵に笑って、カカオトリュフをひとつ摘み上げた。
それを空丘の唇にピトッとつける。
彼は複雑な表情で、口を開けて食べた。
「うまいか?」
「うまいです……」
そうか、と短く返して、海峰は指先についたココアパウダーをちろりと舐めた。
それを目の当たりにした空丘は、目をまるくしたのち、顔を赤くさせた。
(だーれがおまえの思いどおりになんかなるか)
負けず嫌いがムクムクとわき起こる。
一歳だけとは言え、年下にいいようにされるつもりは毛頭ない。
チャンスはくれてやるつもりだった。
せいぜいこれからも頑張って、俺を惚れさせてみればいい。
ストレスだけでなく『恋心』も自覚させてみせろ。
苦い表情で甘いチョコレートを食べる空丘を見ながら、海峰は期待を込めて微笑んだ。
面白すぎてカメラに収めたいと、うっかり鬼畜なことを考えてしまった。
「……何て? え、先輩……マジで何て?」
クエスチョンマークを大量生産する空丘に、海峰は順序立って説明する。
「だからさ、俺、なるべく『自分はストレスが溜まっている』って思わないようにしていたんだよ。だってそうだろ、自覚したら負けなんだよ。だからあえて、『疲れ』とか『疲労が溜まっている』って言ってた」
「負けって、誰と勝負してんすか」
「自分と世間。この程度で音を上げるなんて思いたくなかったし、思われたくなかった」
店長代理になってからおよそ一ヶ月半。
増える仕事、増える心労、当然ストレスは激倍増。
だが海峰は、あえて『ストレス』という言葉を使わなかった。
世の中にはもっとつらいことがある。
人生にはもっと苦しいことがある。
この程度でしんどいなどと弱音を吐くわけにはいかない。心に思ってもいけない。
そんなふうに意地を張っていた。
ストレスを自覚することを、頑なに拒んでいた。
「負けず嫌いなんだから……」
空丘が呆れかえる。
その点に関しては海峰本人も認めざるを得ない&自分でも呆れる。
「でもやっぱり無理は禁物だな。おかげでチョコドカ食いの癖はつくし」
「そっすね。それにストレスって自覚するだけでも結構解消されるらしいしっすよ。言わずに溜め込む方がやばい」
「詳しいな、おまえ」
「そりゃちょこちょこ調べましたから……テンチョー代理になってからしんどそうなセンパ……帆希さんの助けになれたらなって」
(……わざわざ言い直しやがったよ、こいつ)
さりげないつもりなのか、その名前呼びは。
もはや空丘は想いを隠そうともしない。
開き直ったのかグイグイやってくる彼に、何と返せばいいかしばし考えた。
「……そりゃどうも」
そんな素っ気ない返事しかできなかった。
すると、予想どおりに空丘の表情が見る見るうちに曇り、しょげていった。
空丘が欲しがる答えではない。……と、海峰には分かっていた。
「おまえがそんなに先輩想いだったなんてな」
「ええそりゃもう大好きっすから」
キッパリ言い切る。本気で隠さなくなった。
「じゃあこれからも、毎日ハグしてくれるな?」
「あーハイハイ……えぇっ!?」
一瞬で空丘の曇り顔が晴れた。真夏の太陽のように明るくなった。
空丘は驚喜している。プツンと切られたはずの『脈』という一縷の望みの糸が、かろうじて繋がっていることで。
だが残念。
それは海峰帆希の釣り糸なのである。
「ハグのお礼にチョコ分けてやるから」
「いや別にいらないっす」
「ならコーヒー奢る」
「それもいらない! っていうか見返りのいらない関係になったらいいじゃないっすかねえ!?」
「見返りのいらない関係なんてないだろ」
「うわオットナー!」
大人の意見だと誉めてはいるが、やけっぱちな口調だった。
内心、「なんで通じないんだよこの鈍感! 一昔前の恋愛系ラノベの主人公かよ!」とヤキモキしていることだろう。
それは誤解だ。きちんと通じてはいる。
ただ、
ストレスと同様に、海峰の中で『自覚したら負け』なものが、もうひとつあるのだ。
焦らされまくってもどかしさにのたうち回る後輩に、もう一本釣り糸を垂らすことにした。
「んじゃ、週一でおまえんとこの洗濯してやる。柔軟剤一緒だし」
「えっ!?」
「何だよ、不満か?」
「いやっ……そんなことは、え、先輩が俺んちに……週一で……!?」
明らかに動揺する空丘に、海峰は内心ほくそ笑んだ。
この十日間、空丘はおそらく海峰に対して、生意気にも駆け引きってやつをした。
押してもダメなら引いてみろ、という格言どおりに。
そして自分は、それにまんまとハマってしまったのだ。
それが悔しい。
「よろしくお願いしやす!」
「ん、交渉成立」
海峰はニッと不敵に笑って、カカオトリュフをひとつ摘み上げた。
それを空丘の唇にピトッとつける。
彼は複雑な表情で、口を開けて食べた。
「うまいか?」
「うまいです……」
そうか、と短く返して、海峰は指先についたココアパウダーをちろりと舐めた。
それを目の当たりにした空丘は、目をまるくしたのち、顔を赤くさせた。
(だーれがおまえの思いどおりになんかなるか)
負けず嫌いがムクムクとわき起こる。
一歳だけとは言え、年下にいいようにされるつもりは毛頭ない。
チャンスはくれてやるつもりだった。
せいぜいこれからも頑張って、俺を惚れさせてみればいい。
ストレスだけでなく『恋心』も自覚させてみせろ。
苦い表情で甘いチョコレートを食べる空丘を見ながら、海峰は期待を込めて微笑んだ。
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