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二章_本編

十八話

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「っ…!」


突然の浮遊感と同時に離されていない片手の形が向こうから段々と変化していく事に視線が釘付けとなる。


それと同時に襲うのは”恐怖”
からかい過ぎた事は分かるし、やり過ぎた事は自覚している。けれどあのヴィンセントがまさかここまで怒りを感じていたのかと表情を取り繕おうにもヒクヒクと口端が動くだけで思い通りにいかない。


長い沈黙に繋がれたままの片手。
先程とは違う交互に指を絡ませるような握り方に絶対に逃がさないという意思表示なのかと考える。小さな息遣いでさえ、ビクビクと体が震え、相手が立ち俺が座っているこの状況。

そして髪で見えない赤い瞳に話そうにも頭が真っ白で口すら開けることが出来なかった。

部屋には時計の進む音しか聞こえずどれくらい沈黙が続いていたのか分からない。
実際のところ、数分だったのだろうが俺には何十分と長く感じた。

突然、目の前のヴィンセントが俺をベットに押し倒す。

緩んでいた髪の紐が取れ、押し倒された俺は無造作にも腰まである長い髪を背に見えなくなっていたヴィンセントの目を見る。

そこにはまるで空腹の状態の肉食動物が獲物を狙うかのような鋭い目があった。




「兄上。」




静かな部屋に響く、普段なら心地よい声。
けれど今はそれがまるで死刑宣告された時のようでまともに相手の目が見れない。




「……なんだ。」




無理やり倒されてしまった反動で引っ張るように押さえつける髪に痛さを感じながら兄の威厳……いや、自分自身の身の守るため震える体をなんとか押さえつける。それがなんとも惨めで兄が弟に、と情けない気持ちで零れ落ちそうな雫を隠すように睨みつける。




「ふふ、震えてる。顔はいつも通りなのにこうやって手を繋いでると兄上の鼓動や動きが鮮明に伝ってきて良いですね。」




そんな俺を慈しむよう親指を目元に滑らせ、かろうじて出来た俺の反抗は無意味に終わったのだと悲観した。どうすればいいのか思いつかぬまま目の前の段々と妙な動きになる腕を直感で押さえつける。

その動きに体を震わせるヴィンセント。
逸らしていた眼を見つめ俺の心情が伝わらぬよう必死に口を動かした。




「今なら何もなかった事にしよう。だから今すぐ離れなさい。」




だが、その言葉も額に汗を浮かべながら絞り出した声で威厳も何も無いのだろう。その言葉に笑みを浮かべ手の動きを再開するヴィンセント。




「兄上が悪いのですよ? あんなに俺を煽って、俺の気持ちを知らないくせに。」


「こらっ、ヴィン……!」




途端、服の下をまさぐっていた手がゆっくりと臍から胸、そして首から顎の順番でつーっと上に上がってくる。その動きがなんだか厭らしくて無意識に出そうになる声を気合いで抑えながら止めようと手を動かした所でもう片方の手で両手を頭上に押さえつけられる。
そして困惑する俺を置いて唇に柔らかい感覚がした。

一瞬何をされたのか分からなかった。
けれどそれを理解した瞬間、顔に集まる熱と何故、どうしてといった疑問。
そんな俺を置いて触れ合っている唇から少し湿ったザラザラとした感覚。




「ん…?!まっ……ヴィン!何をやって……ん!」




頭を逸らしかろうじて開けた口で話す。
けれどそれが駄目だったのか、開けた口にねじ込むように入れてくる舌。



(なんだこれ、、頭がぼーっとする。)



前世でもした事がないまさに初めての感覚。
引きこもりだった俺にこの行為はまさに妬みの対象で生涯する事がないと思っていた行為TOP5に入っていた。まぁ、その生涯ではする事がなかったけども……。


ってそんな事はどうでもいい!
なんなんだこの状況?? 
そんな事を考えている間にも自由のない手でどうやって抵抗すればいいのか、酸素が足りていたい頭では考えようにも行為に気が散って良くないと分かっていながらも段々と抵抗する気も失せてくる。


そしてそんな俺を察してか掴む手が緩んでいくヴィンセント。何分そうしていたのか分からない。実際数十秒だったのかもしれないけれど何も分からない俺にとっては何十分に感じた。
抵抗する力も失った俺は体に力が入らず無抵抗に薄れた息を落ち着かせるため胸を必死で動かすしか無かった。


目の前には霞ながらも微笑む弟の姿。
ハッとぼんやりとしていた意識を取り戻し慌てて拘束を解き後ろに下がる。ベッドの頭の部分を背に脱げかけたシャツを片手で持ちながら足で下半身をヴィンセントに見えないよう、必死に隠す。




「はっ…はぁ……なにを、、?」




さっきまで泣き虫で可愛らしいと思っていたのに今のヴィンセントの姿は後半、本で書かれていた内容そっくりの性格。
けれど原作のセドリアに対して向ける視線じゃなくて……。


そう、まるでヒロインに向けるような__



 


そこまで考えるとジリジリとこっちに詰めてくるヴィンセント。乱れた髪で視線が遮られる中いつも見たいに可愛らしい弟に威厳も何も忘れ、俺はただただ震えていた。




「兄上。」




その声と共に伸びてくる手を見て思わず目をグッと閉じた瞬間だった。勢いよく階段を上がる音の後に何度も扉を叩かれ、俺の名前を何度も呼ぶアランの声が聞こえてくる。
俺はその声にこの状況をどうにかしたくて乱れた服を気にせず冷静さを忘れた声で”入れ”と扉に向けて発した。

その瞬間、勢いよく扉が開く。




「大きな音が聞こえましたが大丈夫ですかっ!セドリアさ……ま、、」


「……アラン。」




小さく呟くヴィンセント。
アランはこの光景を見て石か?と思うくらい動かなくなった後、暫くして意識を取り戻し俺が気づいた時には勢いよくヴィンセントを睨めつけ怒鳴っていた。




「この状況、、まさかセドリア様の同意の上で行った訳ではありませんね?! なんっども言いましたよね! セドリア様はそういうのに関して本当に鈍感なので気をつけなさいとッ! 私、何度も言いましたよねッ?!」




何処からか取り出したハリセンの様なものでヴィンセントの頭を叩きつけるアラン。
いや、この世界のこの時代にそんな物あったんだな……、と余りの勢いに怒られていないのに体が縮こまる。パッと目線を上げ弟を見つめるとさっきまでベッドの上に乗っていたのに気づけば地面で正座していた。


それから乱れた髪と服装を直し終わっても終わらない説教。やってしまった事は許せないけれど流石にここまで怒られてしまうとヴィンセントが不憫で仕方がなかった。




「ア、アラン……?」


「大体、セドリア様はお可愛らしい程何も知らないのですから……、平民の子供の方が多分そういう知識に関しては上でしょう。クールで何でもそつなくこなす癖して純粋で可愛らしいんですからまだ早いとヴィンセント様自身、そこも考慮してと仰っていたので私も安心して任せていたんですよ?」




あれ、俺これ馬鹿にされてない?
と、そう思ったがその気持ちはぐっと堪え俺は大きな声でどうにか聞こえるよう言葉を発した。




「アラン!」


「ハッ……セドリア様無事ですかッ?!」


「それを言うならばヴィンへの説教よりも先だろう……。それにもう私は気にしてないからそこまでにしといてあげなさい。」


「え、ですがッ!」




続けようとする言葉に俺はつい溜息を零す。




「はぁ……だいたい可愛らしいと言うのはヴィンくらいだと思っていた。」




そこまで言うと涙目を浮かべて本気で反省している者の元まで歩いて行く。




「……兄上っ」


近くまで来た俺の影に気づいたヴィンセントは勢いよく頭をあげ不安げな瞳で見つめてくる。
痛々しげに顔を上げ赤くなっている瞳を俺はしゃがんで涙を指で拭き取ってあげる。




「こんなに赤くなるまで擦って。痛かっただろう?」


「いえ、兄上にしてしまった事に比べたらこれくらい……というか本当にすみませんっ! お、俺兄上になんて事、、」



そこまで言うと収まっていた涙がまた溢れ出す。その様子に何故か怒る気になれず優しく頭を撫でる。




「最初は驚いたがもう気にしていない。それより今日は泣いてばっかだな。」


「う……兄上の事になると凄く焦ってしまって、、すみません。」
 

「謝る必要はない。それより今日はもう遅いから自分の部屋で寝なさい。許すとは言ったが罰として一緒の部屋では寝ない。」




その言葉を聞いた瞬間、ヴィンセントの顔が真っ青になってまさに絶望、といった表情を浮かべるのでつい笑ってしまいそうになる。
言葉にならない声を発しているその様子に



(さっきのヴィンセントは怖かったが俺の一言でここまでになるとは……やっぱり可愛いし好かれている状況は悪くない。結局それは俺を生かす為にもなるしな。)



と誰にも見えないように笑みを浮かべる。
今回の事は婚約者と会えない寂しさから来るものだとでも思っておこう。そう、きっとそうだ。例え一日しか経っていなくとも……な。


そこまで考えながら二人に出るよう声をかけ、渋々ヴィンセントが出たところを見た後、ベッドへと寝転がる。しかし、最後までチラチラと引き止めて欲しそうな顔で見てくるなんて……流石主人公、、後一、二回振り返られていたら危なかった。


目を閉じながらゆっくりと人差し指を唇まで持っていく。初めての感覚。
思い出すだけでも顔に熱が集まる俺は多分、一生特定の人が出来ないだろうしずっと独りなのだろうと暗闇の視界の中考えていた。子孫は俺が逃げた後、主人公であるヴィンセントがどうとでもしてくれるだろう。なんだってハーレム主人公なのだから。




「はぁ……それにしても今日は濃い一日だった。俺が死ぬまでもう時間も長くないし、今の行動が合っているのかすら怪しい。せめてお助けキャラが入ればな。」




月明かりのみで照らされる部屋の中、じっと窓を見つめる。そして今日の出来事を思い出しながらゆっくりと瞼を閉じようとした時だった。

コツコツ、とガラスを叩くような音で目が覚める。そして音のする方へ見つめると先程は何も居なかった筈の窓を叩く黒い何か姿がそこにあった。




「あれは……猫?」

窓に近づき、窓を引っ掻き続ける猫がまるで入りたいと言っているかのようで開けてあげる。
瞬間、髪が後ろに勢いよく靡くほどの風と肌寒さ。そんな中飛びついてくる猫を反射的に抱き上げ両手で持ち上げてから顔を見つめる。



「首輪が付いてない……。窓まで登ってくる猫なんているんだな。」


返ってこない前提で一人で話していたその言葉に可愛らしいつぶらな瞳を見つめる。そして可愛い、とつい口から零れてしまった時だった。





「やっと見つけました! ご主人はこのままだと死んじゃいますっ!」






「は、」

少年か少女か聞き分けがつかない中性的な声。
その声が聞こえてくる先にいるのは目の前の黒猫。俺はこの猫から発せられたものだと信じられなくて頭が痛くなるのを感じながら未だ何かを言っている黒猫を横目に眠さもあり意識を失った。









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みんなの感想(15件)

さんか
2024.03.09 さんか

更新ありがとうございます!!ずっと待ってました〜〜〜😭
しかも内容が濃い!!!黒猫の正体気になります!
これからも頑張ってください!

浅倉
2024.03.10 浅倉

感想ありがとうございます!
だいぶ久しぶりの投稿だったので不安でしたがそう言って貰えると嬉しい限りです、、。
だいぶ落ち着いて来たのでこれからなるべく早く投稿していく予定ですので気長に待っていただけると恐縮です…っ!

解除
ひな
2023.10.13 ひな

お話を見ましたがとっても良かったです!!ゆっくりでいいので更新待ってます!

浅倉
2023.10.19 浅倉

感想ありがとうございます!
そう言っていただけると凄く嬉しいです!

解除
瀬川
2023.10.03 瀬川

コメント失礼します!更新嬉しいです!

浅倉
2023.10.03 浅倉

感想ありがとうございます!
そう言っていただけると励みになります……

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