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16話
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少しだけ気を重くしながら騎士と共に応接間へ入ると、バッツィーニ伯爵が僕を見て微笑んだ。
相変わらず、色香の圧力がすごい。
「急な謁見に応じてくださり、ありがとうございます」
「ちょうど時間が空いていましたから」
敬礼している伯爵に合図をして対面に座ると、すぐにエヴァンが紅茶を持ってきた。
「それで、ご用件は?」
「はい。殿下のお耳にお入れしたいことがありまして」
伯爵は、僕の背後にいるフレデリクとエヴァンに目をやった。
「お人払いをしていただけませんか?」
それは難しい要望だ……色んな意味で。
「……僕の側近は、信頼の置ける人間だけです」
そう言って暗に断ると、伯爵は大げさな仕草で残念そうな顔をした。
「殿下の美しい瞳と鈴を転がすようなお声を、ひとときだけでも独り占めしたかったのですが……残念です」
うわぁ……。
「……早速、本題に入っていただけますか?」
余計な会話は無用だとばかりに急かす僕に対して、伯爵は鳶色の目を細めると、色香たっぷりの笑顔を見せた。
「殿下は非常に真面目でいらっしゃいますね。そういうところも魅力的で、瞬く間に心を奪われてしまいます」
だぁかぁらぁ!
そんなチャラチャラした話をしてると、後ろの騎士がブチ切れるんだってば!
僕の気持ちを焦らそうとしているのか、伯爵はゆったりと言葉をつむいでいく。
「私の領地は、貴国とレナルレの国境付近にありまして、レモンの生産に力を入れております。このラオネスの地でも取り扱いを――」
んんんんん~~~????
バッツィーニ伯爵領の話が始まって、僕は困惑した。
世間話をするために、わざわざ王子相手に謁見を願い出たわけではないだろう。
「私も小規模ながら領地に港町を有しております。ラオネスとは比べものになりませんが、是非とも貴国の海運業を学ばせていただこうと、この地で勉強を重ねております。あとは……レナルレの国王陛下より命じられて、色々と調査を行っておりますね」
はぁっ!?
王様から命じられた調査って何さ!?
さらっと最後に付け足された情報に耳を疑う。
「それは……つまり、諜報活動をしておられるということですか?」
伯爵は声を出して笑った。
何が面白いのか全く分からない。
「とんでもない。私が調べているのは、貴国の内情ではありませんよ」
じゃあ、何の調査なの!?
もったいぶった話し方に、ちょっとイラっとしてしまう。
いかにも貴族らしい話術だ。
「この地で、人身売買が画策されているという情報があります」
「え!?」
何だって!?
驚くことさえできないような、とてつもない話に、再び耳を疑った。
「そんな重罪行為が、ラオネスで……?」
人身売買はロベルティア王国では重罪だ。
大陸内で合法としている国もあるが、少なくとも大陸西部の国々はどこも禁止している。
「実際には、まだ行われてはいません。第二王子殿下が領主として着任されてから、話は一度立ち消えたようです。しかし、再び始動しようとしている気配があります。この件に関しては、慎重に事が運ばれていたらしく、私も情報を得られたのは偶然と言っても過言ではありません。どうやら、いくつかの国の商人や貴族が関わっているようで。レナルレの者が主導しているという話もあり、許しがたいことです……」
伯爵は小さくため息を吐くと、先程とは別人のような表情で話を続ける。
「これは確かな情報とは言えませんが……。貴国側は人身売買を黙認することで利益を得ようとしていたようです。もし、売買の件が表沙汰になったとしても、自分たちは関与してないと主張できますしね」
「そんな卑怯なことを……。お金を受け取った上で関与を否定すれば、国際問題になってもおかしくないのに……」
これが全て本当だとしたら、恐ろしい話だ。
「バッツィーニ伯爵……」
僕は伯爵の鳶色の瞳を強く見据えた。
そして、今一番の疑問を口にする。
「何故、この話を僕にしてくださったのですか?」
こんな幾つもの国が関わっている極秘情報を、王都からやってきたばかりの僕にする意味が分からなかった。
「兄上やゴーチェ子爵にお話しになった方が、都合がいいと思うのですが」
「それは……」
伯爵は場の雰囲気を無視するかのように、にっこりと笑った。
「殿下に褒めていただきたいからですね」
「え?」
何だそりゃ?
「殿下が優しく労ってくだされば、非常にやる気が満ちて、今後の調査も頑張ることができますから」
えぇ……。
もはや、冗談か本気か、全く分からない。
そして、背後の専属騎士のまとう空気が冷えきっているのを、肌で感じた。
「……情報提供をありがとうございます。すぐに兄上に伝えて、早急にこちらも調査を進めようと思います。また、色々とお伺いすることになりますので、その時はよろしくお願いします」
簡潔に言うと、伯爵が再び残念そうな顔をした。
「……それだけですか?」
「それだけです」
「私は、もっと殿下とお近づきになりたいのですが……次回以降に期待しておきましょう」
「…………」
いや~期待に応えたくはないなぁ~。
僕の気持ちを表情から察したのか、伯爵は何故だか嬉しそうに頬を緩めた。
「殿下はつれない御方ですね」
「ソウデスネ……はは……」
伯爵は、追加で甘い言葉を僕に浴びせまくると、色香が過剰にまぶされた微笑みを絶やすことなく帰っていった。
「なかなかのくせ者ですね……」
フェロモンの圧が消えた部屋の中で、エヴァンがぼそりと口にする。
「そうだね……ちょっと疲れたよ。でも、すごい情報をくれたね。人身売買だなんて、とんでもない話だよ」
「何者かが金欲しさに犯罪を召致したのでしょう。黙認して裏金を得る……楽に稼ぐ方法ではありますよね。それこそ、寝ているだけで大金ですから」
エヴァンが、心底軽蔑したような表情を浮かべた。
「ねぇ……もしかして、兄上に嫌がらせをしてる人たちって、この件に関わってる人なんじゃないかな?」
バッツィーニ伯爵は、兄が領主となってから話が立ち消えたと言っていた。
あちらからすれば、兄に人身売買の企てを邪魔されたということにならないか。
「その可能性はありますね」
「とにかく、すぐに兄上に伝えたほうがいいね」
「そうですね。私も探ってみます」
「ふふ。頼もしいね。無理のない範囲でお願いするよ。あと、もう一ついいかな? 紅茶が冷めちゃったから、新しいものを。何かお菓子と一緒に、僕の部屋にね」
「かしこまりました」
エヴァンはテーブルから紅茶をさげると、すぐに部屋を出ていった。
「…………」
「…………」
さっきから、フレッドがまっっっったく話さない……!
「フレッド~!」
僕は立ちあがると、フレデリクの分厚い胸に抱きついた。
「また、ご機嫌ななめになってるでしょ~?」
「重大な情報と引き換えに、テオと距離を詰めようとしているのが気に食わない」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、バッツィーニ伯爵への苦情を言うものだから、僕は思わず笑ってしまいそうになった。
「貴族ってそういうものだって。何だか癖の強い人だけど、重大な情報をくれたんだから、ありがたいことだよ」
「……これで、テオとの謁見を希望してきても断れなくなった。伯爵の思い通りだ」
「ああ、それは……」
会いたいと言われたら。
現状、大きな借りがあるような状態では断りづらいだろう。
「なるべく会わないようにするよ。人身売買の話だって、僕を通すのは、兄上たちが気をもむだけだしね」
逞しい胸に頬擦りすると、フレデリクは僕の髪に唇を落として、ぎゅっと強く抱きしめてきた。
「……ボーシャン殿が密偵だったのには驚いたな」
「そうだね」
「……優秀な侍従でよかったな」
どこか拗ねた声音に、僕はとうとう笑ってしまった。
「そこで嫉妬しないでよ。フレッドだって、優秀な騎士様でしょ? それこそ、専属騎士と侯爵令息の二つの顔を駆使して、いつも僕を守ってくれるじゃない」
僕は背伸びをして、形良い唇にちゅっと口づけた。
「それに……キスで何でもしてくれる甘い騎士様だ」
精悍な美貌を見つめると、アクアマリンの目が意味ありげに細められる。
「今は、何をしてほしい?」
「……もっと、キスしてほしいな」
「全ては仰せのままに……」
瞼を閉じると、おとがいを持ちあげられ、そっと唇が重なった。
啄まれ、擦れ合う唇の心地よい感触に、僕はすぐ夢中になる。
「……ぁ、んっ……フレッド、もっと……っ」
自室に戻るのも忘れて、濃厚な口づけを堪能する。
その後、フレデリクの機嫌がなおるまで口内を貪りつくされ、僕の腰は抜けてしまった。
横抱きで自室まで運ばれて、エヴァンに生温い微笑みを向けられたのは、忘れ去りたい記憶の一つだ。
相変わらず、色香の圧力がすごい。
「急な謁見に応じてくださり、ありがとうございます」
「ちょうど時間が空いていましたから」
敬礼している伯爵に合図をして対面に座ると、すぐにエヴァンが紅茶を持ってきた。
「それで、ご用件は?」
「はい。殿下のお耳にお入れしたいことがありまして」
伯爵は、僕の背後にいるフレデリクとエヴァンに目をやった。
「お人払いをしていただけませんか?」
それは難しい要望だ……色んな意味で。
「……僕の側近は、信頼の置ける人間だけです」
そう言って暗に断ると、伯爵は大げさな仕草で残念そうな顔をした。
「殿下の美しい瞳と鈴を転がすようなお声を、ひとときだけでも独り占めしたかったのですが……残念です」
うわぁ……。
「……早速、本題に入っていただけますか?」
余計な会話は無用だとばかりに急かす僕に対して、伯爵は鳶色の目を細めると、色香たっぷりの笑顔を見せた。
「殿下は非常に真面目でいらっしゃいますね。そういうところも魅力的で、瞬く間に心を奪われてしまいます」
だぁかぁらぁ!
そんなチャラチャラした話をしてると、後ろの騎士がブチ切れるんだってば!
僕の気持ちを焦らそうとしているのか、伯爵はゆったりと言葉をつむいでいく。
「私の領地は、貴国とレナルレの国境付近にありまして、レモンの生産に力を入れております。このラオネスの地でも取り扱いを――」
んんんんん~~~????
バッツィーニ伯爵領の話が始まって、僕は困惑した。
世間話をするために、わざわざ王子相手に謁見を願い出たわけではないだろう。
「私も小規模ながら領地に港町を有しております。ラオネスとは比べものになりませんが、是非とも貴国の海運業を学ばせていただこうと、この地で勉強を重ねております。あとは……レナルレの国王陛下より命じられて、色々と調査を行っておりますね」
はぁっ!?
王様から命じられた調査って何さ!?
さらっと最後に付け足された情報に耳を疑う。
「それは……つまり、諜報活動をしておられるということですか?」
伯爵は声を出して笑った。
何が面白いのか全く分からない。
「とんでもない。私が調べているのは、貴国の内情ではありませんよ」
じゃあ、何の調査なの!?
もったいぶった話し方に、ちょっとイラっとしてしまう。
いかにも貴族らしい話術だ。
「この地で、人身売買が画策されているという情報があります」
「え!?」
何だって!?
驚くことさえできないような、とてつもない話に、再び耳を疑った。
「そんな重罪行為が、ラオネスで……?」
人身売買はロベルティア王国では重罪だ。
大陸内で合法としている国もあるが、少なくとも大陸西部の国々はどこも禁止している。
「実際には、まだ行われてはいません。第二王子殿下が領主として着任されてから、話は一度立ち消えたようです。しかし、再び始動しようとしている気配があります。この件に関しては、慎重に事が運ばれていたらしく、私も情報を得られたのは偶然と言っても過言ではありません。どうやら、いくつかの国の商人や貴族が関わっているようで。レナルレの者が主導しているという話もあり、許しがたいことです……」
伯爵は小さくため息を吐くと、先程とは別人のような表情で話を続ける。
「これは確かな情報とは言えませんが……。貴国側は人身売買を黙認することで利益を得ようとしていたようです。もし、売買の件が表沙汰になったとしても、自分たちは関与してないと主張できますしね」
「そんな卑怯なことを……。お金を受け取った上で関与を否定すれば、国際問題になってもおかしくないのに……」
これが全て本当だとしたら、恐ろしい話だ。
「バッツィーニ伯爵……」
僕は伯爵の鳶色の瞳を強く見据えた。
そして、今一番の疑問を口にする。
「何故、この話を僕にしてくださったのですか?」
こんな幾つもの国が関わっている極秘情報を、王都からやってきたばかりの僕にする意味が分からなかった。
「兄上やゴーチェ子爵にお話しになった方が、都合がいいと思うのですが」
「それは……」
伯爵は場の雰囲気を無視するかのように、にっこりと笑った。
「殿下に褒めていただきたいからですね」
「え?」
何だそりゃ?
「殿下が優しく労ってくだされば、非常にやる気が満ちて、今後の調査も頑張ることができますから」
えぇ……。
もはや、冗談か本気か、全く分からない。
そして、背後の専属騎士のまとう空気が冷えきっているのを、肌で感じた。
「……情報提供をありがとうございます。すぐに兄上に伝えて、早急にこちらも調査を進めようと思います。また、色々とお伺いすることになりますので、その時はよろしくお願いします」
簡潔に言うと、伯爵が再び残念そうな顔をした。
「……それだけですか?」
「それだけです」
「私は、もっと殿下とお近づきになりたいのですが……次回以降に期待しておきましょう」
「…………」
いや~期待に応えたくはないなぁ~。
僕の気持ちを表情から察したのか、伯爵は何故だか嬉しそうに頬を緩めた。
「殿下はつれない御方ですね」
「ソウデスネ……はは……」
伯爵は、追加で甘い言葉を僕に浴びせまくると、色香が過剰にまぶされた微笑みを絶やすことなく帰っていった。
「なかなかのくせ者ですね……」
フェロモンの圧が消えた部屋の中で、エヴァンがぼそりと口にする。
「そうだね……ちょっと疲れたよ。でも、すごい情報をくれたね。人身売買だなんて、とんでもない話だよ」
「何者かが金欲しさに犯罪を召致したのでしょう。黙認して裏金を得る……楽に稼ぐ方法ではありますよね。それこそ、寝ているだけで大金ですから」
エヴァンが、心底軽蔑したような表情を浮かべた。
「ねぇ……もしかして、兄上に嫌がらせをしてる人たちって、この件に関わってる人なんじゃないかな?」
バッツィーニ伯爵は、兄が領主となってから話が立ち消えたと言っていた。
あちらからすれば、兄に人身売買の企てを邪魔されたということにならないか。
「その可能性はありますね」
「とにかく、すぐに兄上に伝えたほうがいいね」
「そうですね。私も探ってみます」
「ふふ。頼もしいね。無理のない範囲でお願いするよ。あと、もう一ついいかな? 紅茶が冷めちゃったから、新しいものを。何かお菓子と一緒に、僕の部屋にね」
「かしこまりました」
エヴァンはテーブルから紅茶をさげると、すぐに部屋を出ていった。
「…………」
「…………」
さっきから、フレッドがまっっっったく話さない……!
「フレッド~!」
僕は立ちあがると、フレデリクの分厚い胸に抱きついた。
「また、ご機嫌ななめになってるでしょ~?」
「重大な情報と引き換えに、テオと距離を詰めようとしているのが気に食わない」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、バッツィーニ伯爵への苦情を言うものだから、僕は思わず笑ってしまいそうになった。
「貴族ってそういうものだって。何だか癖の強い人だけど、重大な情報をくれたんだから、ありがたいことだよ」
「……これで、テオとの謁見を希望してきても断れなくなった。伯爵の思い通りだ」
「ああ、それは……」
会いたいと言われたら。
現状、大きな借りがあるような状態では断りづらいだろう。
「なるべく会わないようにするよ。人身売買の話だって、僕を通すのは、兄上たちが気をもむだけだしね」
逞しい胸に頬擦りすると、フレデリクは僕の髪に唇を落として、ぎゅっと強く抱きしめてきた。
「……ボーシャン殿が密偵だったのには驚いたな」
「そうだね」
「……優秀な侍従でよかったな」
どこか拗ねた声音に、僕はとうとう笑ってしまった。
「そこで嫉妬しないでよ。フレッドだって、優秀な騎士様でしょ? それこそ、専属騎士と侯爵令息の二つの顔を駆使して、いつも僕を守ってくれるじゃない」
僕は背伸びをして、形良い唇にちゅっと口づけた。
「それに……キスで何でもしてくれる甘い騎士様だ」
精悍な美貌を見つめると、アクアマリンの目が意味ありげに細められる。
「今は、何をしてほしい?」
「……もっと、キスしてほしいな」
「全ては仰せのままに……」
瞼を閉じると、おとがいを持ちあげられ、そっと唇が重なった。
啄まれ、擦れ合う唇の心地よい感触に、僕はすぐ夢中になる。
「……ぁ、んっ……フレッド、もっと……っ」
自室に戻るのも忘れて、濃厚な口づけを堪能する。
その後、フレデリクの機嫌がなおるまで口内を貪りつくされ、僕の腰は抜けてしまった。
横抱きで自室まで運ばれて、エヴァンに生温い微笑みを向けられたのは、忘れ去りたい記憶の一つだ。
応援ありがとうございます!
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