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呪われた血

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「お前たち、本当にどこから来たんだ?」

僕たち二人はその後、森から抜けてすぐの場所にあるお屋敷に案内されていた。
そこで出されたサンドイッチにこうしてかぶりついている。なんだか久しぶりの食事だ。夢じゃなかったのはショックだけど。

「そんなにがっつくな。
体に障る」

対面に座った彼は呆れたように言う。
僕は口の中にあるサンドイッチをようやく飲み込んだ。すごく美味しい。

「僕たちもそこがよく分かってなくて」

「どういうことだ?」

「俺たちも目的があって、ここに来たわけじゃない、ただ自分を救えって」

千尋の言葉に僕も頷いた。

「ふむ」

千尋に似た誰かは考え始める。

「異次元から来たなんて、本来なら信じないが、お前たちを見てしまうとな」

ですよねえ。
申し訳ないなぁ。
その人はため息をついて言う。

「それにお前たちから害意は感じられないし、なにかわかるまで面倒は見よう」

「いいんですか?よかった!」 

「なら、自己紹介からだ。
俺はチヒロ。チヒロ・カムイと言う。国家プラチナで彼方姫の護衛として働いている」

「僕は本田加那太です」

「俺は倉沢千尋だ」

「二人ともよろしくな」

「失礼致します」

部屋に女性が入ってくる。
その人はメイドさんのような格好をしている。もしかして、侍女ってやつかな?

「チヒロ様、お湯の支度が整いました」

「二人とも、先に風呂に入って着替えてきてくれ。詳しい話はそれからだ」

いつの間にか僕たちは泥だらけになっていた。
体に小さい葉っぱがあちこちに付いている。
僕たちはお言葉に甘えることにした。

「わー、広いー」

浴場内は広くて、温かった。
僕の声が中で響く。

「インフラ、ちゃんとしてるんだな」

千尋が洗い場の蛇口を捻りながら言う。
先程電気があることもわかっていた。

「本当だね。ますますゲームみたいだよ」

「不思議なとこだよな」

体を洗って二人で広い湯船に浸かる。お湯が濁っているから温泉なのかもしれない。

「はー、しみるー」

「向こうはどうなってるんだろうな?」

千尋の心配は僕にもよくわかった。こちらの世界に来て、もう三時間くらいだろうか?
向こうで同じように時間が経つのかもわからない。
ここはどこなんだろう。

「お母さん怒ってるかも」

「カレンダーも投げ出してきたしな」

「やばいよね」

「だな」

声の反響が止んでしん、となる。

とにかく帰るために、僕たちにはここでやらなきゃいけないことがあるのは間違いなかった。
ゲームでいえば、クリアということだ。

「加那、まずはカムイからよく話を聞こう。俺たちに今できるのはそれくらいだ」

「だね」

のぼせそうになって、僕たちはお風呂からあがった。
脱衣所のカゴに新しい下着と服が置いてある。
まさにいたれりつくせりだ。
白いシャツに、ベージュのパンツを身につける。
サイズも不思議なことにぴったりだった。

「ようやくまともな格好になったよ」

僕が呟くと、千尋は笑う。

「先輩が聞いてたらやばそうだな」

「わわ、絶対に言わないで!」

「加那」

千尋に抱き寄せられて、軽くキスされた。

「必ず帰ろうな」

「うん」

千尋と僕は、今年の夏から付き合い始めた。
それまでもお互いを好きで意識していたけれど、お互いにあまり近付かないように気を付けていた。やっぱり男同士というのには抵抗があったからだ。
その均衡は文化祭の準備と言う名目で簡単に崩れる。

僕は隙さえあれば千尋のそばにいたし、キスだって隠れていっぱいした。
それ以上は怖くてしていないけれど今はそれでいい。隣の千尋を見ると笑ってくれる。

(千尋ってなんでこんなにかっこいいかな)

なんだか恥ずかしくなって、僕は千尋から目をそらした。

「加那、戻るぞ」

「はーい」

千尋の大きな背中を見て、僕はいよいよ我慢できなくなった。

「えい!」

ふざけて、後ろから体当たりしておく。

「加那」

千尋はこういうことをしてもあまり怒らない。
なにも無かったように抱き締められた。

「加那、危ないぞ」

「うん、ごめん」

小学生みたいな愛情表現だけど、千尋はちゃんとわかってくれている。しばらくそのまま、抱き合っていた。

「加那、ホント我慢できなくなるから」

「僕もだよ、ごめん」

慌てて離れて、僕らはチヒロさんのもとに戻った。

「二人とも着替えたか?
なら早速始めようか」

チヒロさんは何かの本を僕らに見せる。分厚い古い本だ。
僕らがそれを覗き込むと、本から怪しい煙が出てきた。
え、火事じゃないよね?
怖くなってチヒロさんを見つめると頷かれる。
一体何が起ころうとしてるんだろう。

気が付くと、僕は広い草原にいた。たった一人だ。心細くなってあたりを見回す。
でも何もなかった。

(ここはどこ?)

「加那太」

誰かに呼ばれて、僕は振り返った。
その人はなんだかうっすらとしている。
背中から白い翼が生えているのが見えた。

(誰だろう?)

僕は更に怖くなって後ずさった。
その人は、にこりと笑う。
敵意は感じられない。

(大丈夫かな?)

「加那太。僕は君の力の源だ。
見て」

彼に言われるがままに僕は空を見上げた。
雲一つない大空。

「君の心は誰よりも澄んでいる。だから悪意には気を付けなくちゃいけないよ」

ここが僕の心の中?
こんなに綺麗な場所が。

「加那太、君に人を助ける力を渡す。それを君は使いこなすんだ。きっと君なら」

「待って!」

その人は僕を抱き締める。

「僕は君と共に」

そう彼は笑顔で言って消えてしまった。
気が付くと元の場所にいた。
心の中に入れるなんて。
なんだか、体がいつもより軽い。
そして、背中が熱かった。

「加那、大丈夫だったか?」

「うん。千尋は?」

「気がついたら海の中にいたよ、驚いた」

大きい深い海は千尋にぴったりかもしれない。

「お前たちのジョブが決定したようだ」

チヒロさんが言う。
え?ジョブ?

「ジョブってなんですか?」

千尋の問いにチヒロさんは頷いて説明してくれた。

「この世界には魔物がいる。
だから戦えないと生きていけない。
この本で適正を測ると、それぞれのジョブの見習いになれる」

なるほど。ますますゲームじみてきた。

「僕たちはなんのジョブだったんですか?」

チヒロさんは笑った。

「加那太、お前はサポートメインの天使だ。
千尋は攻撃専門の刀剣使い。
パーティとしては上出来だな」

僕たちはお互いの顔を見合わせた。天使ってなんだか照れる。

「よし、戦闘の練習をしてみようか。俺が相手をする」

そんなこと、急に言われても。
僕たちは渋々チヒロさんの後を付いていった。
このお屋敷には裏庭もあるらしい。周りに何やら怖そうな植物がびっしり生えている。

「それは食虫植物だ。
姫が大事に育てている。
良質な薬になるらしい」

「へー」

お姫様のことを僕は思い出していた。銀色の仮面を彼女はしていた。
なんでそんなもので顔を隠しているんだろう? 

聞いていいことかわからなかったけれど、お姫様の名前もかなただ。きっとなにか僕に関係しているはずだ。

「えと、チヒロさん?」

チヒロさんが振り返って僕を見る。
 
「彼方姫のこと、聞いていいですか?」

「俺から話せることは何もない。姫の情報は極秘なんだ」

「わかりました、すみません」

チヒロさんが申し訳なさそうに言う。

「一つ言えるならば、彼方姫は優しい方だ」

「なんとなくわかります」

先程、森で見た光景を思い出す。彼方姫を取り囲んでいた小さなモンスターたち。
みんな嬉しそうだった。

「さぁ、戦闘の練習をしよう」

チヒロさんに促されて僕らは位置についた。
彼が持っていたのは木刀だ。
一方、僕たちは手ぶらだ。
戦うためにはどうやったって武器がいる。どうすればいいんだろう。

「千尋、加那太。念じるんだ。ふたりとも、自分の武器を作り出せ」

なんだか右手が熱い。

(お願い、出てきて!)

僕はいつの間にか小ぶりな短剣を握り締めていた。
同じくらい背中も熱い。
先程から感じているものと比べ物にならない。

僕は背中に集中した。
ふわ、と体が更に軽くなる。
いつの間にか背中から翼が生えている。

「加那太、いいぞ!」

突然空気が重たくなった。
千尋からものすごいプレッシャーを感じる。一体何が?

「千尋?!」

千尋が右手を下に向けて広げた。
大きな真っ黒な刀が現れる。
鞘には金色の装飾。
すごくかっこいい。羨ましい。

「千尋、よくやったな!」

「すごい!」

千尋は刀を眺めて腰に差した。
重たくないのかな。

「加那太、天使のお前には魔力が備わっている」

「もしかして魔法?」

僕の問いにチヒロさんは頷いた。わくわくしてきた!

「天使ジョブは補助魔法を多様に使える」

「すごい」

「だがそれを使うためには相当な訓練を要する」

ゲームも経験値を積むとレベルが上がる。そのシステムは理解した。
あれ?待てよ。

「もし、バトルで負けて死んじゃったらどうなるの?」

「そりゃあ死ぬさ」

不意に頭を殴られたようだ。
僕たちはこの世界で本当に命を賭けて戦わなければいけないらしい。
チヒロさんは笑った。

「姫の調合したキズ薬なら、ある程度の怪我は完治できる。
それに、お前たちは俺が守る。安心しろ」

それから僕たちは戦い方をチヒロさんに習った。いろいろな場面を想定して練習する。チヒロさんは息一つ乱さないのに、僕はすぐボロボロにされた。
でも簡単な回復魔法なら使えるようになった。

「よし、今日は終わりだ」

夕方になってようやくチヒロさんはこう言った。

「やっと終わった」

汗や泥でぐちゃぐちゃになった僕は地面にへたりこんだ。
お腹すいた。
チヒロさんにお風呂に行くように言われて、僕たちは今日2回目のお風呂に入った。

「気持ちいー」

「あのさぁ、加那?」

千尋が困ったように言う。
僕は千尋を見た。

「俺の刀、なんか変だ。
うまく言えないけど」

「確かに不思議な感じするよね」

僕もそれは思っていた。
千尋の刀の威圧感はとても強い。鞘から抜いてなくてもだ。僕たちが出した武器は戦いが終わると消えてなくなってしまった。

「それはそうだろうな」

ガララ、と引き戸を開けてチヒロさんが浴場に入ってくる。
彼の体は傷だらけだった。
今までの戦いでついたものだろうか。
護衛の仕事は大変なんだな。

「カムイ、どうゆうことだ?」

「千尋の刀は特殊なものだ。
レアリティが高い」

「それって強いんですか?」

「ああ、強い。だが持ち主が制御しきれない場合もある。
そうならぬよう、明日も朝から鍛錬しよう」

チヒロさんは目をキラキラ輝かせながら言う。

「お前たちはなかなか筋が良いし、まだ若いから伸び代も大きい!楽しくなってきた!」

チヒロさんは人を鍛えるのが大好きらしい。
あまりやりたくない。

「カムイ、この世界のことを、もっと教えてくれないか?」

千尋の言葉に彼は頷いた。

お風呂から出たあと、僕たちはお屋敷の中にある図書室にいた。
天井近くまでぎっしり本で詰まった本棚がある。本が古いせいか、タイトルが読めない。

チヒロさんはその中から分厚い本を取り出して開いた。

「俺達のいる世界はヴァーズという。人間はもちろんだが、魔物もいる。そしてここが俺達の国、プラチナだ」

チヒロさんが地図を示した。
ヴァーズはとても大きかった。
地球なんて可愛いくらいだ。

「ふむ、これは重要かどうかはわからないが、一応話しておこう」

チヒロさんは国の成り立ちについて説明してくれた。
簡単にまとめるとこうだ。
ヴァーズの国々にはそれぞれ役割が与えられている。
その中でプラチナは医療を担っているらしい。
そして不思議なことに、プラチナでジョブを入手すると補助魔法を得意とするジョブを得やすくなるらしい。
僕もその内の一人だったようだ。
一方で、千尋のように武器を扱うジョブは珍しく、国を守るために重要な役職を与えられる。
現在、プラチナで武器を使えるジョブを持つひとはチヒロさんを含めて12人。
彼らはあらゆる脅威から国を守るために日々戦っている。

「ヴァーズはまだ未開拓の地も多くある。だからだいたいの国民は一度は冒険を経験している。
俺も僅かの間だが旅をした」

「その後はどうするんですか?」

「違う国へ行き、ジョブチェンジをする者もいる。もちろん、一つのジョブを極める者も。
世界で何をするかは自由だ。
ヴァーズには可能性が多くあるからな」

チヒロさんはそう言って本を閉じた。

「さぁ、二人共、もう休む時間だ。疲れてるだろう?」

確かにもうへとへとだ。
僕たちは、案内された部屋に入った。中には二つベッドがある。そして小さな机と椅子。
ベッドに寝転がると、とてもふかふかだった。これはよく眠れそうだ。

「まだ分からないことばっかりだな」

暗い中、千尋がポツリと言う。

「ホントだね」

僕たちは元の世界に帰れるんだろうか。もしずっとこのままだったら。

「ねえ、千尋?僕たち帰れなかったらどうしよう」

「そうだな。そしたらまた考えようか」

「うん」

一緒にこの世界に来たのが千尋でよかった。
もし一人だったらとっくに絶望している。

いつの間にか僕は眠っていた。
しばらくした頃だろうか。
僕はふと目が覚めた。

(喉乾いた)

ここは特別暑くも寒くもない。でも、なぜだかものすごく喉が乾いた。
僕はそうっと起き上がってベッドを抜け出した。

廊下を歩いていると灯りを見つけた。
誰か、まだ起きているんだろうか。
僕は静かに近付いた。
部屋を覗き込む。

「眠れないの?」

女の子の柔らかい声。
くる、と椅子が回る。
それは仮面を付けた彼方姫だった。
僕はどきり、として後ずさった。

「驚かないで、こっちへ」

彼方姫に手招きされる。
僕は彼女のそばに歩み寄った。

「彼方姫?まだ起きてたんですか?」

「うん。あたし、待っていた。あなたに渡しておきたいものがあるの」

そう言って、彼方姫が何かを差し出してくる。

「これを」

それはペンダントだった。
大きな赤い石がついている。

「これは?」

「お守りよ。あなた達を守るわ」

「ありがとう」

僕はペンダントを首にかけた。
彼方姫が手を伸ばす。
彼女の手が僕の頬に触れた。

「加那太、を守ってあげて。あたしにはもうできないから」

それ、どうゆうことだろう。
ってそもそもどっち?
僕を見つめる彼方姫が泣いているように見えて、僕は悲しくなった。

「加那太、お茶を飲んだら寝なさい。
明日も早いのだから」

彼方姫に促されるままに僕は熱いお茶を飲んだあと、部屋に戻った。
ベッドに入り込む。

(僕たちのするべきこと、か。なんだろう)

僕はまた眠っていた。

(夢だ、夢を見ている)

僕は空間を思い切り飛んでいた。
背中から大きな翼が生えていて、自在に飛べる。

僕はどんどん地上へ近付いていた。
そこには彼方姫とチヒロさんがいる。
チヒロさんが血を流して倒れている。彼方姫が必死に彼の手当てをしようとしていた。でも思った様な成果はでていないようだ。

「加那太、僕たちは血に支配されている」

ジョブを得たときに僕の心で現れた彼だった。彼は困ったように笑う。

「どうゆうこと?」

「チヒロ・カムイの血は特殊なんだ。
癒やしの魔法を受け付けないんだよ」

「そんな?!」

傷だらけだった彼の体を思い出す。

「チヒロ・カムイの血は呪われてる。君はどう思うかな?」

僕は目を開けた。
体が震えている。

「加那?どうしたんだ?」

「ん、大丈夫」

僕はなんとか起き上がった。
まだ震えが止まらない。
すごく怖かった。
千尋が駆け寄ってくる。

「大丈夫なんて嘘だろ?なにかあったのか?」

僕は夢で起きたことを話した。
千尋に話を聞いてもらっているうちに、体の震えも止まってきた。

「加那、カムイは俺達で守ろう」

「信じてくれるの?」

「当たり前だろ。お前は嘘をつくようなやつじゃない」

「ありがとう」

千尋にしがみつく。
僕は千尋も守りたいんだよ。
千尋の体温を感じながら僕は思った。

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