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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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 カイロスの父親は現国王陛下であり、母親は小国の姫。でも本当の母親は神殿に仕える巫女。

 すなわちこれ、王族の大スキャンダルである。

 平和なはずのランラード学園において、好きな人が卒業するまでのんびりに暮らす為の仮初の恋人となったというだけでもなかなかの秘密であるが、それに加えて、知ってはいけない王族の秘密まで抱えてしまったアンナは強い眩暈を覚えた。

「熱は下げたが体力までは戻してない。まだ辛いだろう?少し寝ろ」

 アンナが青ざめているのは、風邪のせいだろうとカイロスは判断したようだ。

「はい……そうですね。寝ます。でも、部屋で」
「寝ろ」
「……はい」

 どうせ寝るなら部屋で寝たい。

 何一つ望んではいないというのに急に命の危険にさらされてしまった今、安心できる場所を求めるのは当然の流れなのだが、カイロスはちっとも気付いてくれない。

 それどころか寝やすいように、毛布をめくって横になるのを手助けしてくれる。いや、違う。強制的に寝るよう圧をかけてくる。

 王族にしか出せない威圧的なオーラを、病み上がりの身体で受けてしまったアンナは、しぶしぶながら観念することにした。ただ、これだけは譲れない。

「それでは、失礼して休ませていただきますが、一つお願いが……」
「ん?元気になったら島でも鉱山でも買ってやるから、おねだりは後にしろ」
「いえ、そんなのいりません。ただ、寝顔を見られるのは困るので席を外してください」
「やなこった」
「……えー」

 島と鉱山を買い与えるより、よっぽどここを出て行く方が簡単だ。

 なのにカイロスはとんでもなく理不尽な要求を突き付けられたような顔をする。彼の思考は、今日も安定のわからなさだ。

 ベッドに横たわっているアンナは、毛布を鼻先まであげて困惑する。

 そんなアンナをじろりと見たカイロスは、威圧的に口を開く。

「恋人がちゃんと寝るのを見届けるのが彼氏の役割だ。俺の特権を奪うなら、」
「……なら?」
「こうする」

 ニヤッと含み笑いをしたカイロスはアンナに手を伸ばす。

「ひぇ……ご、ご容赦を」
「はん、困らせるお前が悪い」

 強引に毛布をめくったカイロスは、アンナの胸元に手を伸ばす。

 保健室のベッドに寝かされていたアンナは、今、上着を脱がされた状態でいる。つまり薄いシャツ一枚しか着ていない。

 そうなると、迷いなく伸びてくる大きな手は、このままボタンに触れる……のかと思いきや。

 ──シュル、シュルル、シュル

 だらしなく結んでいたネクタイを外しただけだった。

「貰っておくぞ。この後のために」
「へ?……え?じゃあ、庭園パーティーは」
「お前はおあずけ。俺も参加する気は無いが、これを付けておけばいらん誘いを受けなくて済む」

 そう言いながらカイロスは、己のネクタイを外すと素早くアンナのネクタイを締めた。

 もとよりガタイの良いカイロスの首に女性用のネクタイは少々短い。

 しかし器用にトリニティノット型に結んだ彼の胸元は、まるでクラヴァットを着けたのように華やいでいた。

「どうだ?お前に喰われた俺らしく、しっかり首輪に見えるよう結んでみた」
「もうっ、カイロスさん!」

 ネクタイの端をピロピロと揺らしながらからかうカイロスに、アンナが声を上げる。

 それでもカイロスはどこ吹く風といった感じでネクタイの端に口付ける。

 悔しいがこの男、王子だけあって言葉遣いは悪いが仕草は洗練されている。

 そして顔まで良い。

 加えて自分の片思いの相手となれば、どうあっても勝てるはずがない。

 こんな状態でまさかネクタイを渡す羽目になるとは思ってなかったし、目の前で身に付けてくれるなんて数時間前までは想像すらしてなかったアンナは顔が赤くなるのを止められない。

 ただ、なんとなく二人の間の空気が以前のように戻ったような気がして、アンナは勇気を出してカイロスに聞いてみる。

「ネクタイを付けてくれたなら、仲直りしたってことで良いですか?」 
「ああ」

 そっけない答えであったが、食い気味だった。


 アンナはむぎゅっと口を噤んで毛布を被る。嬉しくて泣きそうな自分を隠す為に。
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