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所詮権力はもっと強い権力に屈するのです

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「アナ! 大丈夫か!?」
「アナスタシア!」

 旦那様とお義兄様が慌てて駆け寄って来る。


「ごめんなさい……もうこれしか方法が思い付かなかったのです。こうなったらもう、事故に見せかけてりましょう」
「いや流石に駄目だよ!? 落ち着いて、アナスタシア! まだ何とかなるから!」
「……アナに手を汚させる訳にはいかない。トドメは私が刺そう」
「ちょっ! ジーンも! 落ち着いて!? あーもう、何がどうなってるのさ!??」

 腹を括って変な覚悟を決めた私と、そんな妻の為に汚れ役を買って出ようとする旦那様と、そんな2人に頭を抱えるお義兄様。中々のカオスである。


「貴様ら……自分が何をしたのか分かっているのか……?」

 そんな私達の騒ぎを他所に、殿下が憤怒の形相でユラリと立ち上がった。

 ほら、めっちゃ怒ってるって! 生きて帰したらとんでも無い事になるって!!

「王族に! しかも王太子であるこの私に危害を加えるなど国家叛逆罪だ!! 一族郎党から使用人に至るまで全員処刑だ!!」
 
 目を血走らせて叫ぶ王太子からは狂気すら感じる。

「それが嫌なら今すぐそこに這いつくばって私に詫びろ! 媚びろ! 赦しを乞え!!」

 おお……ヤベー奴を覚醒させてしまった。

 一人喚き散らす殿下を見ていると、私の方の頭が少し冷えて来た。
 人って、自分以上に取り乱してる人がいると何故か冷静になるよね。

「お義兄様、こんな大声出してて護衛騎士とか駆け付けて来ませんかね?」
「え? あ、ああ。この部屋の防音はかなりしっかりしてるけど、ここまで誰も来ないとなると多分殿下が人払いしてたんだろうね……」

 王太子が人払いまでして何してるんだ本当に。

 私が心底自国の王太子に失望していると、急にその張本人が静かになった。

 ん? と思って見てみると、フォスとクンツとカイヤが王太子の口にぎゅうぎゅうとマフィンを詰め込んでいる。恐らくうるさいから黙らせようと思ったのだろう。グッジョブである。

 一方の王太子はと言えば、マフィンがひとりでに己の口に入って来るという恐怖体験に直面し、引き続き取り乱している。

「旦那様、このままでは伯爵家がとんでも無い事になってしまいます。私、貴族社会へ飛び込むと決めた時から己の手を汚す覚悟は出来ております! ……埋めましょう」

 ムゴー! ムゴー! と殿下の声がする。
 煩いな、お前はマフィン食っとけ。

「だから、物騒な思想から離れて!? こんな話、聞かれた時点で叛逆罪だよ!?」

 お義兄様が必死に止めながらそう言う。正論だ。

「その通りだ! もう既に叛逆罪なんだよ! 謝れ! 跪け! そして脱げ!」

 マフィン食べ終わるの早いな。
 というか、どさくさに紛れて脱げって何だ、品性下劣か!

「フォス、クンツ、カイヤ! 次もっと硬いの!」
『『『ラジャー!!!』』』

 精霊達は的確に硬焼きのビスコッティを選ぶと殿下の口に詰め込み始める。
 さては君達、つまみ食いしてましたね?

「これはっフガ! 一体何ごぁっ いふぁい、いひゃいいひゃい!」

 ……まぁ、硬い物を詰め込まれたら痛いよね。


 何とも言えない空気の中、つい3人で殿下の醜態を眺める。

 私と旦那様はその滑稽さに微妙にプルプル来るのだが、精霊が見えないお義兄様はその異様さに恐怖で引き攣った顔をしている。
 

 ——— その時。

「ブフッ、……ちょ、もう駄目、アハハ…さっきから、笑い過ぎておな、フフ…お腹痛い……アハ、アハハ」

 突然続きの間の方の扉が開いたかと思うと、1人の女性がフラフラとお腹を抱えて出て来た。

 え!? 嘘、そっちに人いたの!?

 迂闊だった。いくらアレクサンダーお義兄様の事を信用していたとは言え、あんなに内密な話をするのに人の有無を確認してなかったなんて……!

「あ、アレクの義妹さん……ブフッ、全然大人しくて気弱じゃない……。な、投げられた時の、アルフォンス殿下の、あのっ顔……」

 笑い過ぎてヒーヒー言いながらソファーに座ったその女性は、息を整えると黒い艶やかな髪をファサッとかきあげた。

 おおっ! エキゾチック美女!!

 ……なんだけど、どこかで見た事のあるお顔。

 隣で旦那様がバッと頭を下げたので、私も慌ててカーテシーの姿勢を取る。

「ん? ああ、いいのいいの。頭を上げて頂戴。ここは非公式な場って事で」

 エキゾチック美女にそう促され恐る恐る顔を上げる。

 少し目尻が上がった勝気そうな瞳が印象的なこの美女は、やはり……

「カ、カーミラ王女殿下……?」

 何とかビスコッティを噛み砕いたらしき殿下が呆然と呟く。

「ええ、貴方の婚約者のカーミラですわ。アルフォンス王太子殿下」

 にっこり微笑む王女殿下……の、目が一切笑っていない。

「そんな……、な、何故王女殿下がこの様な所に? いや、そんな事より歓迎の宴をすぐに……ではなくて、そうだ、いつからここに……ま、まさか……」

 どんどんと顔色を失い狼狽える王太子。

 部屋の中のパワーバランスが一気に塗り替えられた瞬間だ。

「そんな所に立ったままではお話がしにくいわ。こちらに来てお座りになって?」
「あ、ああ、ありがとう、カーミラ王女殿下。そうさせて貰……

 王太子がそう言いながらカーミラ王女殿下の隣に座ろうとすると、王女殿下がサッと脚を組んでそれを邪魔した。
 タイトなロングドレスのスリットから覗く美脚が眩しい。

「嫌ですわ、殿下。殿下が座るのはこちらではないでしょう?」

 そう言うと、スッと取り出した扇を閉じたまま、その扇で床をチョンチョンと指す。

「どうぞ? お座りになって?」



 ……王太子殿下終了のお知らせである。


 
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