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最終話 ログイン

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 黒崎加恋視点


 ネットゲームが嫌いだった。
 始めたばかりの初心者だった時に操作が上手くいかなくてイライラした。
 グラフィックが綺麗だったからちょっとだけワクワクしたけど……それだけだった。
 私はゲーム下手だったようで、上手くモンスターが倒せなくて。やることが多すぎて何をしたらいいのか分からなかった。
 攻略サイトを見てもピンと来なくて、野良でPTを組むたびに馬鹿にされていた。
 立ち回りだとか、相性だとか、効率だとか、何を言われているのか分からなかった。
 その度に訳も分からず謝って……
 友達に誘われて始めたネットゲームだったけど……やめようかなって本気で思ってた。
 そもそもなんでゲームを知らない人とやらないといけないのかなって。
 友達がやってるからってだけで無感情に続けてた。
 ログインが少しだけ苦痛だった。
 何が面白いのか……私には分からなかった。

『ごmrんなさい』

『初心者さんなら仕方ないですよ』

『ありgtうございまう』

『チャットゆっくりでおkですよ(´∀`)b』

『はい』

 いつかのチャットログを思い出す。
 初めてだった。それが初めてネットゲームをやっていて楽しいと感じた記憶。
 どんなレアアイテムよりも、どんな高性能の装備よりも。
 ビギナーズラックだとか、転生モンスターだとかよりも。
 チャットをゆっくりでもいいと言ってもらえたことが……あの時優しくしてもらえたことが何よりも嬉しかった。
 フレンドの一覧に表示されたカナデさんの名前を見て少しだけログインが楽しみだと思えた気がした。

『99個集まりましたよー』

『ありです』

 一緒に序盤のマップでグミゼリーを集めた。
 今思えばあの人にとってはなんでPTでやる必要があるのかも分からないアイテムだったはずなのに。
 一人でも作れるような装備だったのに。
 いつか野良で誰も手伝ってくれなかったことを手伝ってくれた。
 少しずつ【DOF】を楽しいと思えば思うほど、なんで手伝ってくれるのかが分からなくて……好奇心で聞いてみた。

『手伝うの好き過ぎる』

『www』

 初めて草マークというものを生やした。
 その人にとっては当たり前のことだったのかもしれないけど、私にはその在り方がとても眩しく思えた。
 それからフレンドも沢山できた。学校であまり話さなかった人ともゲームのことで仲良くなれた。
 気付けばチャットを打つのも少しだけ早くなって。
 序盤で困ってる人を見かけて懐かしい気持ちになったり。
 手伝ってお礼を言われることが嬉しかったり。
 いつの間にか毎日ログインするようになっていた。
 思えば初めて出会った時から惹かれていたのかもしれない。顔も知らないのにおかしいとは思うけど……
 それでも、私は――……

 ぴろりん!

 思考が通知音で遮られる。
 スマホを見ると未読メッセージが沢山溜まっていた。
 既読を付けてからそのまま私は机に突っ伏す。
 ここ最近は勉強にもゲームにも身が入らない。
 何をするにも上の空だった。
 そして、その原因は明白だった。

「はぁ……」

 ため息が零れる。
 カナデさんの声を思い出す。
 いつものやり取りが浮かんだ。
 それがなんだか切なくて、やっぱり苦しくなった。

「放課後に一人残って何してるのかと思ったら……」

 友人の声。
 百合だということが分かった。
 続けて名前を呼ばれる。
 私は顔を上げずに聞き返した。

「……なに?」

「カナデさんのことなんだけど」

 がばっ!

「か、カナデさんがどうしたのっ?」

 私の勢いに若干引いたような百合を見てハッとなる。
 こほんと咳払い。
 今更取り繕っても遅い気はするけど……
 
「いや……なんか加恋が心配だってことで、大丈夫かってメッセージ来たんだけど」

 スマホを見せてくる。
 そこには確かにカナデさんが私を心配するメッセージが。 

「ふへっ」

「……えっと、加恋? その顔は18禁だよ?」

 百合の呆れた声。
 そんな友人の声も耳に入らなかった。

「まあ……気持ちは分からないでもないけどさ」

 数日前のカナデさんとのチャットミス事件。
 間違えてギルドチャットでのセクハラ発言をしてしまった私を許してくれたカナデさん。
 それを思い出すだけで顔が熱くなる。
 あれ以来自分の気持ちを強く自覚することになった私は【ゲーマー美少年捜索隊】の皆から心配される日々を送っていた。

「それとさっきも言ったけどもう放課後なんだけど」

「え?」

 言われてみればと周りを見渡す。
 ほんとだ……もう誰も残ってない。
 ボーっとしすぎていたようだ。
 慌てて鞄を手に取ると、それから私は教室を出た。
 同じ学校に通う女子生徒たちの声を聞きながら下駄箱で靴を履き替える。
 聞こえてくるお決まりのBGM。
 この日の放課後のメロディが不思議と耳に残った。





 私はどうすればいいんだろう。
 いざ気持ちを自覚して分からなくなった。
 色々と考えたら顔も知らない相手を好きになるなんて失礼なんじゃないかって。
 そんなこと考えもしなかった。
 ただ付き合えたらいいなって。
 男の人とそういう関係になりたかったはずなのに。
 本当に本気でそうなりたいと思った時からどうしたらいいのか分からなくなった。

「ただいま~」

「おかえり、冷蔵庫にプリンあるってさ」
  
 妹の咲がプリンを食べながら言ってきた。
 そう言われても食欲が出なかった。
 台所へは向かわずにそのまま自室へと歩いた。

『加恋今日も駄目そうだったね』

『ここ最近カナデさん関連の話題にしか反応しないし……』

『カナデさんって言うたびにピクピクするのはちょっと面白かったねw』

『もう告白すればいい気がする(;´∀`)』

『んーでも薫が許してくれるかどうか……』

『乳首引き千切りますよ?』

『やめたげてw』

 LEINを見ると未読メッセージが30くらい溜まってた。
 いつものような賑やかなLEINでのやり取り。
 私は不思議と返信する気力が沸かなかった。
 教室の時と同じように既読だけつけてパソコンを起動する。
 【DOF】へログインすると【クロロン】を選択。
 ゲームの世界へと自身のメイキングしたキャラクターが降り立った。

『クロロンさん、こんにちは~』

「……ッ!」

 カナデさんが挨拶をしてくれる。
 胸が尋常じゃないくらいドキドキし始めた。
 フレンド一覧を見るとカナデさんしかいなかった。

「ど、どうしよう……っ!」

 不意打ちだった。
 ボーっとし過ぎていつもみたいにカナデさんがいることを失念していた。
 いや、いるかもしれないとは思ってたけどまさか二人きりだとは。
 なんで今日に限ってカナデさんしかいないのだろう。
 二人きりというのは珍しいことではないけど随分と久しぶりのことだ。
 そわそわする。
 高くなった脈拍を落ち着けているとカナデさんからのチャットが届く。

『クロロンさん大丈夫ですか?』

『え? 何がですか?』

『いや、なんというか最近プレイが上の空と言いますか』

『おぉう……す、すみません……』

 慌てて謝る。
 確かにそれは一緒に遊んでくれてる人には失礼だったかもしれない。
 カナデさんも怒らせてしまったのだろうか?
 なんて、分かってて言ってみる。

『いえいえ、大丈夫ですよ~』

 やっぱりカナデさんは怒らなかった。
 気持ちが矛盾してるみたいな感じがする。
 ドキドキするのに……カナデさんと話してると不思議と安心できた。
 感情があちこちをぐるぐるしてよく分からない。
 だけど、嫌な感じはしなかった。

『あの』

『ん?』

 少しだけ気持ちを落ち着けながら、チャット欄に言葉を打ち込む。

『炎の魔龍行きませんか?』

『(*`д´)b オッケー』

 いつかのカナデさんとのPTを組んだ時を思い出す。
 もう炎帝装備は完成していた。
 行く必要はなかったけど……なぜか私はそう言っていた。

『クロロンさん好きなんですか?』

『なぶがでっすsか!?』

『豪快なチャットミスですねw』

 うぐ……焦りすぎた。
 少し恥ずかしくなりながらも打ち直す。

『えーと、なにがですか?』

『炎の魔龍』

 ああ……
 がっくりと肩を落とした。
 てっきり気付かれたのかと……
 なんだろう。
 安心したようなちょっと残念だったような……

 …………

 ………………

 …………………………

『サンクス!』

『ういうい!』

 いつかと同じようなチャットをしながら討伐成功。
 レアアイテムがドロップしたのを見てお互い喜んだ。
 もう必要ない素材だったけど、カナデさんと一緒に取ったアイテムなんだと思ったら不思議と捨てる気にはなれなかった。
 アイテムを整理してそれを拾った。

『おつ~』

『乙です!』

 カナデさんはやっぱり上手だった。
 色々間違いだらけの私を手助けしてくれる。
 私の方はいつにも増してプレイがふわふわしてたけど……
 
『クロロンさん』

『(*・ω・*)ん?』

『僕で良かったら悩みくらい聞きますよ』

 察しが良い人だと思ったけど、そりゃ最近の私を見てたら心配の一つもされるか……
 でもメッセージ送ってくるほど私は……うん、おかしいのかもしれない。
 それでも本人に『好きな人ができました』なんて、言えるわけもなかった。
 
『えっと、じゃあちょっといいですか?』

 だけどせっかくのご厚意だ。
 私は大事なところは省いて相談してみることにした。
 本人に恋愛相談って変な感じがするけど……

『色々と自覚しちゃったんです』

『ほう』

『そしたらなんというか……自分でも自分が分からなくなっちゃって……』

『というと?』

『つまりですね……んと、何て言っていいのか分からないんですけど……あばばばば(;゚Д゚)』

『ww』

 上手く言葉にできない。
 だけど、ただ話せることが嬉しかった。
 胸が苦しくて痛いくらいに高鳴る。
 カナデさんが私とチャットしてくれてるというだけで顔が熱を持った。
 私はカナデさんとどうなりたいんだろう。
 いや、本当は答えなんて分かってる。
 それでも……って思ってしまう。
 ネットゲームで知り合っただけでリアルのこと何も知らないし。
 だけど凄い好き。
 色んな事をしたい。
 付き合いたいし、エッチなことだってしたい……そういう関係になりたい。
 だからこそ怖かった。
 もしも断られたら……
 そもそもカナデさんは顔も知らない私となんて……ああ、駄目だ。
 またゴチャゴチャしてきた。

『大丈夫ですよ』

 その時カナデさんからチャットが飛んできた。
 一瞬心を覗かれたのかと思った。
 チャットで言ってしまったのだろうかと不安になって慌ててログを読み直した。

『ミスったら僕がフォローします』

 少しだけ呆気に取られる。
 手が止まり自然と自分の顔に笑みが浮かんだ。
 この人はいつもそうだ。
 私はあまりプレイヤースキルが高くなくて……野良PTで馬鹿にされていたところを庇ってくれたのがカナデさんだった。
 その時の光景が浮かんだ。


――あの、もしよかったら私とフレンドになってもらえませんか?


 いつかのチャットでの一言。 
 頑張って慣れない長文を打ち込んで、打ち間違いがないことを何度も確認した。
 勇気を出してフレンド申請をして……
 今でも思い出せる。
 少しだけ悩むように間が空いたことが怖かった。
 もしかしたら断られるんじゃないかって。
 だけど……


――おお、いいですよ。こちらこそ宜しくお願いします。


 そう言って貰えたことが本当に嬉しかった。
 昔より操作慣れしてからも私は下手なままで、いつもミスばっかりだ。
 MP管理もずさんで、ボス戦も頻繁に失敗ばかりする。
 肝心なところでチャットミスだってする。 
 それを助けてくれるのはいつだってカナデさんだった。

『いつもありがとうございます(´゜∀゜`)』

『(`・ω・´)b』

 なんだろう。
 そんなことを言ってもらえて……色々と悩んでた自分が馬鹿らしくなった。

「……カナデさん」

 チャットではなく口にしてみた。
 名前を呼ぶだけで不思議と勇気が出てきて……なんだか色々と元気付けられた。
 うん、やっぱりそうだ。
 ネットゲームだからとか、顔も知らないとか。
 そんなの関係なかった。
 私はこの人のことが好きだ。
 男の人なのに優しいことも。
 ネットゲームを楽しいと思わせてくれたことも。
 チャットミスを許してくれたことも。
 好きな顔文字が似てたことも。
 装備のことで相談に乗ってくれることも。
 何時間も素材を探したのに結局場所を間違えてたことを笑い合ったことも。
 作ったばかりの武器を装備して喜ぶ意外と子供っぽいところも。
 色んな事全部含めて私はカナデさんが大好きだ。

『カナデさん』

 今度は【DOF】で名前を呼ぶ。
 すぐに返事が来た。

『はい、なんでしょう?』

 それなら少しだけ自分に正直になってみるとしよう。
 大丈夫だ。怖くない。
 何かミスをしても……きっといつものようにカナデさんがフォローしてくれるだろうから。

『オフ会とか興味ありませんか?』

『オフ会!(;゚Д゚)』

 少しだけ手が止まる。
 止まった手は震えていた。
 カナデさんのいつかの声に背中を押されるように。
 私はエンターキーを押した。

『そこで聞いてほしいことがあるんです』

『お、結構真面目な話ですか?』

『そうですね。真面目な話です』

 キーボードに……
 チャットの空白に文字を入力する。

『どうでしょう? お会いできないでしょうか?』

 あの時と同じ少し悩むような間が空いた。
 直接会うのはカナデさんも不安なのかもしれない。
 考え込むような沈黙が怖かった。
 だけど、いつかのように。
 それでもきっと同じような言葉を返してくれるんだろうなと……何の根拠もなく思った。

 そうして、私は。
 ゆっくりと聞こえないであろう言葉を紡いだ。
 いつかカナデさんにフレンド申請をした時と同じように。
 ちょっとだけ勇気を出した。


 もしよかったら、と――


 感情のままに想いを口にした。
 カナデさんには聞こえない言葉。
 近い未来に自分が口にすることになる言葉。
 どんな返事がもらえるか分からないけど。
 もしかしたら望んだものではないかもしれないけれど――

『ちょっと緊張しますけどいいですよ(´∀`)』

 それが同じ言葉であることを願った。
 皆と当たり前のように楽しいことを言い合える日常の中にカナデさんがいることを。
 そこに最愛の人がいる未来がやってくることを。
 もしそうなったのなら。
 そんな未来がやってきたのなら……
 きっとそれはとても幸せなことなのだろうなと。
 そう思った――







 ーーーFinーーー


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