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4話

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わぁ……みんなの表情、何だか懐かしいなぁ。

驚愕の表情を浮かべて静まり返る面々を見て、僕は痩せたばかりの頃の周囲の反応を思い出した。
そうそう。誰もが、こんな風にすごく驚いていた。
王都では、僕を見て驚く人なんて、もういないけど。
ラオネスでは、僕はまだ太った第三王子でしかないだろう。

……評判だって、最悪だろうし。

「クロード兄上!」

僕は、驚きのあまりに絶句している兄の名を呼んだ。

クロード・レジス・クールトア。

ロベルティア王国の第二王子であり、五つ年上の僕の異母兄。

淡い金色の髪に、深い知性を感じる美しい菫色の瞳。
品よく通った高い鼻梁に、微笑みが似合う形良い唇。
唯一無二の美しさだと讃えられている前王妃と瓜二つの顔立ち。
しかし、決して女性らしい印象は受けない。
柔和な美貌には、芯のある男らしさがしっかりと備わっていて。
長兄と同様に文武両道で、羨ましいほど立派な背丈と体つきをしている。
長兄は近寄りがたい鋭さを持っているのに対して、次兄は誰をも受け入れてくれるような穏やかさを持っている。
互いを補完するような二人の魅力は、国民から絶大な人気をほこっていて……。

うっ……兄上たちの魅力を語ると、僕はいらないんじゃないかなっていう話に帰結していくんですけれどもっ!
いや、やめよう。
前はそう思っていたけど、今は地味に細々と第三王子として頑張っていく所存である。

「……テオ、ドール……だよね? いや、その髪も目も、テオで間違いないんだけど……え、本当に?」

こちらが申し訳なくなるほどの驚きと困惑を見せる兄。
家族の中では一番の驚きようだ。

「はいっ! 本当に弟のテオドールです。随分と痩せたでしょう? 健康的な体になろうと思って頑張ったんですよ」
「…………」

微笑みと共に明瞭に答えたのだけれど、兄は僕を間近で見下ろしながら、改めて絶句していた。

「あ、兄上……?」
「俺の弟は……こんなに可愛い仕草で気さくに会話をしてくれるような子じゃないよ……」
「え?」

アメジストの瞳が懐疑心に満ちている。

そんなに疑うの!?

「その……会話はまともにするべきだなって……」
「まとも……?」
「あ、あのっ、これまではまともじゃなかったですけど、これからは普通にっ――」
「普通……?」

あああっ!
何を話しても、弟がこんなこと言うわけないだろって、別人疑惑が増していってるじゃんっ!

「……あんなに食べてばかりで贅肉を蓄えていたテオが、こんなに痩せられるの?」
「しっかりと運動して、痩せましたからっ!」
「それで、話し方まで別人に?」
「減量を機に態度も改めようと思ったんですっ。信じてくださいよ!」

驚きと困惑と、疑いまで混ざっている様子の柔和な美貌を、僕は必死に見つめる。
目の前の兄は、記憶の中より随分と男ぶりが上がっている気がした。

「どうしても、俺の中のテオと結びつかないけど……でも、別人なわけがないもんね」
「そうですよっ。僕は正真正銘、テオドールです!」

それから、何度も言葉を重ねると、やっと兄の疑惑の念が薄くなった。

「分かったよ……驚くほど美しくなったから、ちょっと信じられなくて動揺してた」

兄は苦笑すると、表情と姿勢を正した。

「ようこそ、ラオネスへ。歓迎するよ。テオと会うのも久しぶりで……まさか、こんなに痩せて、別人のようにしっかりしてるなんて……。ああ、ごめん。さっきから驚くことしかできてないな」

キリっと正したはずの兄の顔が、すぐに元の表情に引き戻されている。

分かる、分かるよ。皆そうだったから。
あのテオドールがこれになるって、奇想天外なとんでも話だよね。

驚きが冷めない兄を前に、今度は僕が苦笑した。

「兄上の耳にも届いていると思いますが、僕は長らく父上に謹慎を命じられていました。その中で色々と自分の行いを反省しまして……」

お決まりの、信憑性があるようで全くない話をする。
予想通り、謹慎ぐらいで反省するタマか? というような顔をされた。

だよね……。実際、反省なんて全くしてなかったし。
でも、本当のことなんて、絶対に話せないし……。

僕には、恋人のフレデリクにしか話していない、大きな秘密がある。
それは、前世の記憶があるということだ。
謹慎中に何の前触れもなく現れた、異世界の日本人男性の記憶。
テオドールとは全く違う価値観のそれは、僕の人生を変える大きなきっかけとなった。
しかし、輪廻転生の概念すらないこの世界で、前世の自分と人格が融合しましたなんて話をできるわけがない。
このことは、フレデリク以外に話すつもりはなかった。

「謹慎って菫の館でだよね? テオにとっては相当辛い日々だったんだね」
「そう、ですね……」

そんなことはない。悠々自適にやらせてもらってます。
なんて思いながら、僕は曖昧に返事をしておく。

「いや、それにしても……って、ここだと場所が悪いね。いつまでも驚いてばかりだと段取りが悪くなるし。聞きたいことは山のようにあるけど、まずは館の中を案内するよ。滞在中は、ここでの暮らしになるから」

兄は仕切り直しとばかりに微笑むと、僕たちを館内へと促した。

「素敵な領主館ですね」
「古城を改装していてね。外装は古いけど、中は割ときれいなんだ」

前庭を進み、敬礼している面々の間を僕たちは歩いていく。

「ここにいる皆とは、今夜の夜会で改めて挨拶をしてね」
「夜会、ですか?」
「今夜は、テオの歓迎の夜会が予定されてるんだ。到着早々で疲れてるだろうけど……」
「いえ。歓迎の夜会なんて嬉しいです」

僕はにっこりと笑った。

今更、夜会の一つや二つぐらい、なんてことはない。
そもそも、王都からラオネスまで二十日もかかったのは、各地で社交に明け暮れながら進んでいたからだ。
貴族の邸宅に泊まらせてもらっては、そこでお茶会、夜会、晩餐会!
とんでもない過密スケジュールが組まれていたことだって何度もあった。
それを思えば、到着早々の夜会なんて優しいものだ。

「わ……本当に、外と中の印象が随分と違いますね」

館の中に入ると、外からは想像できない内装に驚いた。
兄の言う通り、外観は古めかしい石造りの古城だが、中は木の温かみを感じるような内装だった。
細緻な彫模様のある木造の柱が並び、壁や床を彩るタペストリーや絨毯は、どれも目をみはる美しさだ。
王都の城のような押しの強い華美さではなく、さりげない上品さと落ち着きのある華やかさ。
いかにも商人の街にある館という印象だった。

「その奥がテオの部屋で、階段の手前にあるのが、俺の執務室だ。仕事自体はここじゃなくて、事務会館ですることが多いけどね。さぁ、入って」

軽く館の中を紹介されると、最後に兄の執務室へと案内された。
最初に目に入ったのは大量の本だ。
右の壁一面が全て本棚になっており、ずらりと本や資料が並んでいる。
艶のある濃茶色の木材で統一された室内は非常に居心地がよく、仕事や読書がはかどりそうだった。









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