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俺の任務は、領空侵犯してくるアメリカ軍機を撃墜すること。

ミサイルの発射ボタンを押すとき、それは、俺がアメリカ兵を殺すときでもある。
つまり、俺の任務は人を殺すことなのだ。
これは訓練ではない。

この任務を遂行するため、俺たち戦闘機パイロットには長時間に渡る精神教育が行われた。

アメリカなどの資本主義国家が、いかに悪の巣窟であるかという講義を延々と聞かされた。
アメリカは駆逐されるべき存在であり、ソ連の社会主義こそが正しいと、何度も教育された。

心の中で、
「アメリカが間違っているのなら、なぜアメリカは繁栄しているのだろう」
という疑問が沸き起こってきた。
しかし、それは教官には絶対に質問してはいけない。
ソ連の社会主義こそが正しい。
それ以外の価値観をもつことは許されなかった。

だからこそ……俺はアメリカという国に興味をもった。


教官は言う。

「アメリカでは、病院にかかるのにもカネがいる。よりよい教育を受けるのにもカネがいる。失業者は貧しい暮らしをしている。一方、われわれ社会主義国家では、医療費も教育費もかからない。失業も存在しない」

延々、社会主義の素晴らしさと資本主義の欠陥が説明された。

俺はますます疑問に思った。
世界の半分の国家が資本主義だ。
資本主義がそんなにも悪いものであるのなら、なぜ、アメリカや日本は、資本主義を続けているのだろうか?

最前線である極東の地に派遣された俺は、赴任当初は使命感に燃えていた。
しかし、パイロットたちへの待遇は最悪であった。

官舎は、しばしば停電や断水に悩まされた。
トイレや台所は、他の世帯と共同であり、いつも汚れていた。
基地の周辺は田舎で、娯楽もない。


都会育ちの妻は、田舎暮らしへの不満を毎日もらした。
俺が稼ぐ給料のほとんどを妻は浪費してしまい、蓄えはなかった。
妻との喧嘩は毎日続いた。
家庭は地獄であった。


幼少期のつらい思い出が蘇ってきた。
あの時、俺は思ったはず。
パイロットになれば自由になれると。

しかし、その実態は……

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