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【序章】前世の私からの警告
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「──シア……フェリシア嬢?」
耳に心地よく響くバリトンの声で、フェリシアは現実に引き戻された。
俯いていた顔をゆっくりと上げる。初夏の日差しが眩しく目がチカチカして、再び俯き目頭を押さえた瞬間、またバリトンの声が降ってきた。
「いかがされましたか?今日は晴天に恵まれたのは良かったですが、さすがにこの雲一つない天気では少しご負担でしたね。せっかくだから庭の景色を楽しんでもらおうと思って、ここに席を用意したのですがパラソルも用意するべきでした」
最後に気遣いと苦笑を混ぜて「申し訳ありません」と謝罪する声の主を、フェリシアはじっと見つめた。
ふわりと風が吹き、フェリシアのライムゴールドの髪がなびくと同時に、スミレ色の瞳に息をのむほどに美しい男の姿が映る。
初夏の風になびくサラサラとしたダークブルーの髪。こちらを気遣う青にも銀にも見えるアーモンド形の瞳の一つは片眼鏡と長い前髪で隠されている。すっとした鼻筋に、微笑みをたたえた薄い唇。
美しい庭園の真ん中にあるテーブルから長い影が伸びていて、彼が座っていてもスラリとした長身なのがわかる。
(神レベルのイケメンね)
まじまじと見つめるフェリシアを、神レベルのイケメンことイクセル・アベンスは少し困った顔で目線だけ逸らした。まるで照れているみたいだ。
そんなふうに冷静に分析できるフェリシアは、イケメン嫌いというわけではない。
それどころか前世の記憶が戻る直前までイクセルに恋心を抱いていた。そして今日、念願叶って彼とお見合いの場を持てたのだ。
だから照れるイクセルを見て、自分はもっと胸をときめかせないといけないというのに……なぜか心がキンッと冷えてしまっている。
(なんで?……どうしてなのかしら?)
フェリシアは急な心情の変化に戸惑い、視線をさまよわす。どこかにヒントがあるかもと左を見て、次に右を見た瞬間──フェリシアの顔から表情が消えた。
(あぁ、なるほど。そうだったのね)
視線の先にあるそれとがっつり目が合った途端、なぜ自分がこんな大切なお見合いの場でクソみたいな自分の前世を思い出したのか合点がいった。
向かい合うイクセルのさらに右奥には、亜麻色の髪にかんざしを光らせて品の良いドレスを身にまとった中年の女性がいる。
記憶を探るまでもない。この女性はイクセルの母親──ロヴィーサ・アベンスだ。
数人のメイドを従えてフェリシアを見つめるロヴィーサの表情はお世辞にも穏やかとは言い難かった。
『あんたなんか、絶対に認めない。うちのイクセルちゃんにふさわしいお嫁さんをママが探してあげる』
目は口ほどに物を言う。ロヴィーサから憎悪に近いそれを受けたフェリシアは、傷つくことも怯えることもない。ただ動揺する気持ちだけはどうすることもできなくて、膝の上でぎゅっと両手を握り合わせる。
(いい年した男が、ママ同伴でお見合いをするなんて!)
見た目は神レベルのイケメンだけど、中身は残念すぎる。
16歳で社交界にデビューをして、とある夜会で一目惚れしてから2年。イクセルに恋していたこの期間はゴミ同然だったと気づいたフェリシアは泣きたい気持になる。
しかし泣き崩れる前に、やらなければならないことがある。
誰がどうして前世の記憶を与えてくれたのかわからないが、フェリシアは心の中で「ありがとう」と呟き、イクセルとしっかり目を合わせた。
「ごめんなさい、イクセル様。このお話、なかったことにしてくださいませ」
そう言い捨てると、イクセルの言葉を待つことなくフェリシアは席を立ち、馬車へと駆け出す。
すぐに「待ってくれ!」と呼び止める声が背中を刺したけれど、フェリシアは一度も振り返らなかった。
耳に心地よく響くバリトンの声で、フェリシアは現実に引き戻された。
俯いていた顔をゆっくりと上げる。初夏の日差しが眩しく目がチカチカして、再び俯き目頭を押さえた瞬間、またバリトンの声が降ってきた。
「いかがされましたか?今日は晴天に恵まれたのは良かったですが、さすがにこの雲一つない天気では少しご負担でしたね。せっかくだから庭の景色を楽しんでもらおうと思って、ここに席を用意したのですがパラソルも用意するべきでした」
最後に気遣いと苦笑を混ぜて「申し訳ありません」と謝罪する声の主を、フェリシアはじっと見つめた。
ふわりと風が吹き、フェリシアのライムゴールドの髪がなびくと同時に、スミレ色の瞳に息をのむほどに美しい男の姿が映る。
初夏の風になびくサラサラとしたダークブルーの髪。こちらを気遣う青にも銀にも見えるアーモンド形の瞳の一つは片眼鏡と長い前髪で隠されている。すっとした鼻筋に、微笑みをたたえた薄い唇。
美しい庭園の真ん中にあるテーブルから長い影が伸びていて、彼が座っていてもスラリとした長身なのがわかる。
(神レベルのイケメンね)
まじまじと見つめるフェリシアを、神レベルのイケメンことイクセル・アベンスは少し困った顔で目線だけ逸らした。まるで照れているみたいだ。
そんなふうに冷静に分析できるフェリシアは、イケメン嫌いというわけではない。
それどころか前世の記憶が戻る直前までイクセルに恋心を抱いていた。そして今日、念願叶って彼とお見合いの場を持てたのだ。
だから照れるイクセルを見て、自分はもっと胸をときめかせないといけないというのに……なぜか心がキンッと冷えてしまっている。
(なんで?……どうしてなのかしら?)
フェリシアは急な心情の変化に戸惑い、視線をさまよわす。どこかにヒントがあるかもと左を見て、次に右を見た瞬間──フェリシアの顔から表情が消えた。
(あぁ、なるほど。そうだったのね)
視線の先にあるそれとがっつり目が合った途端、なぜ自分がこんな大切なお見合いの場でクソみたいな自分の前世を思い出したのか合点がいった。
向かい合うイクセルのさらに右奥には、亜麻色の髪にかんざしを光らせて品の良いドレスを身にまとった中年の女性がいる。
記憶を探るまでもない。この女性はイクセルの母親──ロヴィーサ・アベンスだ。
数人のメイドを従えてフェリシアを見つめるロヴィーサの表情はお世辞にも穏やかとは言い難かった。
『あんたなんか、絶対に認めない。うちのイクセルちゃんにふさわしいお嫁さんをママが探してあげる』
目は口ほどに物を言う。ロヴィーサから憎悪に近いそれを受けたフェリシアは、傷つくことも怯えることもない。ただ動揺する気持ちだけはどうすることもできなくて、膝の上でぎゅっと両手を握り合わせる。
(いい年した男が、ママ同伴でお見合いをするなんて!)
見た目は神レベルのイケメンだけど、中身は残念すぎる。
16歳で社交界にデビューをして、とある夜会で一目惚れしてから2年。イクセルに恋していたこの期間はゴミ同然だったと気づいたフェリシアは泣きたい気持になる。
しかし泣き崩れる前に、やらなければならないことがある。
誰がどうして前世の記憶を与えてくれたのかわからないが、フェリシアは心の中で「ありがとう」と呟き、イクセルとしっかり目を合わせた。
「ごめんなさい、イクセル様。このお話、なかったことにしてくださいませ」
そう言い捨てると、イクセルの言葉を待つことなくフェリシアは席を立ち、馬車へと駆け出す。
すぐに「待ってくれ!」と呼び止める声が背中を刺したけれど、フェリシアは一度も振り返らなかった。
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