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イルシオン
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「ほら、これでも飲んでゆっくりしてください」
そう言って神父が男に持たせたのは、水が入った水筒。例え、水筒越しでもひんやりと冷たさが感じられる。それ程までに冷たい。
余程喉が渇いていたのか、男は、目を輝かせると、勢いよくごくごくと一息で飲み干す。
ぷはぁ。
男が大きく息を吐くと、神父は微笑んだ。
「良い飲みっぷりですね。見ていて気持ちがいいです」
男は赤面する。
「嫌味ではないですから、気にしなくていいですよ」
ところで……と話を続ける。
「貴方の名前は……?」
「名前……?」
男は不思議そうにオウム返しをした。
「私の名前はクレーディトです。貴方の名前は?」
神父はもしかして、名前の意味がわからないのか?と思い自らも名乗るも、男は困ったような表情を浮かべる。
どうもそうではないらしい。先程の予想、青年は記憶を失ってしまった説が神父の中で濃くなってきた。
「もしかして、分からないのですか?」
男はこくこくと何度も頷く。神父は確信した。やはり彼は記憶喪失なのか、と。
「うーん困った」
神父は言葉の割に、あまり困ってないような笑いを浮かべる。
半ば彼には予想がついていたことなのだ。頭は既に男が教会に住んでいる子供たちと仲良く遊んでいる姿が思い浮かべている。
流石にそれは速い、と首を振った。
「では、私が仮の名前を付けます。いいでしょうか?」
男は返事をしなかったが、神父はそれを肯定と受け取ったらしく、顎に指を当て考え始めた。
「うーん、うーん」
目を細める姿は、初めて飼った子犬に名をつける子供のようである。
しばらく考えた後、神父は口を開いた。
「イルシオン、というのはどうでしょう?」
「イルシオン……イルシオン……イルシオン……!」
男は確認するかのように、何度もその言葉を口にした。最後の方は満足げに目を輝かせて。
「喜んでもらえたようで何よりです」
神父はそう言って微笑んだ。
✱
「つきました」
2人が向かったのは教会……ではなくその隣の孤児院である。
神父が扉を開けた途端、子供たちが彼に引っ付いてきた。足にしがみついてきた子供の頭を撫で、泣いている子供を片手で抱き、男……イルシオンの方をちらりと見る。
「すいませんねえ、騒がしくて」
子供達は神父が振り返ったことで漸く変わった訪問者に気がついたのか、しんと静まりかえり、イルシオンの方を見つめている。
「いえ……」
気にしないでくださいと言うべきか、子供を保護していることを褒めるべきなのか、迷った挙句、どちらを言っても上から目線になってしまうような気がしたイルシオン。結果、何も言えず黙り込んだ。
「ねーねー、この人だあれー?」
神父の左足にくっついている少女はちょいちょいと神父の服を引っ張る。その瞳はイルシオンに探るような目線を投げかけていた。
「彼は、イルシオン。今日からみんなの仲間になります」
「大きいのにここに来るなんて変な奴だな!」
部屋の奥に居る孤児の中で最年長らしき少年が言う。
孤児院には12歳までの子供しかいない。それ以上になると、孤児院を出て、自力で暮らしていかなければならないのだ。
12歳で追い出されるのには理由がある。隣の国では度重なる増税が行われているのだ。豊作でもないのにも関わらず、増え続ける税に村人達はどうすることも出来ず我が子をこの国に捨ててしまう。捨てられる子供が急増したことによって孤児院の数が足りていない。
教会も本来ならばもう少し長く子供を保護したいであろう。実際、元孤児に対して職の斡旋はしているものの、罪を犯すケースは少なくない。そうして治安が悪化し、教会の権威が落ちていく。教会も慌てて孤児院を立てているが追いつきそうもない。
幸い、神父達の住むここらはそう治安も悪くない、平和そのものだが……。
「へ、変な奴……」
少年の声に肩を落とすイルシオン。
「こら、変な奴はダメです。失礼でしょう?」
神父はずんずん部屋の奥へ進むと、少年の頭にぐりぐりと拳を押し付けた。
「痛い痛い!暴力反対!」
少年は抵抗とばかりにじたばたと暴れるがその足も手も神父には当たらない。
そんな2人をイルシオンは意外そうに見ている。彼の中の神父は慈悲深く、神秘的なものであった。故に、子供達とじゃれ合っている姿を想像できなかったのだろう。
つんつん。
イルシオンは、誰かに服を引っ張られたのに気づき、キョロキョロと回りを見渡す。
先程神父の足にくっついていた少女がいた。
「あの、よろしくおねがいします」
少女はぺこり、と頭を下げる。
イルシオンはピタリと固まった後、目線を少女に落とし、ニコリ、と笑った。
「こちらこそ、よろしく」
「俺はお前のこと認めてないからな!!!」
部屋の奥から、大きな声が届く。
「こら、だからダメだと言っているでしょう。生意気なのはどの口ですかね?」
「いだだだ」
バタバタと騒がしい音が聞こる。イルシオンと少女はじっと顔を見合せた後、笑った。
そう言って神父が男に持たせたのは、水が入った水筒。例え、水筒越しでもひんやりと冷たさが感じられる。それ程までに冷たい。
余程喉が渇いていたのか、男は、目を輝かせると、勢いよくごくごくと一息で飲み干す。
ぷはぁ。
男が大きく息を吐くと、神父は微笑んだ。
「良い飲みっぷりですね。見ていて気持ちがいいです」
男は赤面する。
「嫌味ではないですから、気にしなくていいですよ」
ところで……と話を続ける。
「貴方の名前は……?」
「名前……?」
男は不思議そうにオウム返しをした。
「私の名前はクレーディトです。貴方の名前は?」
神父はもしかして、名前の意味がわからないのか?と思い自らも名乗るも、男は困ったような表情を浮かべる。
どうもそうではないらしい。先程の予想、青年は記憶を失ってしまった説が神父の中で濃くなってきた。
「もしかして、分からないのですか?」
男はこくこくと何度も頷く。神父は確信した。やはり彼は記憶喪失なのか、と。
「うーん困った」
神父は言葉の割に、あまり困ってないような笑いを浮かべる。
半ば彼には予想がついていたことなのだ。頭は既に男が教会に住んでいる子供たちと仲良く遊んでいる姿が思い浮かべている。
流石にそれは速い、と首を振った。
「では、私が仮の名前を付けます。いいでしょうか?」
男は返事をしなかったが、神父はそれを肯定と受け取ったらしく、顎に指を当て考え始めた。
「うーん、うーん」
目を細める姿は、初めて飼った子犬に名をつける子供のようである。
しばらく考えた後、神父は口を開いた。
「イルシオン、というのはどうでしょう?」
「イルシオン……イルシオン……イルシオン……!」
男は確認するかのように、何度もその言葉を口にした。最後の方は満足げに目を輝かせて。
「喜んでもらえたようで何よりです」
神父はそう言って微笑んだ。
✱
「つきました」
2人が向かったのは教会……ではなくその隣の孤児院である。
神父が扉を開けた途端、子供たちが彼に引っ付いてきた。足にしがみついてきた子供の頭を撫で、泣いている子供を片手で抱き、男……イルシオンの方をちらりと見る。
「すいませんねえ、騒がしくて」
子供達は神父が振り返ったことで漸く変わった訪問者に気がついたのか、しんと静まりかえり、イルシオンの方を見つめている。
「いえ……」
気にしないでくださいと言うべきか、子供を保護していることを褒めるべきなのか、迷った挙句、どちらを言っても上から目線になってしまうような気がしたイルシオン。結果、何も言えず黙り込んだ。
「ねーねー、この人だあれー?」
神父の左足にくっついている少女はちょいちょいと神父の服を引っ張る。その瞳はイルシオンに探るような目線を投げかけていた。
「彼は、イルシオン。今日からみんなの仲間になります」
「大きいのにここに来るなんて変な奴だな!」
部屋の奥に居る孤児の中で最年長らしき少年が言う。
孤児院には12歳までの子供しかいない。それ以上になると、孤児院を出て、自力で暮らしていかなければならないのだ。
12歳で追い出されるのには理由がある。隣の国では度重なる増税が行われているのだ。豊作でもないのにも関わらず、増え続ける税に村人達はどうすることも出来ず我が子をこの国に捨ててしまう。捨てられる子供が急増したことによって孤児院の数が足りていない。
教会も本来ならばもう少し長く子供を保護したいであろう。実際、元孤児に対して職の斡旋はしているものの、罪を犯すケースは少なくない。そうして治安が悪化し、教会の権威が落ちていく。教会も慌てて孤児院を立てているが追いつきそうもない。
幸い、神父達の住むここらはそう治安も悪くない、平和そのものだが……。
「へ、変な奴……」
少年の声に肩を落とすイルシオン。
「こら、変な奴はダメです。失礼でしょう?」
神父はずんずん部屋の奥へ進むと、少年の頭にぐりぐりと拳を押し付けた。
「痛い痛い!暴力反対!」
少年は抵抗とばかりにじたばたと暴れるがその足も手も神父には当たらない。
そんな2人をイルシオンは意外そうに見ている。彼の中の神父は慈悲深く、神秘的なものであった。故に、子供達とじゃれ合っている姿を想像できなかったのだろう。
つんつん。
イルシオンは、誰かに服を引っ張られたのに気づき、キョロキョロと回りを見渡す。
先程神父の足にくっついていた少女がいた。
「あの、よろしくおねがいします」
少女はぺこり、と頭を下げる。
イルシオンはピタリと固まった後、目線を少女に落とし、ニコリ、と笑った。
「こちらこそ、よろしく」
「俺はお前のこと認めてないからな!!!」
部屋の奥から、大きな声が届く。
「こら、だからダメだと言っているでしょう。生意気なのはどの口ですかね?」
「いだだだ」
バタバタと騒がしい音が聞こる。イルシオンと少女はじっと顔を見合せた後、笑った。
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