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3話

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この地に、あの悪名高い王子がやってくる。
王都から第三王子滞在のお達しが下った時、ラオネスの都市当局の者たちは、誰もが冗談であってくれと心から願った。

――我儘わがまま傲慢ごうまん、それから横暴。醜い言葉がよく似合う、性根の悪さは国一番――

なんて、吟遊詩人にまで歌われるほどのバカ王子が、まさかこの街に来ることになるとは。
以前、国王は更生のために王子をサンティレール公爵家に滞在させていた時があった。きっと、今度はこの街が更生の地に選ばれてしまったのだろう。
国王からの通達には、社会勉強をさせるとあったが、そんなものは建前に決まっている。あの嵐と竜巻を一緒にしたような、とんでもない王子のお守りを押しつけられたのだ。
最悪なことになった……と、面々は頭を抱えた。

そんな彼らを、懸命に慰める者がいた。

第二王子であり、ラオネス領主のクロードだ。
といっても、領主本人も父の暴挙に驚いていた。
数年前に弟が滞在していたサンティレール公爵領の牧歌的な郊外とは違い、ここは休みを知らない一大商業都市のラオネスだ。
この地にも領主である自分にも、弟のわがままを受け止めるだけの余裕はない。
それは父も分かっているだろうに。

もちろん、王都で起こったリーフェの騒動は耳にしている。
弟が侍従におとしいれられそうになったことも。
父は、いまだに騒ぎがおさまらない王都から距離をとらせたいのだろう。

その気持ちは理解できる。できるのだが……。

第二王子は、ひっそりと周囲の人々と同じように頭を抱えた。
リーフェの件と共に、肥満体の弟が痩せただの、別人のような気性になっただのという噂も耳にしていたが、正直、情報が錯綜さくそうして意味が分からなかった。
あの暴飲暴食が大好きで運動が大嫌いな弟が、大病でも患わない限り減量なんてできるわけがない。
そして、あの荒い気性がリーフェの騒動に巻き込まれたからといって、変わるとも思えない。
色々と気になったが、王都から遠く離れたこの地では、話の全てに尾ひれがついてしまい真偽不明だった。
それならばと兄に書簡を送ってみたりもしたが、質問をはぐらかされた返事がきた。

父といい兄といい、一体何なのか。

釈然としないまま仕事に追われている内に、とうとう迎えてしまった弟の到着当日。
領主館の前庭には、出迎えのためにラオネスの要人が集まっていた。
彼らが口にするのは、世に溢れている第三王子の噂話。
理不尽な行いに人々がどれだけ振り回されてきたことかと嘆いていると、先触れの従者が王子の来着を知らせた。

「ロベルティアの災厄が、とうとうラオネスに……」

そう呟いたのは誰だったか。
気を重くする面々の見守る中、護衛に囲まれて一台の馬車が前庭に停車した。
すぐに従者が降車の準備を整えて扉を開けると、騎士が当然のように手を差し出す。
太りすぎて、とうとう一人では馬車さえ乗降できなくなったのかと皆が思った瞬間、その手の上に白魚のような美しいそれが重ねられた。

え……!?!?

予想外のきれいな手に動揺していると、馬車の中から奇跡のような美青年が、ゆっくりと姿を現した。

誰――!?!?!?!?

皆の胸中に同じ疑問が駆け抜け、場の空気が一変する。
あまりの衝撃に開いた口を閉じることも忘れて、前庭にいる全員がその美青年を見つめた。

暖かい潮風を受けて、ふわりとそよぐ蜂蜜色の髪に、肌理きめの細かな白い肌。
太陽の光を浴びて、どんな宝石よりも煌めく可憐なエメラルドの瞳は、長い睫に縁取られて、瞬きの度に魅力が増していく。
そして、ツンと通ったこぶりな鼻と柔らかそうな桃色の唇。
一見して気位の高そうな美貌が、ひとたび微笑みを浮かべると、その優しい眼差しに老若男女がもれなく虜となった。

どういうことだ。

この馬車から降りてくるのは『あの』第三王子であるはずだ。
我儘で横暴な、ラオネスでも悪名高いバカ王子。
彼は暴飲暴食を繰り返して、ひどい肥満体であることでも有名で。

それがどうだ。

今、自分たちの前にいる美青年には、無駄な肉など全く見当たらない。
すっと伸びた手足は非常に軽やかで。
均整のとれた身を、フリルが可愛らしい白と緑を基調とした一揃えで包み、胸もとを大きなリボンタイで飾っている。
この世に一人として並ぶ者がないと思える花のかんばせには、記憶にあるバカ王子の面影は皆無だった。

信じられない。

悪名だけを知る者も、あまりに噂とかけ離れた容姿に、ただ驚くことしかできずにいる。
そんな貴族や有力商人たちと同様に、兄である第二王子も愕然とした表情を浮かべていた。
幼い頃から、何度言いきかせても不摂生な生活を改めずに、太りつづけていた弟。
専属騎士と侍従を従えて、優雅な足取りでこちらに向かってくる美青年は、その佇まいからして全く弟には見えなくて。
耳にしていた痩せたという噂が本当だったとしても、こんなに減量した上に雰囲気ごと変わるなんて可能なのか。
到着したのは弟ではなくて別の要人では? なんて、ありえないことを本気で考えていると、側まで来た美青年がこちらを見つめて笑みを深めてくる。
非常に愛らしい表情は別として、髪と瞳の色は、間違いなく弟のものだった。

「兄上。ご無沙汰しております。わざわざお出迎えをしていただいて、ありがとうございます」

美青年は周囲にも視線を巡らせた。

「皆さんも、僕のために足を運んでくださって、とても嬉しいです。王都から遠く離れた地に来ることを不安に感じていましたが、美しいラオネスの街並みを目にした瞬間に、この地を訪れる機会に恵まれた幸せを噛みしめることができました。一流の商業都市に滞在するのは初めてで、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、あちらに広がる果てしない海のように、どうか寛大な心で受け入れてくだされば……なんて言うと、僕のわがままでしょうか」

そう言って、美青年は可憐な表情を皆にふりまいた。

……本当に、弟なのか――?

軽口を交えた如才じょさいない挨拶に、驚愕を通り越して戦慄する。
とんでもない驚きに飲まれ、第二王子は弟らしき美青年を呆然と見つめることしかできなかった。








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