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第22話 三つ巴

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 アイリさんとシルヴィさん。そして、僕に続けて入ってきたミーナ。
 3人は顔を合わせると動きを止めて、戸惑いを見せていた。

「わ、悪い。ちょっと一旦落ち着きたい……」

「そうですね……えっと、今何が起こってるんですかね……?」

 やはり知り合いだったらしい。
 困惑してる理由は不明だけど、とにかく話題を切り出そう。
 このままでは、なんとなく気まずい。

「3人とも知り合いだったんですか?」

 一応聞いておく。
 シルヴィさんが「は、はい……」と、答える。
 まるで現状が理解できていないかのような……どういう状況なんだろう。
 別におかしいところなんてないように思えるけど。

「念のため確認する。二人は、トーワと知り合いだったの……?」

「ああ……」

「ですね」

 二人がミーナの言葉を肯定した。

「…………」

「…………」

「…………」

 そして、それを最後に全員が黙ってしまった。
 え、ごめん。何この空気。重苦しすぎない?
 僕にはよく分からないんだけど、どういう状況?
 現状はまったく理解できてないけど、皆にとってよくないことが起きたのだろうということは察した。
 アイリさんが申し訳なさそうに僕に視線を向ける。

「あー、っとだな……トーワ、悪いんだけど少し時間貰えないか?」

 アイリさんに言われて残った二人にも目を向ける。
 となると僕は外に出てたほうがいいかな?
 3人に確認を取った。

「じゃあ外に出てますね。終わったら呼んでください」

 僕は皆を残して治療院の外に出た。
 快晴だった空は少しだけ雲が出始めていた。







 私は今日もトーワの治療院を訪れていた。
 今日も沢山貢いで一杯褒めてもらえる、はずだった。
 いつもより遅れてしまった治療院への道を急ぎ駆けて行く。
 そこにいたのは冒険者パーティー”銀翼”の仲間。シルヴィとアイリ。
 なぜここに? そう考えた瞬間、これまでの全てが繋がった気がした。

 そして、現在――

 無言だった。ただ静寂の時間だけが過ぎていく。
 シルヴィを見る。俯いたまま一言も発さない。
 続けてアイリを窺う。こちらは眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。
 顔見知った仲間といるはずなのに急に孤独になったような気持ちになった。
 心細さからトーワの気配を探った。
 外にいるトーワの気配を僅かに感じ取ると、竦んでいた心が僅かに奮い立つ。
 一時の気休めかもしれないけど、彼が近くにいることが心強かった。
 自分を鼓舞していると、アイリが口を開いた。

「まず確認したいんだが、ミーナの言ってた相手ってトーワの事なんだよな?」

 ここに二人がいたことがどういうことなのか、さすがにそのくらいは分かってるつもりだ。

「その通り。二人の言ってた相手もトーワで間違いないということでいい?」

 違っててほしかったけど、アイリとシルヴィははっきりと頷いた。
 間違いないらしい。
 あの日、治療師を探していた時にトーワの治療院にたどり着いたことを説明した。

「まさかだな……今思えばなんで気付かなかったんだとも思うが」

「ですね……」

「……うん」

 となると、少し予定を変更しないといけないかもしれない。
 大事な部分を確認しないと。

「二人はもう伝えたの?」

「まだですね。色々あったところにミーナさんが来たので」

 ホッと安堵の息が零れた。
 決意をしていたシルヴィとアイリには失礼かもしれないけど、トーワの一番は譲ってほしい。
 私だって二人のことは応援したい。けど……これはどうなるんだろう。
 事態が急すぎてまだ上手く理解ができていない気がする。
 説得したいけど、二人は応じてくれるだろうか。

「回りくどい話は苦手。だから単刀直入に言う。トーワに最初に想いを伝える順番を私に譲ってほしい」

「いや、それはできねーな」

 即答された。
 交渉の余地はなさそうに思えたけど、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「アイリは昨晩トーワの為に作った私のシチューを食べた。その恩を今こそ返すべき」

「あれ食べたっていうか、食べさせられたんだが……」

 呆れ顔で言われた。我ながら恩着せがましいという自覚はあった。
 するとシルヴィがおずおずと発言してくる。

「違うんですよ、ミーナさん……ちょっと予想外のことが起きちゃって……」

 予想外のこと?
 シルヴィの言葉にそちらを見る。
 しばらく言い辛そうにしてから、ゆっくりと口を開いた。

「トーワさんの故郷って一夫一妻制だったらしくて」

 いっぷ、いっさい……?

「え……?」

 ほんの一瞬だけ頭が真っ白になった。
 鈍器で殴られたような衝撃にくらくらする。

「ま、待って。意味が分からない……え?」

「つまりだ。端的に言えばあいつが選ぶのは一人だけってことだ」

 止まった私の思考の先をアイリが補足した。
 胸の鼓動が早くなっていく。

「どう、して……? なぜそんな話になるの……?」

「……確かに絶対とは言い切れねーが」

 その反対の可能性も絶対じゃない。
 どちらの可能性もあり得る。
 選ばれなかった未来を想像して怖くなった。
 何とか気持ちを落ち着けようとした。

「……彼を一番慕っているのは私」

 だがその気持ちは御することが出来ず、私の口からそんな言葉が出た。

「それはここにいる全員が思ってますよ」

 全員の視線が交わる。
 火花が散った気がした。

「あいつのことを一番分かってるのはアタシだ。趣味だって共有してる」

 アイリも負けることはできないと発言していた。
 だけど、そもそも彼の生活を支えていたのは私だと言ってもいいことを思い出す。

「一番貢いでるのは私」

「いや……ずるいだろ。というかやめたほうがいいぞそれ」 

 アイリが頭を押さえて言う。
 なぜ? と私が首を傾げていると、シルヴィも負けじと続いた。

「そ、そんなこと言ったら……トーワさんとエッチなことしたのは私だけですけど!」

「は?」

 咄嗟にシルヴィを見た。何故か涙目になっている。
 泣くくらいなら言うなよ……と、アイリが慰めるようにため息交じりの声をかけていた。

「す、すみません。ちょっと申し訳なさ過ぎて」

「確かにな。でも未遂とはいえ無理矢理だろ」

「え?」

 説明が欲しい。
 さっきから二人の振り回す『知らない情報』という名の鈍器が頭を殴りつけてくる。

「で、でも」

「いや待って。何事もなかったかのように進めないでほしい。む、無理矢理? 誰が?」

「シルヴィが初対面のトーワに襲い掛かったんだよ」

「……何をしているの?」

 苛立ちを覚えた。
 思わず声のトーンが低くなったけど、すぐにシルヴィがそんなことをするだろうかという疑問を感じた。
 一旦落ち着こう。
 そうだ。シルヴィは状態異常だった。
 理解はしたくないけど、想像はつく。
 おそらくは不可抗力だったはずだ。そう自分を納得させた。
 ……やっぱり苛立ちを覚えた。

「まあ……それはひとまず置いておく。状態異常のこともあったと推測する。おそらくは仕方のないことだったはず」

 但し、と付け加えた。

「彼に不義を働いたシルヴィは3番手でも構わないだろうか?」

「そ、それはちょっと……というか置かれてないじゃないですか」

 それに――と、シルヴィが確かな意思を持って続ける。

「私が状態異常になってなかったらトーワさんと出会えてなかったわけですよね」

 む……
 一理はある。だからと言って順番を譲る気にはならないけど。
 埒が明かないな。とアイリがぼやいた。
 確かに……それに外にトーワを待たせている。
 いくら大事なこととはいえ時間をかけ過ぎるのは私としても本意ではない。

「順番はなし。3人で全員同時でどうだ?」

「……分かった。それでいい」

 シルヴィは? と視線を送った。

「私もそれで構いません」

 そう言ってシルヴィも同意した。
 アイリが立ち上がり、シルヴィの背を彼女の手のひらが叩いた。
 それに続けて私の背中も叩かれる。
 私たちを安心させるアイリの行動。
 危険の高い前衛で戦う彼女が鼓舞することに私たちはいつも勇気付けられていた。
 言葉にしないアイリの檄。いつだって私たちはこれで切り抜けてきた。
 だけど、今回シルヴィには効果があったのだろうか?
 体がこれでもかと震えていた。

「こ、怖くなってきました……っ」

「お前……どんだけビビってんだよ。ちょ、揺れんな揺れんな」

 その様子がいつかの銀翼の冒険の一幕みたいで。
 パーティーを組んだばかりの頃みたいで。
 ……皆との日常みたいだった。
 さっきはギスギスしたけど、やっぱり私は皆が大好きだったことを思い出した。

 そして、その未来が今になって本当に恐ろしく感じられた。
 アイリがトーワを呼びに行った。彼と一緒に戻ってくる。

 私が一番トーワを好きだ。
 その自信だけはあった。でもそれは二人も同じこと。
 でも、アイリでも、シルヴィでもない。
 私だ。
 男の人から愛情なんて受けたことがないけど。
 そんな感情なんて知らずに育ったけど。
 トーワが大好きだ。きっと……愛している。
 私が、この世の誰よりも。
 他の誰でもない私が一番彼を慕っている。私はそう信じてる。

 シルヴィもアイリも、掛け替えのない大切な友達だ。
 そんなこと思っちゃ駄目なのに、駄目だ……止まらない。
 私を選んでほしい。
 もしも私たちの中から一人を選ぶなら、私を――
 だから、トーワ。
 お願い……傍にいさせてほしい。
 捨てないでほしい。

 胸の奥が気持ち悪い。
 醜い感情の炎が見え隠れしていた。
 嫉妬だと思う。
 彼に近づく他の雌が憎くて憎くて堪らない

 友達でさえ押し退けようとしている自分に激しい自己嫌悪を覚えた。
 私は見た目だけじゃなくて、心根までも歪んでいたらしい。
 果たして私は彼にふさわしいのか。そんな疑問が鎌首をもたげた。

「…………」

 不思議だった。
 今更になって自覚した。
 一番じゃないのは勿論嫌だけど。
 皆がいないのも嫌だった。
 私は、我儘だ。

 本当に彼は将来の相手を一人しか選ばないのだろうか。
 ふとした拍子に「皆大好きですよ」と、陽だまりのような声で言ってくれないだろうか。
 一夫一妻なんて、悪い冗談だったと。
 そう言ってはくれないのだろうか。

 何もかもが許されるのなら――

 シルヴィも、アイリも。
 そして、私も。

 皆を選んでほしい。










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