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最終章:帝国暦55年と555年の行く末

新・第九話:帝国暦55年と555年の潤滑油

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【帝国暦55年・魔王軍残党アジト】

 ジメジメした洞穴の中で、竜人族の少年ゲンはいつまでこんな事を続けるのかを考えていた。

 ゲンが魔王復活を伝え広め各地を転々としていたのは、それが魔王二クロスの遺言だったからに他ならない。ゲンには全く理解出来ない事だったが、魔王は時の大精霊の力を借りて未来を見る力があった。

「きええーい!きましたきました、きまくりやがってしまいました!天狗様のお告げです!」

 魔王はいつもこんな感じで未来に起こる情報を伝え、魔王軍を大きくしてきた。だが、そんな魔王も数年前に自らが死ぬ未来を見てしまう。

「ゲンちゃん、良く聞くのです。もーすぐマジキチな人間が来て、ニクちゃんは倒されちゃうみたいです。この未来は絶対変えられないのです。ですが、天狗様は言いました。遙か未来、帝国暦555年に魔王が再び現れます」

 この新たなる魔王がニクロスの復活や転生を意味しているのか、別の魔族が魔王となるのかまでは分からなかったが、その時まで確実に生きられる長命の種族はもうゲンしか残っていなかった。

「ゲンちゃん、貴方は頼りない存在ですが、今もこうして生きています。きっと君には重要な役割があるとニクちゃんは思うのです。ですので、その時まで生きなさい。そして、魔王復活の伝説を絶やさない様にするのです」

 こうして、ゲンはその日まで生き残る事と魔王の復活を広める為の活動を義務付けられたのだが、行く先々で人間に襲われ仲間を見捨てて逃げ続けていた。

「ここも、その内見つかるんだろうなあ…」
「その内じゃないぞ。今だぞ」
「うわあああ!!」

 突然現れた人間を見てゲンはひっくり返る。

「ハローゲンちゃん。やっぱり前回と同じでここに居たんだ。って事は、ループの記憶を持ってない。あれだけ特異点と一緒に活動したり時の魔術の影響受けて覚醒しないって、お前マジ主人公パワー無いのな」

 訳のわからない事を言われるが、なんか凄い馬鹿にされた着がする。なんにせよ、人間が来た時にゲンがやる事は一つだ。

「逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」

 ゲンの逃げ道を完全ブロックする事が出来る男、そう、彼はバートだった。前回の記憶があるのもそうだが、ゲンと同率一位のクズさのバートはゲンの逃げパターンを本能で察知出来ていたのだ。

「ヒースさん、ゼラチナさん、やあっておしまい!」

 バートの呼びかけでクラスメートがゲンを取り囲み、袋を被せられてどこかへと運ばれる。

 数時間後、袋から出されたゲンが目にしたのは自分を捕まえた三人と、裸で眠っている少年だった。

「よっし、時間ねーしさっさとやるぞ」
「ぼ、僕をどうするつもりですか!僕なんて人と魔族に溝を作り続けるしか能の無い、殺す価値も無い存在だぞ!」
「殺す価値あるじゃねーか。だが、今回お前を捕まえたのはその件じゃない。お前にはちょっとの間俺になって貰う」

 バートはそう告げると転生術を発動。自身の肉体を新しいホムンクルスに入れて延命しようとした努力、それが今こそ活かされる時!

「ちょんわー!」

 悲鳴と共にゲンの魂はあっさり肉体からすっぽ抜けてホムンクルスへと移動した。神に愛されていない魂なら、ざっとこんなものである。

「よし、カスの魂転生成功!ヒース、ゲンの元の肉体は念の為に焼いとけ!俺はその間に謎の女騎士コスプレしとく!ゼラチナ、着付け頼む」
「了解ッス!」
「任せろ!」

 バートと同一の肉体となったゲンの目の前で、竜人族ボデーがバーベキューされていく。彼の理解が及ばない間に作戦は着々と進んでいく。

「出来たぞバート!今のお前はどこから見ても、正体不明の女騎士だ!」
「サンキューゼラチナ!お前、もう帰っていいよ!」
「分かった!幸運を祈る!」
「ゲンの旧ボデー炭にしたっす!」
「よーし、行くぞおめーら!」

 変装したバートに担がれ再び運ばれるゲン(見た目バート)。

 その後、別世界の旅に同行させられた挙げ句、いただきマンモスされたのだった。

【帝国暦555年・決戦のバトルフィールド】

「そ、そんな…俺が喰ったのはリーンのクローン体にゲンの魂を移したものだったと言うのか!?」
「「「「ゲンかぁ~」」」」

 疑似餌作戦の内容を理解した面々は全員ホッコリした笑顔で納得した。ゲンの魂ならテスターが弱体化するのも納得。それに、こいつなら死んでも全く心が傷まない。全員が納得するしか無い作戦だった。

「ぐわーっ、俺が消えていく!俺の向上心が!俺の魔術知識が!俺の戦闘狂ぶりが!たった一つの魂によって消されて行くー!」
「どーだ!ゲンの魂はクソだろー!なんせ、今日生きられたら何もいらないと考え続けていた奴だ!」
「ゲンは他人を盾にして逃げては別の場所でトラブルの元を作っていた、自分では何もしない迷惑だけ残して去っていくウンコ製造機ッス」
「つまりは、才能が目覚めなかったバート様みたいなもの。貴方が間違っていただきマンモスしたのも仕方の無い事です」
「アタシはゲンとはほぼ面識無いんやけど、中学時代の馬鹿金髪がオマエの身体の中に入っでしもた感じなんやろ?テスター、ご冥福を祈るわ」
「全くもって同意じゃ。ワシも転生術を開発した時、まかり間違ってもゲンにだけは乗り移りたくないと考えたわい」
「一応俺のビジネスパートナーだったから何かフォローしたいが…、ダメだ、力の探求者としても指導者としてもアイツをフォローする事は出来ない」
「運無し、実力なし、根性無し、その癖社会に不満を持っやからを束ねる才能だけはそれなりで、ほぼ不老の存在。害悪に他ならん」

 未だ信頼しきれなかった過去と未来の特異点達の心が、ゲンはクズというキーワードで一つになった。
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