貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸

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After1 もうちょっとだけ続くんじゃよ

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 黒崎加恋視点


 高校2年生になってから色々な事件を経てしばらく。
 初夏の訪れを感じさせる風が植えられた街路樹の深緑色の葉を揺らす。
 赤色に変わった信号を待ちながら周りを見渡すと、通勤途中のOLや、他校の制服を着た学生たちが同じように立ち止まっていた。
 同い年くらいの女子高生たちの会話をぼんやりと聞き流しながら、暇なのでスマートフォンを取り出して、ほんの前日に行ったチャットのログ画像を確認した。

『今週の連休とかどうですか?』

『おkです! そちらに合わせるので詳しいことが決まったらまた教えてください~』

『了解です』

 私には好きな人がいる。
 【ドラゴン・オブ・ファンタジー】と呼ばれるMMORPGで共に遊ぶフレンドのカナデさんだ。
 現実での面識はなく、精々がボイスチャットで声を聞いたことがある程度。
 顔も知らない相手をこんなに好きになる日が来るとは思わなかった。
 私が知ってるカナデさんの情報と言えば、声が格好良くて、優しくて……そのくらいだ。
 これだけの情報でこれほど夢中になるのは我ながら惚れっぽい気もする、けど後ろ暗い感情はない。
 色々あった結果、私はカナデさんへの好意を自覚したんだけど、それに関して迷いはなかった。
 気付けば信号も変わっていたので、スマホを仕舞って通学路を歩く。
 大まかな日程は決めたけど、詳細はまた後日ということになった。
 勝負は今週末。
 そこが私にとって人生の分岐点になる。
 絶対に成功させないと――





「おはよー!」

 勢い付いた言葉に教室中から視線がやってくる。
 学友たちの意識がこちらへと向けられたことに臆することなく自分の席へと向うと、その途中でも傍を通ったクラスメイト達から挨拶がやってきた。
 それに対して満面の笑みと共に返すと、戸惑い気味に「ど、どうしたの?」とか「機嫌良さそうだね」なんて言われる。
 テンション高めに窓際へと向かった。
 けどいつもと教室の空気が違う気がする。妙にソワソワしてる気配というか。

「何してるの?」

 後方の席で何やらクラスメイト達が集まっていた。
 私の方にも気付かないほど熱中してるというか、なんかコソコソしてるけど。
 10人ほどの人だかりに声を掛けてみる。

「ッ……!? って、なんだ加恋か……」

 人の顔を見てなんだとは失礼な。
 露骨に安堵の表情を浮かべるクラスメイト達は、そのまま視線を元の位置へと戻した。
 そこにはヨレヨレのアダルト写真集……俗に言うエロ本があった。

「どうしたのそれ?」

「ツッキーが今朝登校する途中に公園で見つけたんだってさ」

 普段手に入らないお宝に浮足立っているクラスメイトの皆はツッキーの愛称で親しまれているクラスメイトの手元を凝視していた。
 何人かは見張り役なのかもしれない。誰かが来るのを恐れるかのように教室の入口を確認している。

「次っ、早く早く」

「ちょ、もうちょっと待ってって」

「ふおおっ……モザイクちっさ」

 欲望を燃やし、教室の隅で盛り上がる皆を一歩引いて眺める。
 盛り上がってるなー……興味がないと言えば嘘になるけど我慢した。
 カナデさんとは、まだそういう関係ではないけど浮気みたいな真似はしたくない。
 だけど我慢は容易だった。思ったほどの興味が沸かない。
 今までの私は男の人に憧れてた。男の人と関係を持ちたかったのは女として当然だと思う。だけど、カナデさんの優しさに触れた今となっては、俳優だろうと、クラスメイトだろうとそんな対象で見れるはずもない。
 カナデさん以外とだなんて、そんな風には思えないし、思えるはずがない。
 声を思い出すだけで胸の奥が締め付けられ……な、なんて、朝からなに言ってるんだろ。
 教室でだらしない顔をするわけにはいかないと表情を引き締めた。
 その時だった。やや乱暴に扉が開いてクラスメイトの一人が顔を出した。

「あ、九条君来たよ」

 ふと呟くようにそう言うと、ふわぁ……とタンポポが綿毛を飛ばすように静かに散っていく。
 その場にはワタワタと慌ててエロ本を机に仕舞うツッキーだけが残されていた。
 皆必死に隠蔽しようとしてる。
 長期の休みだったわけではないけど、事件もひと段落したお陰なのか、いつもの賑やかな日常が始まったんだと妙にしみじみとした。

「お、おはよう九条君! いい天気だね!」

「うるさい死ね」

 今日も九条君の好感度を稼ごうとしたクラスメイトが1人崩れ落ちた。
 九条君に挨拶を無視されてガッツリ凹む皆を横目に自分の席へと座ると、窓の外の自分の心を表すような晴れ模様へと目を向けた。
 ハッキリ言って絶好調だ
 今ならなんでも出来る気がする。

「おはよう、加恋」

 教科書とノートを整理して、1限目の授業の準備をしているといつの間にか目の前にクラスメイトの一人である篠原百合が居た。

「百合はさっきのよかったの?」

 さっきの場には居なかったし、性欲を拗らせてる百合にしては珍しいこともあるものだと感心する。

「ん? なにが?」

 もしかしてエロ本のことは知らないのかな?
 変なテンションになられても困るので、何でもないよと誤魔化しておいた。
 簡単に挨拶を返して、そういえば心配させてしまっていたことを思い出す。

「ありがとね、私ならもう大丈夫だよ」

 百合だけじゃない。
 この数日は学校でもゲーム内でも色んな人に迷惑や心配をかけてしまった。
 本当に良い友人たちに恵まれたことを再認識する。

「お、だいぶ元気出たみたいだね」

 心なしか柔らかい笑顔を百合は浮かべる。
 お礼を言うと「うんうん」と、満足そうに百合は笑みを深めて頷いた。
 
「ところでさ……」

 百合が少しだけ声を落としてきた。
 耳元に顔を寄せてくる。
 カナデさん関連のことかな?
 私たちが【DOF】で男の人と関わりがあるというのはLEINグループ【ゲーマー美少年捜索隊】の中で秘匿された重大な事実だ。
 教室の中心で無意味にライバルを増やすようなことはできないからこその配慮なんだと思う。

「カナデさんとどんな話したの?」

 あれ、なんで知ってるんだろう。
 なんて思ったけど、ここ数日の私がおかしくなった原因はカナデさんだし、結びついてもおかしくはないか。
 けど、いくら心配させてしまったとは言っても、オフ会のことを伝えるべきかどうかは悩む……
 さすがに皆が居たらそういう雰囲気にもできないし、告白だって恥ずかしい。
 ここは誤魔化しておこうかな。

「背中押してもらっただけだよ」

「へー? どんな風に?」

「まあ、何かあっても大丈夫とかなんというかそんな感じで」

「具体的には?」

「えっと……カナデさんが、ほら、ね?」

「詳しく」

 す、凄い聞いてくる。

「あの、どうしたの? そんなに気になるところ?」

「んー私もまさかとは思うんだけどね……薫が疑ってるんだよ」

 薫? 疑うってなにをだろう。
 もしかしてカナデさんとオフ会をやることがバレて……いや、さすがにそこまでは辿り着いていないはずだ。
 どれだけ想像を張り巡らせても、確信にまでは行くわけがない。
 気を持ち直して気丈な態度で挑む。
 すると百合が言ってくる。

「私たちに黙ってオフ会とかするんじゃないかなーとか」

「そんなわけないじゃないですか」

 動揺のあまり敬語になってしまった。
 え、というか薫凄くない? エスパーなの?
 そんな私のちょっとした動揺を百合は見逃さなかった。

「あれ? これもしかしてほんとに黒?」

 百合の瞳の色に確信のようなものが宿った気がした。
 すると肩に優しく触れる百合の手のひらの感触。
 私はその優しさに不穏な物を感じて体が震えてしまった。

「加恋……私はね。ずっと心配してたんだよ? 色々気を回したりとかして」

「そうだったの……?」

「うん、凄く心配してたの。話しかける時も気を遣ったり、ゲームでカナデさんと加恋が二人きりになれるようにしたりとかね」

「そうだったんだ……ていうかそれ自分で言っちゃうんだ……」

 あの時ほかの皆が居なかったのはそういうことだったらしい。
 だいぶ露骨だけど、そこまで言われるとなったら私の方でも思うところはあった。
 改めて考えてみる。
 散々心配をかけてしまった友達を無碍にするのは果たして正しいのだろうか?
 皆に何も言わずにオフ会をしたとして上手くいった時……私は素直に喜べるだろうか。
 それは何か違う気がした。
 心配をかけてしまった友達にくらいは言ってもいいんじゃないだろうか。

「そうだね……ごめん、私が間違ってた」

「お、ってことはオフ会することになったって認めるんだね?」

 百合の言葉に頷いた。
 仕方ないかな……それに皆だって応援してくれるはずだ。

「そっか、うんうん……そうだよね。やっぱりそうなるよね……」

 しきりに頷く百合。
 何かを考え込んだ後で――

「晶、お願い」

「……?」

 百合の口から出てきた名前に首を傾げる。
 一瞬本気で意味が分からなかった。
 晶の姿なんてどこにも……

 ぽんっ

 後ろから肩を叩かれる。
 ビクン!? と体が跳ね上がった。
 慌てて立ち上がろうとしたけどビクともしない。
 逃亡を諦めて、恐る恐る後ろを見る。

「お、おはよう……晶、さん」

 猛禽類のような鋭い眼光が私を睨みつけていた。
 高身長の晶から見下ろされて、私は縮こまる。
 その両隣には優良と薫の姿もあった。

「詳しく聞かせてもらいましょうか?」

 とてもいい笑顔で薫が眼鏡の端を指先で持ち上げた。

「ちょっ、ひゃあぁ!?」

 全員が私の体を担ぎ上げる。
 ちょ、スカートが! パンツ見えるってこれ!
 さっきのアダルトな本に盛り上がっていたクラスメイト達も何事かとこちらを見てくる。
 そのまま私は4人がかりで神輿のように担がれながら空き教室へと連行されるのだった。


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