幻想の話

霖空

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燃えるような暑い夏の日に

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 実りの秋にはまだ遠い夏の日。……にも関わらず暑い。
 全身を覆うような、しかも黒い服を着ているからだろう。とても暑い。
 一応、周りの温度を下げる魔法を使ってはいるが、気休め程度にしかならない。
 滲み出る汗を何度も拭いながら、私は歩いていた。脇を元気に駆ける半袖の子供を恨めしく思う。半袖になりたい。そして出来ることならば走り回り、風を感じたい。……走ったところでそう大して風は感じられないかもしれないが、今よりはきっとマシに違いない。

 このクソ暑い格好にも関わらず、外に出ている理由だが……
 別に、そんなものはない。

 この温度の中、熱の篭った教会にいるよりはマシだろう、と外に出てみただけなのだ……が……中も外もそう変わらない気がしてきた。
 つまり、今までの私の行為が全て無駄だった、だと……?いや、そんなことは無い。

 そう、そうだ。これは見回りだ。
 怪我や病気の子がいないか見回りをしているのだ。人助けは神も推奨している行為だった筈である。私は自ら手本となる様な行為をしていたのだ。その為ならば暑さ等、屁でもない!

 そんなふうに、自分に言い訳をしながら、フラフラと歩いていた。

 そして、見つける。

 初め見た時は黒い塊にしか見えなかった。

 然し、よく見るとそれは生物らしかった。
 何故なら、僅かに動いている。見回りとして外に出ていた私は、義務感から、それに声をかける。

「どうなさったのですか?」

 すると、黒い塊はもぞりと動いた。
 覗き込むと、血のような赤が見えた。
 黒いもさもさとした髪の毛の間から見える赤い光。赤い瞳。

 赤と黒。
 この配色は大変攻撃的であるのにも関わらず、表情のせいで頼りなさげに見える。少年と言うべきか、青年と言うべきか。
 どちらつかず。
 なんとも不思議な男だ。

「分かりません。体が動かないようです」
 そう、元から下がっている眉尻をさらに下げた。

 分からないけれど体が動かない?黒いボロ切れのようなもので覆われているせいで、足は見えないが、体勢的に、不自然に足を伸ばしているように思えた。

 ボロきれのような布を捲り、彼の足を見ると、やはり。
「……傷だらけじゃないですか」
 外傷だけではない。赤く腫れているのは骨折か。何をしたらこんなことになるのか、と不思議に思うほど足は傷ついていた。

 左手で十字架を握り、唱える。
「神よ、どうか、お慈悲を……」

 すると、右手に白い光が集まり、光の玉が形成された。それを男の脚に当てようとして……彼はその光から逃げようとして、「うっ……」と声をあげる。そんな状態で動いたらそりゃ痛いだろう。

「どうしました?」

 不思議に思い尋ねる。例え神聖魔法を見た事が無い者でも、普通は拒むことや怖がることは無い。自分に害を与えるものではない、と本能で理解できるからだ。それどころか、逆に安心感を覚えるはず……。

 男は光をおびえた目で見て、ブンブンと首を横に振った。相当嫌らしい。
 私はとりあえず、光を収め、考える。

 極々少数だが、特定の属性に対して耐性のない者がいる。
 例えば火に耐性の無い者。火の魔法を受けることは愚か、火の魔法を唱えるだけで、全身が焼け爛れてしまうらしい……彼もそれに類するものかもしれない。
 それならばこの怪我の理由も納得出来る気がする。 神聖魔法に耐性がなければ治療を受けられないのは勿論、地域によっては迫害される原因になるからである。と、すると彼はほかの地域から来たのかもしれないな……。
 私は試しに別の呪文を唱えてみる。

「清き水よ、その力を持って、かの者に安らぎを与えよ」

 次は右手に淡く青い光が集まった。それを少し男の足に近づけてみる。今度は、逃げない。
 男の顔を見る。表情は……。
 うん、大丈夫そうだ。

 青い光は男の足を包み込み、少しだけ足の傷を癒した。

「効果は弱いですが、少しはマシになりましたか?」
 男はじっと自らの足を眺めていた。
「……凄い」
 そう呟いたあと、笑顔をこちらに向ける。
「ありがとう。これで動ける」
 男は立ち上がった。しかしまだ治ってない傷から血が流れでている。
 ふらり、と男がよろけた。私は慌てて男を支える。

「無理はダメですよ。そんなに急いで、どこか行きたいところがあるんですか?」
 男はまた不思議そうな顔をした。
「分からない」
 分からない?つまり行きたいところもないのに、ここを立ち去ろうとしていた……?
「ここから離れなければならない理由があるんですか?」
 彼は首を振る。
「僕には……何も……」
 そう言って、悲しそうな顔をした。
 理由もないけれど、ここを立ち去ろうとする。心のどこかが叫んだ。
『これは厄介事に違いない。関わってもろくなことがないぞ』
 と。
 それでも。なんだか悲しそうな顔をした彼の顔を私は見てしまった。
 何も無い。もしかして記憶喪失なのかもしれない。
 立ち去ろうとした。誰かに追われているのかもしれない。
 まあ何にせよ厄介事には違いない。
 それでも、この男が何故だか放っておけなくて、気がついたら、手を差し伸べていた。

「なら、私と一緒に暮らしませんか?」

彼は差し出された手を恐る恐る握った。
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