とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第一章「帆船襲撃事変」

02

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 かつて魔界は全くの秩序が欠けた、『混沌』たる世界だった。
 様々な世界からたどり着いた魑魅魍魎。
 また西洋のそれらを真似て生み出された悪魔たち。
 ほかには、かつては『神』と、あるいは『女神』と呼ばれていた存在たち。
 彼らを拘束する明確なルールはなく。
 また、彼らを縛り付ける強力な存在もない。
 そうして魔界は崩壊の一途をたどり、世界は生き残るために『支配者』を生み出した。
 銀の髪に、銀の目。
 彼のみが持つことを許された剣には、絶大な力が宿っているという。


「それこそ帝王。この魔界において、絶対の存在だ」


 ぱたん、と分厚い書物をとじて、彼は嘆息した。
 長い金髪は男の肩にわずかにかかり、その黒衣の上で映えている。白い肌も相まって、どこか西洋の吸血鬼を思わせる容姿だった。
 彼の鋭く光る赤い眼光は、目の前で腕を組む一人の悪魔へと向けられていた。


「ああ。そうだ。その通りだ。帝王以外がここを治めるなど、あってはならない」


 悪魔は、その薄紫色の髪を揺らしながら、窓の外へ視線を投げていた。
 空は赤い。黒い雲が蔓延り、街には、いや街の外にも、いくつかの黒煙が確認できる。


「だが『帝王』は死んだ。子息が見つかったとはいえ『あのざま』だ。あげく一時的措置とはいえ、宰相が置かれる始末」

「ああ。おかげさまで戦火は広がり、街は燃え、民は減る一方だ」

「致し方あるまい。そうするしかなかったのだ。貴様もわかっているはずだろう、ゾキア」

「そうだろうな。そうなのだろうよ。……実に情けない話だが」


 名前を呼ばれたせいか、悪魔、ゾキアは視線を窓から目の前の金髪に戻す。
 魔界の中心部。本来ならば帝王という強者が住まう絶対の城。
 帝王城に数ある廊下の一角で、彼らは密会の最中だった。


「我々に今できることをするだけだ。帝王不在というこの局面を乗り切り、再び魔界に在るべき『秩序』を取り戻すために」


 ぐっと、金髪の男は拳を握りしめた。
 彼の視線が、自身の拳へと落ちる。
 途端に外に瞬いた光が、窓から廊下へと入り込んだ。
 すぐに衝撃音と、振動が城へ届く。
 雷である。
 空から落ちたそれが、城下町を燃やしている。


「無論だ。そのために今手を費やしている」


 半ばたしなめるように、ゾキアは頷いた。
 目的は一緒である。
 取ろうとしている手段も、おおむね一致している。
 もたらされる利益、また求める利益も、ほとんど同じだ。

(だからこれは、一時の同盟)

 今や強者不在、力の代わりに知力での陰謀渦巻く帝王城。
 手を取り合うべき悪魔は、ゾキアも理解しているつもりだ。
 精いっぱい口角を釣り上げて笑うと、男はパッと手を開いた。
 それからその金髪を揺らして、ゾキアの隣を通り過ぎる。


「心変わりがないようで何よりだ。では、次の定例会議後、また、ここで」

「了解した」


 カツカツと廊下に響き、やがて消えていく音を聞きながら、ゾキアもまた反対方向へと歩き出す。
 廊下を曲がった先で、現在宰相を務める悪魔が腕組をしながらこちらを見ていたが、彼は取り合おうとはしなかった。
 見えないものとしてその目の前を通り過ぎると、彼は階段をあがり自室へと消えていった。




***






「それで、返事をもらいたいんだけど」

「ぐ、ぐぐ……」


 がっちりと腕を掴まれた状態で、女剣士は参っていた。
 ハイゼットは一歩も引く様子がない。
 それどころか、より詰め寄ってくる始末である。


「な、何が返事だ! 今は戦いの最中であって、そういうやり取りをする場では……」

「関係ないでしょ。俺は今君に一目惚れしたんだもん」

「馬鹿なことを……!」


 女剣士はハイゼットの手を力づくで払おうとした。
 が、全身に力をこめればこめるほど、先ほど不覚にも切られた目からは生ぬるい赤が流れ落ちていくのだ。
 痛みならまだ我慢できた。
 けれど体液の減少は、すぐには賄えない。あまり流すわけにはいかなかった。動くには、とにかく血がいるのだ。


「女だからと馬鹿にしているのか? はたまた、愛玩人形になれとでも? そんなこと俺は御免だ!」


 仕方なしに、拒絶するように女剣士は彼を睨みつけた。
 それが彼女ができる精いっぱいの抵抗だった。


「ち、違う! 俺はそういう意味で君が欲しいんじゃなくて……」


 おもむろに、ハイゼットが怯む。
 鋭い視線にたじろいだようだった。
 その一瞬を、女剣士は見逃さなかった。


「お前は悪魔だろう? この帆船を破壊しに来た襲撃者だろう? 悪いが俺は手籠めにはなってやらない!」

「ぐふッ」


 女剣士はハイゼットの腹部に思い切り蹴りをいれて、彼を引き離した。
 ようやくのこと自由になった手首を、もう片方の手でさする。
 ハイゼットは床をごろごろと転がって止まると、しかしすぐに顔をあげて走ってきた。


「だから! ほんとに! ただただ、好きなんだって!」


 これである。
 もしかしたら彼には耳という機能がないのかもしれない。そう思い始めていた。


「ちっ、しつこいやつめ──」


 改めて、彼女はその特殊な剣、刀を構えなおす。
 片目が見えない分多少不利ではあるが、狭い帆船の廊下、それもまもなく墜落するような場所だ。
 うまく切り抜けて後方へ走れば、勝機くらいは……。


「ッ、危ない!」

「は」


 ドッ、と。
 突如隣の壁が爆発するのを、彼女は潰れていない方の瞳で視認した。
 それはハイゼットが彼女の体を掴み、そのまま前方へ転がり込んでいく瞬間のことだった。


「ぐ、う!」


 慌てて、女剣士は床に刀を突き刺した。
 それにより何とか体は停止したが、後方へと続く廊下は爆発によって遮られてしまっている。

(くそ、これでは)

 必ず戻る、といった二人のもとへ、戻れない。


「うひゃあ、すごかった。動力部が近いのか、こっち」

「知らないで乗り込んできたのか? 大した余裕だ」

「いや、俺が知らないだけで多分デスは知ってると思うけど……」


 ハイゼットは女剣士を抱えながら立ち上がると、その剣を鞘へと納めた。
 もう戦う意思はこれっぽっちもない。と、そういっているかのようだった。
 帆船は先ほどの爆発のせいか、小刻みに揺れだした。
 いよいよ動力部に限界がきているらしい。仕組みがよくわからなくても、ハイゼットには「そろそろ爆発するな」という妙な予感があった。


「にしてもなあ。デス後ろの方にいったんだった。合流すんの難しくなっちゃったなー」


 ぽりぽりと、空いた手で頬をかく。
 日頃から少し考えて行動しろとはよく言われるものだが、よもやここで痛感することになるとは。

(あれ。そういえば大人しくなったな)

 そっと、ハイゼットは視線を女剣士におとした。
 彼女は片腕で抱かれるままに、ずっと床を見つめている。


「あれ。どうしたの? 具合悪い?」

「……いや。その、デス、というのは、お前の相棒か?」

「え? うん、まあ、そうだけど」


 知り合いなのだろうか、と思いかけて首を横にふる。
 そんなはずはない。彼は生まれも育ちも魔界だと言っていた。
 そも、彼がハイゼットと幼馴染なのだから、もし知り合いならば、彼女もまた面識があったとしてもおかしくはない。
 しかしデスの時とはうってかわって、彼女をみても『懐かしさ』は感じられない。
 感じるのはどうしようもない愛おしさだけだ。


「じゃあ、お前は、その──」


 何かをつぶやきかけた彼女の言葉は、すぐに悲鳴へと変わった。
 二度目の爆発が、彼女の床に刺さったままの刀を吹き飛ばしたからである。


「しまった!」

「あ、おい!」


 床ごと吹き飛んだ横壁はバラバラと空へ。
 あっという間に眼下に広がる緑の絨毯へと落ちていく。
 材質によって速度はさまざまにみえるが、女剣士は、それに迷いなく加わった。


「嘘だろ! ここから飛び出すかよ普通!」


 ハイゼットは慌てて身を乗り出した。
 そうだ。仮にも、これに乗っているのは『天使』だと聞いていた。
 だとすれば、羽の一つでも持っているに違いない──


「いやいやいや羽根出てこないし! 出そうとしないし! 武器抱えたらそのままだし!」


 もうすでに女剣士の体は遠い。
 全力で落ちて、羽を広げて、間に合うかどうか。


「ハイゼット!」


 あげく、帆船の中からは相棒の声がした。
 自分を探しているのだということはすぐにわかった。
 彼ならばいつも通り何とかしてくれるかもしれない。自分にできないことでも、彼ならば。

(いや、俺が)

 ぐいと身を乗り出す。
 空へと、足を踏み出す。

(俺が、あの子を助けたい!)

 意を決して、ハイゼットはその身を空へと投げ出した。


「デス! 先に『落ちる』から、俺のこと、下で見っけて!」


 直前に叫んだ言葉の返答は聞かなかった。
 正確には鳴り出した風の音で、まるで聞こえなかった。
 視線を帆船から、下へ。
 緑の絨毯、つまりは森へと真っ逆さまへ落ちる、赤髪の少女へ向ける。

(大丈夫、落ち着け。間にあう、俺なら、やれる)

 彼女は意識を失ったのか、丸まるように刀を抱いて縮こまっていた。
 ぐ、と手を伸ばす。
 触れるか触れないか、が数秒続いて、ようやくのこと、彼の手は彼女の肩を掴むことができた。

(よし、あとは、あとは──!)

 迫る森までは、もう残り僅かだ。
 彼女を抱きかかえるようにして自身も身を丸めると、勢いよく羽根を出す。
 こうなってはもう羽根などクッションの代わりくらいにしか役には立たない。
 頭部を守るように形を整えると、彼は抱いた彼女を決して落とさないように、森へと落ちていった。

 
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