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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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 カイロスの手によって解かれたおさげは、ふわりと広がり背中に流れる。

「……あ、あの」

 急にこんなことをするカイロスの思考がわからなくて、アンナは狼狽える。

 一線を越えないという約束はした。

 けれど、自分の髪に触れ、時折うなじにも触れてくるカイロスの手は明らかに異性のもの。

 彼にとったら他愛のないやり取りなのかもしれないが、アンナはどうしたってこの先のことを想像してしまう。無言で背後に立たれれば、なおさらに。

 でもすぐに、身構えた自分が滑稽だったと笑うことになる。 

「やっぱり濡れてるか。まぁ仕方がない。この雨だからな」
「……は?……あ、はい。雨ですから。この雨ですものね」

 カイロスの言葉を理解したアンナは、こくこくと何度も頷く。全然いやらしいことなんて想像していないよとアピールするために。

 しかし行き過ぎたアピールは、逆に墓穴を掘ることになる。

「なんだお前、もしかして俺が何かするのを期待してたのか?」
「なっ……なんっ」

 絶対に触れて欲しくなかったそれを言葉に出されて、アンナは勢い良く立ち上がる。

「期待なんてしてないもん!!」

 振り返って、カイロスの胸倉を掴んで叫ぶ。

「うるせぇ。鼓膜が破れる」
「だって、だってカイロスさんがっ勘違いさせるようなことをするから!」
「へえ?」

 ニヤリと笑うカイロスに、アンナは更に墓穴を掘ってしまったことを知る。

 恥ずかしすぎて、もういっそそのまま穴の中に入って死んでしまいたい。

 そんな気持ちから、へなへなとアンナは床に崩れ落ちた。顔を覆って、慌てふためく自分の顔をカイロスから隠しながら。

 なのに彼は、容赦無い。

「その手をどけろ」
「やだ」
「駄目だ」
「やだやだやだ……っ、も、もうっ」

 顔を覆っていた手を無理矢理引き剥がされて、アンナは半泣きだった。

 そんなアンナをカイロスは優しく抱き寄せると、向日葵色の髪に手を入れた。ふわっと温かい風を頭皮に感じる。

「さっさと乾かさないと、風邪ひくだろうが。遊ぶのは後にしろ」
「……っ」

 己の胸に抱き込みながらやっていることは、ただ髪を乾かすことだけ。

 その現状に、アンナは切なさを通り越して苛立ちすら覚えてしまう。

「カイロスさん……こういうこと、しないでください」
「は?何がだ」

 髪を乾かすことに集中しているのか、カイロスの口調はぞんざいだ。

「雨に濡れたって私は平気です。それに今は誰の目もありませんから……」
「せんから、何だ?」
「無理に優しい彼を演じる必要なんてないです。今は普通にしててください」
「なるほど。お前は俺に気を遣ってくれるんだ。へぇ、随分とお優しいな」

 乾いたアンナの髪を指先で弄びながら、カイロスは皮肉げに笑う。

 でもよく見れば、深緑色の瞳は怒りが滲んでいる。

 田舎貴族の分際で、自分の行動を咎めたことに対して侮辱を覚えたのだろうか。

 それとも何だかんだ言ってもこれまでずっと従順だった仮初の婚約者が反発したことを苛立っているのだろうか。
 
 どちらにしてもアンナは「それで?」と言い返したい。普段ならそんな発想すら持てないけれど、今、ものすごく疲れていた。自分の気持ちを隠し続けることに。

 だから、とうとうこんなことまで口に出してしまう。

「カイロスさんにmもし心から大切にしたいと思える人が現れたら……きっと貴方は、私を仮初の恋人に選んだことを後悔します」
「はぁ?お前、何を言って」
「あのっ、もちろん私はそうなったら、いつでも身を引きます。何ならその方にこの状況を説明しますっ。ただ……余計な後悔をしないためにも、いつか現れる本当に大切な人の為にも、不必要に誤解を産むような言動は避けてくださいっ」

 ぐいっと力任せに両手でカイロスの胸を押して距離を取りながらアンナが一気に言えば、カイロスは半目になった。

「ほう。身を引く……ねえ。不必要……ねえ」

 じっくりと吟味するような口調で反芻したカイロスは、更に視線を険しくするとアンナの顎を掴んだ。

「言ってくれるじゃねえか」
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