鏡の守り人

雨替流

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第二十三話 大沢の隠し里

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 郷に近づく程に姿を隠した忍びの気配が濃くなった。それらは紛れもなく敵側の忍び狩りである。当然ながら大沢の郷へは向かわずに、道を折れ半日ほど歩き続ければ、目指してきた大沢の隠し里を眼下に見下ろした。

「おすず、眼下にあるのが隠し里だ、よく頑張ったな」
「だぁぁ……やっとだで……あ! 人もいっぱい居るだで良かっただな」
「あぁ、良かった」

 そこには大人も子供も居り、見るからに平穏であった。郷長の判断が功を成し、隠し里は敵に見つかる事も無く無事であったのだ。山道を下り里へと辿り着けば早速、一人の男が小平太へと接近してきた。

「小平太様、御無事で」

 声の主は小平太の幼馴染で忍びの仙吉せんきちである。

「仙吉も無事であったか」
「すべてを見届け小平太様に報告する命を授かった次第にございます」
「そうか見届け役だったか、辛かったな」
「私などより、小平太様のほうが余程に……」

 見届け役とは、戦には参加せず身を潜め、事の全てを目に焼き付け報告する事が役目となる。皆の死を、そして郷長の最後を見届けなければならなかったのだから、身が焼ける思いであったに違いない。

 小平太が発ったその日のうちに、全員が屋敷の庭に集められれば、小平太が飛騨へと向かった真意を知り、五日内に出陣する事も知った様だ。無論、里落ちを禁じた事に狼狽える者は居なかったと言う。

 大沢の郷の者には誇りがある、年寄りから子供まで全員が最後まで戦い抜いた事は聞くまでも無い。

 して、五日の後に隠し里へと姿を現したのは仙吉を含め忍びが十四名だけだったようだ。

「郷長も見事な最期に、幻のお二人も散る事無く最後ま戦い郷長と共に……敵陣は大いに怯むも多勢に敗れ……無念にございます」
「分かり切った負け戦だ、仕方も無い。しかしちょっと待て仙吉。さっきから言葉使いが丁寧すぎないか?」
「小平太様は今や郷長。当然の事にございます」

 郷長と忍びの間には当然ながら大きな身分の差がある。しかし、それは腰を据えた郷があっての話であって、物事の一滴となる使命を持つ今の小平太には不必要な事であった。

 今は身分の格差をある程度取り払い、皆が一丸となり信濃に新たな郷を築き、大厄災を無事に治める事が最も重要となるのだ。仙吉に説明すれば、深く頷き聞き入った。

「この郷長の頼み聞き入れてくれるか?」
「承知」

 飛騨の影貞が言った通り、郷長は敵の陣を二つに割って進んだ後には散って生き抜き、小平太の帰りを待てと命じたようだ。しかし圧倒的な敵の数に押され、生き残ったのは仙吉を含めて僅かとなった、それ程に戦況が酷かったという事だ。

「で、誰が戻った?」
仁平にへい山人やまと三助さんすけ佐一さいちゆき東吉とうきち千次せんじ太助たすけきく仙太せんた武三たけぞう茂吉もきち真三しんぞうが戻り、猟師の三人、それに薬師の徳蔵は隠し里にて無事に」

「そうか、大勢失ってしまったな」

 生き残ったのは、小平太も認める精鋭たちであった。しかし、数えてみれば、大沢の忍びは小平太も含めて十五人となる、途中で出会った佐助とかすみを合わせても大厄災に必要な十八人には一人足りない事となったが、そう心配する事も無い。自然と叶うというのだから、今後手練れが一人仲間に加わるに違いない。

「……ところで、小平太様その娘は?」

 ようやく自分の番が来た事で、すずは姿勢を正していた。

「あぁ、美濃は水沢村の娘で名をすずと言う。狂茸きょうたけの残毒にあたっているから連れて来た」
「すずだで、よろしくお願いしますだ」
「あぁ、よろしく……しかしその歳で良くここまで歩いたな、凄い事だぞ」
「おら、おっかねえほど頑張っただよ」
「そうだな、ところで仙吉、今後について大事な話がある。皆を湯屋へ集めて欲しい」
「承知」

 隠し里には忍びが使う湯屋と言う名の大きな屋敷がある。大沢の郷に万が一があれば、こちらを住まいや武道場として使えるようになっているのだ。隠し里の長へ挨拶に行けば、その後歩きつつ仙吉の話を聞いた。

 戦が終われば、敵方による残党狩りと忍び狩りが行われたようだ。当然ながら、この隠し里へも捜査の手は伸びたらしい。戦傷のある者を匿えば徹底的に調べられる為、怪我を負った者はこの里へ来る事は許されない決まりがある。故に此処が隠し里とは疑われる事は無かったのだ。

  湯屋へと着けば、仙吉は皆に号令をかけ、薬師の徳蔵を呼んだ。

「美濃は水沢村の娘で名をすずと言う、徳さんよろしく頼むよ」
「すずだで、よろしくお願いしますだ」
「ほうほう、遠い所その小さな身体で難儀であったな、しかし苦労は必ず実る。治るから心配は要らぬぞ」
「だぁ、良かっただ」
「ただし、今のうちに言っておくが、薬湯は舌が抜け落ちる程に苦いぞ」
「……そんなにだか……」
「この世のものとは思えぬ程にな」

 徳蔵は可笑しそうにすずの顔に己の顔を近づければ、顔芸で以て脅かしていた。

「だ……とんでもねえ……おらの事脅かして楽しんでいるだ……」
「がはは、苦いのは本当だぞ」
「……、……」

 間のなくすれば武道場の大広間には生き残りが全員集まっていた。

「皆も既に知っての通り、この小平太が郷長と成った、よろしく頼む」
「ははっ!」
「待て待て……」
「承知!」

 仙吉が気を利かせて皆にそうするように伝えたに違いない。小平太の困った反応を見て一斉に言い換えれば、場は一気に賑やかなものとなった。まさに理想的状況である。

 緊張無く、和やかな雰囲気の中で飛騨でのやり取りとその後、身に起きたすべての事を話せば、当然ながらその場の全員が驚きを隠さなかった。

「そうか、おすずちゃんか、よろしく頼むよ」
「よろしくお願いしますだ」
「しかし、まさか死人と戦う日が来ようとはな……」
「あぁ、俺は俄かに未だ信じ切れていないが……」
「俺もだ」
「まぁ、その日が来れば分かる。して、三助。急ぎ信濃へ使いを頼みたい」
「承知」

 三助は何事もそつなくこなす優秀な人材である。健脚においてもこの中では右に出る者は居ないし、有事でも無ければ人相も人当たりも良いから面倒に巻き込まれる心配も無い。

 こちらから向かう人数と建物の規模や凡その間取りなどを描けば、その日のうちに支度を整え信濃へと発ったのであった。

 一方、信濃国では忍びの郷を築くに当たり、その指揮と采配が藤十郎に一任されていた。

 材木の手配を行いつつ、大きな作業小屋を建築し始めた矢先、若い兄妹が藤十郎の元を訪ねてきたのである。

「そうか、小平太殿の目に止まったか」
「はい、悪党とならずに済みました」

 兄が佐助、妹の方がかすみと名乗った。作業を中断して、仔細を聞けば小平太らしいやり取りに感心していたが、すずの饅頭の件くだりが堪らず、その時のすずの表情を思い浮かべれば腹を抱えて大笑いをしていた。

「そうか、気の毒になる程悲しい顔だったか……くっ、そうか……そうだろうな……お、お琴にも教えてやろう……くっ……わはははは! 気の毒になる程か」



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