とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第一章「帆船襲撃事変」

01

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 突然の激しい揺れに、ファイナルは歯を食いしばって耐えた。
 鼻につく硝煙の匂いと漏れたオイルの匂いは、どこか懐かしささえ覚える。
 戻ってきたのだ、と強く感じることができる。
 幸い、廊下であったためにすぐにどこが『攻撃』されたのか確認できた。
 ──コアだ。
 動力部を完璧に撃ち抜かれている。

(空に敵影はなかった。ということは、地上からか)

 大した腕だ、とファイナルは感心していた。
 適当に帆船に当てるつもりなら何とかなるかもしれないが、たった一発、それも一撃で動力部へあてる。
 そうなると、かなりの手練れに違いない。

(ふむ)

 刀の柄に手をかける。
 甲板に立って敵を確認するつもりだったが、気が変わった。
 足を真逆に向けて、友の部屋へとファイナルは走った。
 敵がすでにここへたどり着いているかどうかは定かではないし、ファイナルの予感通りならば恐らく安否に問題はないのだが──。

(それでも)

 ここを離れる際、身柄を頼まれた身だ。
 傷一つない状態で引き渡すまで警戒を怠るわけにはいかなかった。


「フェニックス。……おい、寝ているのか? フェニックス?」


 こんこんとドアをノック。
 しかし返答はない。


「エターナル、フェニックス」


 室内にいるはずの二人の名を呼ぶ。
 仕方なしに、ファイナルは鞘から刀を引き抜いた。
 そうして、ドアノブをしゃきん、と落とす。
 一枚の板となったドアを蹴り飛ばすと、その乙女チックな室内があらわになる。


「ああ、よかった。ファイナルさんでしたか」


 二人は部屋の中心で抱き合うように丸まっていた。
 赤い髪の少女、エターナルは震えて小さくなり、それを守るように、金髪の少女、フェニックスは槍を握っている。


「無事でよかった」

「ファイナルさんこそ。……一体何が起きているんです?」


 不安そうに、フェニックスは槍を下ろしてファイナルを見つめた。


「心配するな。お前たちのことは俺が守る」


 ファイナルは二人をぎゅっと抱きしめると、それから帆船の後ろの方を指さした。
 火が出ているのは前の方ばかりで、後ろの方にはさほど被害がなかった。


「向こう側の方に緊急脱出用の小舟を用意してある。俺も後からいくから、お前たちは先に行ってくれ」


 フェニックスはふるふると首を横に振った。


「嫌です、私たちだけで逃げるなんて出来ません」


 彼女の青い瞳にはたくさんの涙がたまっていた。
 同様にその傍らで小さく震える赤い目にも、涙がたまり、今にも決壊しそうだ。
 ファイナルはそんな二人の目を優しくぬぐうと、言った。


「俺はここの敵を片してからいく。心配するな、必ず戻る。約束だよ」


 ぐいと二人の手をひくと、ファイナルは無理矢理部屋から連れ出した。
 それから指をさした方向に向かわせると、ぽん、と背中を押した。
 それきりファイナルは振り返らなかった。
 歩かせた方とは反対側へ向き直って、刀の柄に手をかける。
 いつでも抜刀できる体勢のまま、ファイナルはすたすたと動力室に向けて少し駆けるように歩き出した。




***




 帆船にいざついてみると、中は拍子抜けするほどもぬけの殻だった。
 搭乗しているときいていた『天使』の軍はなく、『天の使い』の兵士たちも見当たらない。

(いわゆる、ダミーってやつなのでは、これ)

 両手を頭の後ろに置きながら、ハイゼットはだだっ広くて白い廊下を大股で歩く。

(あるいは、ガセネタだった、とか)

 この魔界と対を成すように、この世界の外側には『天の国』があるらしい。
 彼らは昔から魔界に対する唯一の脅威とされていて、時たまにこうして使いを出し、魔界を視察する。
 ……と、きいていたのだが。


「だーれもいなーい」


 と、この通りである。
 命令を下した上司にして自称父親であるゴルトの顔が目に浮かぶ。

(何が皆殺しにしろだよ。誰もいないじゃん、誰も)

 隠れている、というわけはなさそうだ。
 そういう気配はこの船には感じられない。
 はたまた、もう逃げてしまった、というわけでもなさそうである。
 攻撃を行ってからここにつくまでの間、船の周囲で動きは全く感じられなかった。
 つまり、帆船の中からはまだ誰も出ていない。
 感じられる気配は自分と相棒を含めて五つ。
 二つの方へは、相棒が向かった。彼が強いのは誰よりもハイゼットが承知している。
 そうして、ハイゼットは残る一つの気配を探しているのだが……。


「おーい、どこだー、隠れても無駄だぞー」


 それが『いる』ということだけは感じられるのだが、具体的にどこ、というのが感知できない。
 気配をごまかすのがうまいのか、はたまたそういう『能力』を有しているのか。

(叫んでも来ないよなあ。そりゃなあ。よほどの戦闘狂でもない限りはなあ)

 ため息をついて、ハイゼットは剣の柄を握り、かちかちと音を立てた。
 今頃デスは二つの気配の方と楽しく殺しあっているのだろうか。

(俺も一緒に行けばよかったかな。あいつの方が気配感知するのも上手いし)

 歩けば歩くほど、硝煙の匂いが強くなる。
 先端部分に爆薬、あるいは武器庫でもあるのかもしれなかった。


「んあ」


 ふと。
 視界を阻む煙が多くなった。
 なんだろうと小首を傾げた、その瞬間である。



「おっと」

「くっ」




 ぎいん、と痺れるような衝撃が頭上から降ってきた。
 咄嗟に剣を抜いて受け止めたが、どうやら振り下ろされたのは見たこともない刃物らしい。
 刃渡りこそ剣のように長いが、片刃だ。しなやかで美しい白銀の刀身は思わず見惚れてしまうほどである。


「よーやく姿見せたな! お前が『天使』ってやつか!」


 立ち込める煙を除けるように、大きくソレを払う。
 ざしゅ、とその手には肉を抉る感触があった。

(よし、まずは一撃)

 切りかかってきた本体はよく見えなかったが、恐らくは名うての剣士だろう。
 そうでなければ気配のコントロールなんて面倒なこと、身に着けるはずがないのだ。
 どれほど強いやつなのかわくわくしながら、ハイゼットは回転しながら床に着地した正体に目を凝らした。
 真っ赤な長髪を一括りにし、白い戦闘服に身を包んだ兵士。いや、剣士というべきだろうか。
 ──しかし、デスのような、筋肉質で強そうな男、ではない。
 胸のあたりの膨らみと、柔らかそうな曲線で出来た体のシルエット。
 おまけに背丈はハイゼットよりも少し低い。

(おん、な?)

 綺麗な顔立ちをそう感じさせないように鋭い赤の瞳が、わずかに残る煙を貫いて、ハイゼットをしっかりと睨みつけている。
 ハイゼットは呆然とその赤を見つめた。
 作り物のように美しい彼女は、片目から赤い線を頬へと落としながらも、しかし無表情に刃物を構える。
 あの確信した一撃は、彼女の片目をすぱっと切り裂いていた。


「お前がこの船の襲撃者だな」


 呆けるハイゼットの意識を覚醒させるように強い語気で、彼女は言葉を紡ぐ。
 しかし、悲しいまでに、ハイゼットは呆けたままである。
 彼女を見つめたまま、固まって動かない。


「どうした? まさか一撃いれただけで満足だとでも?」

「…………か」

「? か?」


 ぽたぽたと彼女の赤い線が頬から顎へつたり、さらにその白へと点を落とす最中。
 ハイゼットはようやくのこと、動き出した。



「可愛い~!」



 よりにもよって、大絶叫である。
 女剣士は目を見開いた。危うくその刃物を落とすところだった。
 なんとか踏ん張って腕に力を入れると、なんとか頑張って冷たい視線をハイゼットに向けた。
 しかし。
 しかしである。
 ハイゼットはそんな視線も喜ぶように飛び上がり、はしゃぎ、剣を持ったまま両手を掲げて万歳を始めたのだった。


「えっえっ可愛くてカッコいいなんてきいてない! めちゃくちゃ一目惚れなんですけど! 絶対に俺の嫁にしたい!」


 一人で大盛り上がりするハイゼットは、そのままのテンションで剣を柄にしまうと勢いよく彼女に詰め寄った。
 あまりの勢いにまったく反応できなかった女剣士は、慌てて体を退ける。
 しかしそれでも間に合わず、刃物を握ったままの両手は、ハイゼットによってがっしりと掴まれてしまった。
 ──そうして。




「俺と結婚を前提に付き合って下さい!」 

「は────はあああああああ!?」




 ハイゼットの叫びは帆船内部に響き渡り、また、女剣士の悲鳴ともとれる叫びもまた、帆船内部隅々に響き渡った。
 彼の頭からは下された任務のことなどすっかり消え失せていて、目の前の彼女のことしか見えていなかった。

 さて、これが、のちに魔界で大ヒットドラマとして放映されることになる、『戦場でプロポーズ』の元ネタになろうとは。
 いまだ戦乱に満ちたこの時代では、本当に誰も知らないのである。

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