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二章_本編
十七話
しおりを挟む「……ごめんなさい。もう落ち着いたわ。」
涙を拭きながら吹っ切れた顔をするマリー。
その言葉を聞いたアランはゆっくりとマリーから離れ、壁際にいる俺の元まで来る。
「セドリア様、念の為ですが先ほど近づいた際、魔力の波を感知したのですが嘘をついている可能性は限りなく低いかと。」
小さく呟いたその言葉に胸を下ろす。
(流石はアランだな、しっかりしている。)
小さく耳打ちをしてきた内容に残酷だと感じながらも悪いとは思わない。
彼女には申し訳ないがこれが一般的な貴族のやり方なのだ。
平民の中では貴族に向かって同情を誘って騙す場合が多い。
俺がこの世界にきて七年。
平和な世界で生きてきた俺ですら嘘を見抜く為の技と常に疑う精神を身につけなければいけなかった程貴族というのは騙し合いだ。
(昔と変わってしまったのは簡単に人間を信用出来なくなったということか……。生きにくくなったものだなぁ。)
ま、これも主人公に殺されない為だと思えば苦ではないけど。
俺はつい溢れかけた溜息をぐっと飲み込みヴィンセントに目配りをするとその目線にゆっくりと頷き彼女の前に立つ。
優しくしてやれ、と少しでも伝わるよう彼の歩く道を辿るとヴィンセントは複雑そうなら顔をしながらも彼女へと視線を移した。
「今の話を聞いて俺達に助けて欲しいと言うが君は何を求めているんだ? このままその男から見つからない場所まで逃げるのか、それとも立ち向かうのか。 その意志をしっかりと教えてくれ。」
冷たくも内容はヴィンセントなりの温かみを含んでいて何処か嫌いになれない彼にその場で見ていた俺も目が離せなかった。
そしてそれはマリーも同様であり彼の美貌に所々に感じる優しさに頬を赤らめていた。
マリーは数秒の間の後、我に戻り焦ったように口をひらく。
「……あ、それは。私は彼から逃げたいけれど__」
「逃げたい? ならば俺達はその為に見つかりにくく安全な場所を探し提供する事が君の望みという事でいいんだな。」
その言葉に俯くマリー。
膝の上で震えている拳を見ながらも決してヴィンセントは彼女から目を離さない。
それが彼なりの優しさでありヒロイン達が惹かれた所でもある。
その姿は誠実で例え身分が違くても変わることはない。
なによりヴィンセント自身、昔の出来事もあり身分差別というのを一番に嫌っていた。
だから彼も口を開けば貴族と平民とで身分差別をするセドリアが憎かったのだろう。
(俺も俺でやる事はやっているし、殺されても文句は言えない立場であると理解はしているんだがなぁ……)
やっぱり俺は死にたくないし、どうせ転生したのならこの世界を満喫してみたいのだ。
それに、俺にはこの悪役様の天才的な体があるんだ。魔法だって色々と研究してみたい。
それがヲタクの本質ってもんだろう?
幸いにも原作通りの展開には今のところなっていないし、心配もなさそうだしな。
少しヴィンセントがブラコンに育ちすぎてしまった気もするが……。
目の前のマリーを見つめながらそんな事を考える。
それからだいぶ時間が経った頃だろうか。
震えていた彼女の口が震えながらもひらく。
「やっぱり、私は彼と向き合いたい。こうなってしまったのは少なくとも私にも原因はあると思うから。それにまた昔のように二人で沢山話し合いたい。」
「……昔のように話し合いたいか、、それが本当にできるとでも思っているのか。」
彼女の言葉に俺は間髪入れずに答えた。
「話を聞くにもう昔のように戻れる状況ではなさそうだが。」
「それは……っ」
「先程君は彼から開放されたいと言っていた。なのに向き合いたいか。それは彼から解放されたといえるのか。」
彼女の目を決して逸らさないよう下から覗き込むように体勢を崩す。
彼女の言っていることはあまりに曖昧で危ういもの。
失敗してしまえば一生監禁、下手すれば死亡……なんて話もありえる。
一度彼女に関わってしまった以上それだけは避けたいのだ。
それに助けれたかもしれない命を見殺しにする程後味の悪いものはない。
彼女もいわば被害者、助けてやりたいと思うのはおかしくない筈だ。
セドリアの性格に近づいてるとはいえ、助けたいという気持ちも少なからずある。
だから俺は彼女になるべく優しく問いかけた。
「君なりに考えてみるといい。私達は明日まで待つ。決して返答を急かしたりはしないだろう。 君なりのタイミングで教えてくれ。」
未だに俯くマリーに二人に目配せをした後、振り返らずにその場から立ち去る。
彼女は一度、自分自身に向き合い本当にどうしたいのか後悔はしないのか考えなければならない。
それがどんな結末になろうと。
この関係は彼女を救いたい等という綺麗な感情からくるものでなくただ利用するからと理由であったとしても、だ。
俺が部屋から立ち去ると後ろから足音が聞こえた。
その音に振り返り、顔を見つめる。
「……ヴィン、君はどう思う。」
「それは彼女の答えについてですか?」
「あぁ。」
顎に手を当て悩み始めたヴィンセント。
「そうですね、、私は兄上が決めたことに従いますが……強いて言えば逃げるのは辞めておいた方が良いかと。」
「……やはりそうか。」
このままじゃ、マリーは遠くに逃げても追いかけてくるだろうし男に怯える暮らしを終わる訳では無い。
それに逃げ続けなければいけない、という気持ちからストレスは凄そうだ。
(取り敢えず俺も部屋に戻ろう……今日は何かと疲れた。)
今日の出来事の疲れから頭に手を当てため息を吐く。
自身の部屋前まで歩いてきたところで扉に手をかけ、再度振り返る。
「ヴィン、今日はもう遅い。君も早く部屋に戻って寝なさい……ッ! 」
「__兄上。」
瞬間、耳元から聞こえる声。
目を見開くとそこに居たのは顔と顔がスレスレの所にいるヴィンセントだった。
俺はあまりの近さに無意識に後ずさる。
なんでこんな近さにいるのか、どうして怒っているのか訳が分からず身動きも取れない状況。
声を出そうにもなんと言えばいいか声も出ず口をパクパクとするだけの俺は、目の前にいるヴィンセントの目を見ることすら出来なかった。
微かに感じる耳元の空気。
(駄目だ、、なんか分からんが状況が状況なだけに変な事考えてしまうぞ……。)
時折、耳元にふーっと吹きかけてくる息に反射的に体がビクつく。
多分今の俺の顔、真っ赤なんだろうなぁ……。
そう思うけど、どうする事も出来ず目の前にいるヴィンセントも俺を見たまま動かない。
そして恥ずかしさでつい身動きした時だった。
「動かないで。」
「__ッ!……なにを、?」
両手を同時に取り上げられ、彼の片手で俺の頭上に押さえつけられる。
「ヴィン……っ?」
「可愛い、兄上。 やっぱりこんなに可愛い人は貴方だけだ。」
そう言うや否や頬や額に音を立てながら何度も、何度も唇を押し付けるヴィンセント。
俺の口からは甘い吐息しか漏れない。
兄弟では額と口付けや頬の口付けなど何度もしてきた筈なのに、やけに恥ずかしくて__
何処を向いていいか分からず擽ったい感覚に下を向いていた。
「ずるいですよ。」
「__ッ、」
すると俺より数センチ背の高いヴィンセントの手を握る力が強くなる。
「俺だって兄上は優しい方だって分かっているんです。だからあの女性も助けてあげたんだって。」
「ヴィン……、」
「兄上は鈍感で可愛らしいからあの女性の兄上を見つめる視線の意味なんて分かってないんでしょうが……どうしても痛むのです。」
女性を助けだした事に関して自分の利益の為もだと、声に出そうになるが空気を読んで口を閉じる。
そう言って黙るヴィンセントは何故か泣きそうな顔をしていて撫でてあげたいのに手も動かせない。
だからせめて優しく、泣きそうな理由を聞いて撫でることは出来なくても解決出来るように手に入れていた力を抜いた。
「……何故、そんな顔をするのか聞いてもいいか。」
その言葉に出かけていた涙に気づいていなかったのか自由なもう片方の手で涙を拭う。
その姿は一層健気に見えて早く手を離してもらいたい気持ちでいっぱいだった。
「大丈夫、私は急かさないから落ち着いたら話しなさい。」
そう言われ、一度大きく息を吸って吐いたヴィンセント。
「……もう、大丈夫です。情けない話なんです。兄上とあの女性が話しているだけで胸が痛んで……俺も兄上と話したいのにって。」
「そう言われても迷惑だと分かって居るんです。…けどあの視線の意味に気づいた途端、怒りが込み上げてきて。」
そこまで言うとヴィンセントは俺の胸に頭を押し当てる。
(仕方がない……か。)
これだけは使いたくなかったが、これ以上ヴィンセントに悲しい顔をさせたくない。
だから俺は魔法を使って押さえつけられていた手を強制的にどかす。
その瞬間でも此方を見上げ、泣きそうな顔をしていた彼の頭に手を置く。
「……あにうえ、、」
「泣き虫なのは相変わらずだな。」
「……泣いてなどいません。それに魔法で手、退かせたんですね。」
「当たり前だ。私を誰だと思っている。」
「ふふっ……確かにそうでしたね。兄上はお強いんでした。」
「__それはどう言う意味だ。」
そこまで言うと撫でていた手を止め、下ろそうとする。が、戻した手をまた捕まれ頭の上へとまた戻されるた。
「ヴィン…?」
「少し……もう少しだけこのままで。」
下を向いて撫でるように促す手に見えないものの耳が真っ赤になっているのに気づき、あまりの可愛さに悶えそうになる。
流石過ぎる、主人公……。
自分の顔面の良さと表情を理解したつもりでこれをやっているのなら策士過ぎるだろ、、
そう思いつつも撫でる手は止めない。
けれど少しだけ。
いつも振り回されてばかりのヴィンセントに意地悪をしたくなった俺はわざと手を止めたりした。
そんな事をしていると耐えきれなくなったのか顔を上げるヴィンセント。
その顔には不貞腐れたような表情があり、思わず頬を緩める。
「__ッ、兄上、その顔は反則ですッ!!」
「……まっ、ヴィンッ!」
そう言って思い切り手を引くヴィンセント。
扉の閉まる音と同時に俺はベッドへと投げられたのだった。
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